証言06 HARUTOの潜むセブンイレブン攻防戦(証言者:鞭の天才INA)

 あたしは一人だ。

 対して、あたしの手下は10人前後居る。

 下剋上や裏切りの可能性については、もちろん考えている。

 だからこそ、同じ手下を長くは使わない。

 そして、最初のコンタクトで、あたしがどこまでも残酷になれる事を骨身に刻み込むと共に、仮にあたしを殺して身ぐるみ剥いだとしても、縄状の物さえあれば足りる事を、事実以上に誇張して教え込むのだ。

 実戦で用いるなら鎖が良い。純粋に、強度や硬度の問題だ。

 拷問に使うなら、革や縄に限る。

 

 そいつらは、HARUTOハルトは、あたしが第一声を発するより先に手作りボウガンをぶっ放して来た。

 人語を話す能すらない。模範的な野盗ぶりだ。

 あたしも、この地球と等倍サイズの崩壊世界を長く旅して来た。もうすっかり慣れている。

 後は結果だけを言う。

 あたし達はJUNジュンと言う男を殺した。

 奴らには、こちらの手下を5人殺された。

「……“人質交換”を提案する」

 あたしの喉元に、HARUTOハルト軍用山刀マチェットがあてがわれていた。

 信じられなかった。

 放心するあたしの喉を切り裂かなかったのは、この場合、寛大と言うべきなのかどうか。

 人質交換。

 このゲームでは、他の野盗プレイヤーに殺された場合、まず所持品の全てを奪われると思って良い。

 しかし、この戦いのように、双方から死者が出た場合。

 一族と言う徒党を組んでいた場合、誰しも仲間の“死体”を守ろうとするものだ。

 こんな世界でも、仲間を見捨てると言う汚名をかぶるには、あたしくらい強大な力の後ろ楯が必要となる。

 戦い続けるだけ、お互い消耗するだけ……と言う状況になった時、こうした停戦交渉が行われる。

 だが。

「ふざけているのか。そちらは雑魚一匹、こちらは五匹。釣り合いが取れているとでも?」

 あの男は、本心かポーズか、一瞬考える素振りを見せて、

「……それで等価だ」

 馬鹿にしている。

 馬鹿にしている。

 馬鹿にしている。

 これが成立すれば、得をするのは間違い無くあたしの方だ。

 金銭面、と言う意味では。

 しかし。

 無敗だった筈の【鞭の天才】が、スキル無しに敗れた。あまつさえ、情けをかけられた。それも、組織単位でも圧倒的に格下のルーキーに。

 あたしの、一族での求心力は地に落ちる。

 元より縄で縛り付けているような関係性だ。締め付ける力が弱いと思われれば、手下にしていた奴らから即時ナメられる。

 あの男は、そこまで計算していたのだろうか。

 結局、この初戦、あたしは要求を呑まざるを得なかった。

 

 今やあたしは、あの男の一族について知り尽くしている自負がある。

 あんなスキル無しの男が、あたしの“鞭”について来られた理由。

 タネは安っぽい。一発で知れた。

 歩兵支援システムを脳にインプラントしている。それだけだ。

 珍しい相手ではない。

 この程度の相手なら、何人も殺して標本にして来た。

 あたしだって、ただ適当に鞭を振り回していたわけではない。

 スキルに頼っている中でも、あたしなりに能率的な鞭の振り方と言う術理を養って来た。

 あたしの“鞭”は、純粋な地力によるもので、何ら負荷や反動は無い。

 対して、この手の支援システムは使用者の身体に全力疾走相当の消耗を強いる。

 継戦能力は歴然だ。本物の“ユニークスキル持ち”とやり合えば、体力が保たない筈だった。

 あの男は、システムの使い所が万事的確だった。無駄が一つも無かった。

 あたしが出会った知覚強化兵の中でも、最も嫌らしいタイプだった。そうとしか形容しようがない。

 また、初戦での負けには、GOUゴウと言う男の存在も大きかった事が後々分かった。

 この男、ただのメカニック……ありふれた生産系ビルドだと思っていた。

 だが。

 開幕早々、訳も分からず手下が三人殺された。

 それが、スナイパーライフルによる狙撃であると分かったのは、三戦目の時だった。

 護身用のハンドガンすら“伝説”とうたわれるこの世界でのスナイパーライフル。

 あたしの理解も、遅れる筈だった。

 

 そこら辺で拾った鉄パイプから、ボルトアクション式ライフルの体裁を繕ったハンドメイド品だと言われて、素直に信じられる筈は無い。

 

 弾薬コストこそ“伝説級”のそれから逃れられないにしても、“ガワ”をジャンクから組み立ててしまうと言うのは……前例は無くもないが……その工作物を平然と扱える程の練度が生産系ビルドの現代日本人にあろうとは。

 少なくともあたしの見識の範疇において、これだけ好戦的な“生産系”は見た事が無かった。

 

 全て、分析した筈だ。

 なのに。

 林立するマネキン人形。

 唐突に通電された投光器によって目が眩む中。

 コンクリート塊の空襲。

 迫るパワードスーツの男女。

 新しく拵えたあたしの手下が、息をするように粗挽きにされてゆく。

 逃げ惑う手下が圧力鍋で作ったクレイモア地雷に引っ掛かって脚を吹き飛ばされる。

 全身にめり込んだ無数のパチンコ玉に、のたうち回る。

 あたしは、辛くも尖兵の男を殺したけど、

「……人質交換を提案する」


 こんな、こんな事はあってはならない。

 同じユニークスキルの使い手であれば、まだ分かる。

 だが、あたしのスキルは、少なくともスキル無しの連中に対しては絶対だ。

 “鞭”はあたしの全てだ。

 どうして、どうして勝てない?

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