証言05 HARUTOと言う宿敵に出会うまで(証言者:鞭の天才INA)

 あたしはかつて、太っていた。

 父や兄弟、祖父母まで遡って見るに、遺伝的な特質でもあったらしい。

 けどそもそも食糧枯渇を迎えたこの時代、太りやすいヒトが太る程の食べ物を得られる事自体が大変な贅沢だった。

 自分で言うのも何だけど、裕福な家だった。

 それも、片田舎の中途半端な。

 世界にそこそこ以上の食べ物があった祖父母の時代、デブは嘲笑の対象だったらしい。

 世界から食べ物が無くなった今の時代……デブは不特定多数から憎悪を向けられる対象だった。

 何、自分だけ太ってるんだ。

 自分がひもじいんだから、アンタも飢えろよ。

 ……って言うこの国の風潮が、あたしは本当に嫌いだった

 あたし個人にとっての不幸は、生まれた家に“金”はあっても、やっかむ他人を黙らせるだけの“権威”が無かったと言う事だ。

 この上、細かい事は語るまでもない。

 あたしは、たちまち現実リアル世界に居られなくなった。

 食べて行くためにやむを得ずVR世界へ退避させられるこの時代にあって、引きこもりに落ちるルートとしては前時代的なパターンだった。

 

 最初に逃げ込んだゲーム世界タイトルは、オーソドックスなファンタジーJRPGだった。

 ……そこでもあたしは、目の敵にされた。

 VRMMOでの容姿やステータス値は、現実のそれをベースにモデリングされる。

 つまり、生まれもった容姿を忠実に再現されたあたしのアバターもまた、太ったままだった。

 VRでルックスを偽ってはならない。

 これはVRMMO法で定められている、れっきとした法律だった。

 サイバー犯罪防止の為に身元をはっきりさせるだとか、現実世界での肉体とアバターとのギャップが精神疾患を招くだとか、もっともらしい根拠は耳にするけど、どの説も所詮は憶測だった。

 政府、および、ゲーム運営会社からの公式見解は何一つ無い。

 

 他人が太いか細いかと言う他人事で、よくそんなに目くじらを立てられるな、と思った。

 こう言う奴らはろくな親に育てられなかったのだろう。

 親が不甲斐ないからシルバーゼリーなんて食べる身分になって、VR側に追いやられた。

 そんな親に育てられたから、他にする事がない。文化とは無縁な野蛮人ども。

 無理繰りにあたしと言うの弱者をでっち上げなければいけない負け犬の群れ。

 負の連鎖だ。こんな低俗な奴ら、滅びてしまえ。

 …………って事を鬱々考えながら、どのパーティ、どのゲームへ行っても爪弾きにされて。

 半ば自棄になって流れ着いたのが、この“カレント・アポカリプス”だった。

 崩壊後の世界、生身のプレイヤーは野盗しか居ない。

 最初から、ゴミ溜めである事を誤魔化さない、そんな堂々を通り越して真摯な程の設定に、どこか安堵を求めたのかも知れない。

 子供の頃、祖父が見せてくれたマッドマックスの記憶もそれを後押ししたのだと思う。

 マックスだろうとケンシロウだろうとランボーだろうとメイトリックスだろうと、某レトロゲームの“唯一の生存者”だろうと。

 彼らのような無双ワンマンアーミーなんて現実にはあり得ない。

 理屈では、わかっている。

 

 このゲームを初めて数ヶ月経った頃、あたし自身に転機が訪れていた。

 VR側に入った成果と言うべきか、シルバーゼリー摂取に切り替えていたあたしの現実の肉体が少しずつ痩せていたのだ。

 それはゲーム内のアバターにも反映されていった。 

 そして。

 VRMMOと言うのは確かに、ルックスの誤魔化しを許さない。

 ただ、ゲーム内の変化による“補正”は大いにかかるのだ。

 とりわけRPGと言うジャンルでは、その世界で戦って生じた運動量や、場合によってはゲームシステム的な経験値が、アバターに“加算”される。

 そう。現実+ゲームの経験値。

 足し算のイメージだ。

 つまり、現実でのルックスをベースとし、ゲーム内でのこれまでの行動によって最終的な容姿や身体能力が常に演算されている。

 ある日、何となく美容院の跡地でバキバキに割れた鏡を覗き込んだら。

 泥と粉塵で化粧されたあたしは、気付けば別人になっていた。

 

