12月24日
ピピピ……ピピピ……
翌朝は、携帯のアラームで目が覚めた。一昨日の恐ろしい夢は見なかった。さすがにあんな悪夢、1週間のうちに2回も見てたら精神がもたない。
台所に向かい、バシャバシャと顔を洗う。冬で気温が低いため、水道から出てくる水はかなり冷たい。手が少しかじかんだ。
結局、昨日の夜の蘭海の誘いは断る訳にはいかず、承諾してしまった。といっても、別に自分が死んだとして、悲しむ人はほとんど居ない。強いて言えば、恋愛相談に乗ってくれた友人くらいか。
大学でも、おそらく大抵の人は「え、あいつ死んだんだ」と一時はその話題で持ち切りになるだろうが、時間が過ぎれば村雨迷という存在は風化していくに違いない。きっとそうだ。
ていうか初恋の相手と心中して死んだとか、馬鹿らしい最期で笑われないだろうか。正直自分でも、自暴自棄の末期だと思うが。
首にかけたタオルで顔を拭きながら、スマホのメモアプリを開く。そこには、『計画』というタイトルが打ち込まれていて、下に文章が続いていた。
・俺は俺の家の最寄り駅で、蘭海は蘭海の最寄り駅でそれぞれ電車に轢かれて死ぬ。
・自分は9時13分の電車に引かれる予定。蘭海もその数分前の電車で轢かれる。
→そもそも路線が違うので、自殺による電車の遅延などの影響は受けない。
「明日……死ぬのか」
せめてもと思い、部屋は綺麗に片付けておいた。昨日のうちに菓子も全部食べきったし、悔いはない。スマホを閉じ、朝食のパンを解凍しようと冷蔵庫に向かう。
と、ここで玄関のチャイムが鳴った。
「誰だ……?」
玄関にそっと近づき覗き穴から外を覗いてみる。と、そこに居たのは。
「警察?なんで」
若い警察官1人と少し中年くらいの警察の人が1人、玄関前に立っていたのだ。まさか、自殺計画がバレたわけじゃあないよな?
ドアを開けるのを躊躇していると、若い警察官がドンドンとドアを叩いた。
「村雨さーん、いらっしゃいますか」
そしてまた数回ドンドンとドアを叩く。
「いないのかな」
と、若い警察官が首を傾げる。
「いや、部屋の明かりはついているから、いるとは思うが」
と、中年の警官。こっちはスーツだ。面倒くさそうに、自分の髪をいじっている。
居留守使うのもなんだか変に疑われそうなので、迷は扉にチェーンをかけ、そして軽く顔をのぞかせた。
「なんでしょうか……?」
迷が恐る恐る尋ねると、若い警官は一瞬目を細めた。しかし、すぐに普通の表情に戻る。警察官特有の、観察癖だろうか。
「あ、村雨さん。すみません、朝早くに。実は隣の方から、騒いでいて迷惑だと通報を受けまして」
若い方の警官がにこやかな笑顔で話しかける。
「え?朝、騒いでましたか俺」
「あ、いえいえ。今日の朝じゃなくて、昨日の夜です。夜遅くに通報というのもありますし、緊急を要するものでもないので、朝になってお伺いしたという感じです」
昨日の夜……と言えば、心当たりしかない。蘭海が電話越しにすごい大きな声を出していたので、それが騒音と思われたのだろう。このアパートは壁が薄いし、聞こえてしまったのかもしれない。
「あー、すいません。昨日電話で彼女と少し揉めちゃって」
迷は愛想笑いを浮かべる。別に、嘘はついていない。ただその揉めた(?)内容がちょっと過激なだけである。
「ああ、なるほど。では、今後は気をつけてくださいね」
リア充爆発しろみたいな目で笑顔を向けられてしまった。
まぁたぶん明日には爆発してるのでご安心ください、と心の中で呟く。
「じゃあ、これで……」
これ以上話してはボロが出るかもしれないので、迷は扉を閉じようとする。が、その扉に中年の警察官がいきなり足を挟んできた。
「あと、聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
まるで心の内まで見透かしてきそうな灰色の目が、迷の目をしっかりと捉える。
「な、なんすか」
「近頃、違法薬物の売人がここら辺に隠れてるらしいんですね。たぶん外国の方かな。そういった人、見ましたか」
「……?いえ、見てないですけど……」
薬物の売人。そういうワードはドラマとかでしか聞いた事ないけど、実際にいるんだな。
なんて少し驚いていると、中年の警察官は「そうですか」と言って面倒くさそうに頭を搔く。
「じゃ、そういう方見かけたら110番お願いしますね」
そう言って、足をドアから離した。警察の2人と軽く会釈して、そっとドアを閉じる。2人の足音が階段を降りていくのを聞き届けると、その場にへたり込む。
「まじでひびった……」
心中することがバレたのかとめちゃくちゃ焦った。だがまぁ、バレた様子はなかったので良かった。
そしてその日の夜、迷は有り金全てを使って、高級焼肉屋で最後の晩餐を楽しんだ。
12月25日。クリスマスという聖なる日に、村雨迷という存在は、この世から消える。
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