12月22日 昼

 特に行くあてもなく、街をぶらぶらと歩く。少し入り組んだ住宅街に入った時、早帰りなのだろうか。右手に手提げを持った小学生達がキャッキャしながら横を通りすぎていく。


「楽しそうだな」


 迷は軽くため息をつく。自分もあのように輝かしい小学生があったはずなのに、今では彼女に振られ、自暴自棄になって毎晩のようにやけ酒している。全く情けない話だ。


 別れた彼女のことなんて気にするな、と普通の人は言いそうだが、恋愛に関しては何もかもが初めてだった迷は、そんな考えは到底できるはずもなく。


 ああもう、外に出てまで辛気臭いことは考えるのはなしだ。


 迷は頭をブンブンと降って悪い考えを排除する。


 と、その時。


「きゃぁぁぁぁ!!」


 突然、小学生の声が後方から聞こえた。振り返ると小学生の女の子が1人、血まみれで道路に倒れている。


「!?」


 ドクン、と心臓が跳ねた。一瞬何が起こったか分からず、硬直してしまう。だが、女の子が倒れている道の少し先に、トラックが曲がっていくのが見えた。


 人がはねられた───


 

 恐怖で体がすくんでいる。そのはずなのに、そう思った瞬間、何故か迷の体は勝手に動いていた。


「だ、大丈夫!?」


 倒れている女の子のそばに駆け寄り、体に血がこびりつくのもお構い無しに、迷は膝をつき必死に声を掛ける。だが、女の子はぴくりとも動かない。口に手を近づけ、息を確かめる。


「息、してない……!」


 落ち着け、落ち着け。確かこういう時は、まず周りに助けを……。


 迷は急いで周りに目を向ける。くそ、こんな時に限ってなんで


 慌ててダッシュで近くにある家に走り、チャイムを連打する。そして、大声で助けを呼んだ。


「すいません!女の子が、轢かれて!血まみれで、息してないんです!誰か助けてください!!!」


 必死に声を張り上げるも、誰も出てくる気配は無い。


 その隣の家も。そしてまたその隣も。さらにその隣も。10件回って、全てだめだった。


「なんで、どうして……!?」


 こんなにタイミング悪く、留守なことがあるだろうか。さすがにこれはまずいと思い、女の子の方に一旦戻る。


 女の子の少し顔が青い気がする。血液が、十分に回ってないのだ。


 仕方ない。やったことがないが、やるしかない。


 迷は胸骨圧迫をするために、女の子の心臓辺りの胸に手を添える。そして、体の体重を思いっきり乗せて、グッ、グッ、と体を動かし始めた。


 さすがに人工呼吸は倫理的にどうかと思うので、行えない。だから、これで何とかするしかない。無我夢中で、胸骨圧迫を行う。


 そして、胸骨圧迫を始めて1分ぐらい経ったかと思った、その時。


「ごぼぇっ」


 ベタリ。


 視界が、深紅に染まった。


「……え?」


 思わず、手が止まってしまた。生温かい何がが、顔にべっとりと付いたからだ。


 恐る恐る、手で拭うと、べっとりとした液体……暗い色の血液が手にこびりついた。


「ひっ……!!」


 反射的に少女から手を離す。が、しかし。右手が戻りきらずに、その場にがっちりと留まった。────少女に、掴まれていたからだ。


「いたい、いたいよぉ、おにいちゃん、いたいよぉ」


 呻くように、少女が自分に呼びかけてくる。


 手を離そうとしても、全く微動だにしない。尋常ではない力で、引き止められていた。


「いたい、いたい、いたいよぉ」


 少女がむくりと起き上がり、こちらを見た。


「あ、ああ……ああ」


 少女の目は、無かった。本来目があるはずのところはまるでくり抜かれたかのような、赤黒い空間であった。


 迷は歯をガチガチの鳴らし、恐怖のあまり体が凍りついた。


「いたい、いたいよぉ、いたいよぉ」


 少女は血まみれの身体で、迷にしがみついた。


 目から、血がドロドロと溢れてくる。顔を手で掴まれ、完全に逃げられないように固定された。


「いたい、いたい、イタイ。イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛イ……!!」


 ●


「うあああああっ!!??」


 その瞬間、迷は飛び起きるようにして、目を覚ました。


「はぁっ……!はぁっ……!」


 周りを見る。


 家だった。


 全身から滝のように吹き出していた汗で、寝巻きはすっかり湿ってしまっていた。少し寒い。布団のシーツも、びしょ濡れだった。


 それらを見て彼はようやく、自分は夢を見ていたのだと気がついた。


「なんちゅう……夢だよ。くそったれ」


 迷は布団に倒れ込み、深いため息をついたのだった。


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