 元々太っていたのがVRダイエットに成功した。

 ……それくらいでは、何も変わらなかった。

 あたしには、もう一つの転機があった。

 

【ユニークスキル“鞭の天才”を修得しました】

 

 本当に突然、出し抜けに、そんながあたしの脳裏に下された。

 噂には聞いた事がある。

 大抵のVRMMOで実装されているシステム。

 ある特定の条件を満たした、一握りのプレイヤーに、そのゲームで唯一無二のスキルが与えられる。

 運営からの贈り物ギフトとも呼ばれるこれの存在を、この時まであたし自身、半信半疑でいた。

 鞭の天才。

 その名の通り“鞭”を扱う上での、天賦の才を意味する。

 しかし、いかに現代のVR技術をもってしても、あたしなんかを武術の達人に変えるなんて不可能だ。

 具体的には、“鞭”に分類される得物で戦う時、あたしの身体能力を管理する“ステータス”が倍加し、叩いたり絞めたりした時に生じる全てのエネルギー演算に反映される。

 またこの間、あたしの知覚もドーピングされ、世界がスローモーションに見える。

 ここで言う“鞭”とは紐状、あるいは縄状のものに限る。棒状の“べん”には無効。

 逆に、形状さえスキルに適合していれば、人間社会で“鞭”と定義されてなくても良い。

 ここまでのテコ入れをされれば、“鞭”の扱いそれ自体がどれだけ稚拙だろうと問題にならないだろう。

 あたしはただ、ノロノロ動く奴らの背後から、悠々と首を絞めるだけでよかった。

 スキル獲得のトリガーが何であったのか、未だに分からない。

 けど、あたしはそれに相応しいだけ、損をさせられて来たとも思う。

 “世界”に対する大きな貸しが、ようやく返済されたのだと。

 

 工場跡地からむしった電気ケーブルから始めた。

 駐車場ゲートの瓦礫に埋もれていたチェーンに鞍替えするのに、それほど時間はかからなかった。

 大体想像出来るだろうが、このゲームに来た当初のあたしは酷い有り様だった。

 身ぐるみ剥がされて“詰み”となるのに時間はかからなかった。

 ゲームにすらならなかった。

「嫌なら辞めるか作り直せ」

 もう何人目・何度目だったろうか。

 そう吐き捨てた木偶の首をケーブルで絞めて殺した。

「嫌なら辞めるか、作り直せば?」

 いつしか、それを口にするのはあたしの方になっていた。

 この“能力”で、あたしは急速にのしあがった。

 ゲームに毒されきって、知性の欠片も失っていたクソ野郎のリーダーをシメて、あたしが一族の頭に成り代わってやった。

 ささやかだが、あたしだけの政権だ。

 逆らう奴らや無能な手下の事は殺さなかった。

 殺したら、のうのうと生き返ってしまうから。

 主に“瓶詰め”にした。

 逆さ吊りにもしたし、磔にもした。

 “鞭”も色々試した。

 本格的な一本鞭とか“キャットナインテイル”とか自作したり、どの材質・長さと言う実験も一通りやった。

 全てはあたしの、その時々の気分次第。

 離してくれ、殺してくれ、と言われても無視した。

 この世は力こそ全て。奴らがあたしに命令する権利なんて何一つ無い。

 嫌だと思った奴は、辞めるか作り直した。

 割合的には、あたしのコレクションになった奴の九割超がそうかな。

 アバターを作り直した奴と再会した時が、今のあたしにとって一番の喜びだった。

 あたしの顔を見るや、一様にビクビク怯える様が。

 身体は替えが利いても、心はそうはいかない事を、あたしは誰よりも知っている。

 嫌ならゲームだけと言わず、この世からも消えてしまえ。

 

 ある日、生意気な一族が近所に引っ越して来た。

 もう少し手下が増えたらアジトにしようと目を付けていた、ガソリンスタンド併設のセブンイレブン跡地に。

 たった5人の新興グループだった。

 きちんと礼儀正しく挨拶して来たのなら、割安の月額みかじめ料で譲ってやる事もやぶさかでは無かったのに。

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