水紅葉と願い
雨が上がったので外へ出ると、軒先で一匹の雨蛙が鳴いていた。秋の終わりに見るそれにはひどく違和感を覚えた。
今日も一人、川沿いの道を歩く。君と毎日のように散歩をしていた道を歩く。川沿いの紅葉が色を落として水を紅く染めている。
この道を歩くと、どうしても君のことを思い出すのだが、しかし同時に、何か君が居た痕跡というものに触れていなければ、君が居たということすらも消えてしまうような気がして、縋り付くようにこの道を歩く。
僕には未だに分からないんだ。何故、君が居なくなったのか、何故君が消えたのか。分からない。分かる術さえ、本当は分かっているけど分からない振りをしている。
風が強く吹いた。紅葉がまるで紅い吹雪のように舞って、音も立てずに川へと落ちた。
もっと、もっと紅く染まってくれ。未だ人間さえも誰一人として見たことがない位に。もっと紅く。君が居たこの景色をもっと鮮やかに。過去さえも染めるくらいに紅く。今を染めて、染め尽くして、余した分で過去まで染めて。今と見間違う程に染めて。君が間違えて目の前に現れて仕舞う位に。
橋を渡ると少し開けた道に出る。そこそこ広い道で車も通れるのだろうが、走っているところなど碌に見たことがない。長い一本道で、両脇には何も無い更地が延々と広がっている。正面には小高い山があって、そこには無人の神社がある。鳥居へ続く階段の下には一本の桜の木が成っている。散歩の折り返し地点はいつも決まってその神社だった。
更地を傍目に見ながら、神社を目指して数分歩いたところで、漸く小さな鳥居が階段の上に見えた。鳥居を潜り、木々に覆われた参道を暫く歩くと、小さな祠が正面に見える。誰が何時置いたのかも分からない瓶に花が一つ挿してあった。僕らもいつもここで参拝をしていた。君はいつも、僕よりも随分と長く手を合わせていた。何を願っているのか訊こうと思ったことも何度かあったが、人の願いを聞くのは不躾だと思ってやめた。今となってはその願いを知る術も無い。
来た道を戻って家に帰る。「ただいま」と言った声が空ろな部屋に虚しく響いた。階段を上がり、着替えてベットに寝そべる。次第に視界がぼやけてくる。あの道を歩いた後は、いつも決まって同じ夢を見る。君と過ごして、君を失うまでの日々を映した夢を。
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