証言04 今日を生きる糧は熊肉バーベキュー(証言者:JUN)

 僕はまあ、地方で細々続いた医者の家系だった。

 皆がゲームの世界に引きこもった世界情勢を見て貰えば、何で僕もその引きこもりの一人に成り下がっているのかは何となく察して貰えると思う。

 だって、もう皆、滅多な事では医者を必要としない。

 物理的に寝っぱなしの“VR勢”は、体位交換すら機械にやってもらえる。

 生殖も、今後は優れた“リアル勢”のみが行っていく事だろう。

 やがて現行の“VR勢”が枯れて死に、“リアル勢”の中での底辺層……上の下から中の上みたいな人たちがあぶれて、下層民たるVR勢に成り代わるってのが、今後のトレンドだろう。

 ちょうど、今の僕みたいにね。

 地元の医療を支えようと自分なりに志を持って勉強に邁進していた医大生が、世に放逐された時には必要とされなくなっていた。

 それだけの話。

 だからかも知れない。

 よりにもよって、最初に選んだゲームが、この世紀末でモヒカンになるやつだったのは。

 

 ……で、そんなことより今現在の話だよ。

 僕は、牛乳に浸けていた熊の塊肉を取り上げた所だった。

 先ほどから僕がしていた、つまらない身の上話は、よりつまらないコレをごまかすためのものだったわけだ。

 肉は、HARUTOハルト達がハンティングしてきたものだ。

 文明が崩壊した(と言う設定の)この世界では、動物が大手振って野生化している。 

 畜産業が滅びたのと引き換えに、ジビエが獲り放題という事だ。

 牛や豚はもちろん、鹿だとか猪だとか、何でも食べられる。

 そいつを武力で制圧するだけの腕っぷしがあれば、の話だけどね。

 大量の牛乳は、真っ当にプレイヤーから買ったものだよ。

 何度か、一族ごと皆殺しにした相手でもあるけどね。

 その敵対勢力の頭目はINAイナって名の、けなげな女の子なんだけどさ。

 おととい皆殺しにした奴らから、昨日牛乳買いました……なんて、現実リアルに生きていたらまず口にする機会は無いよね。

 でも、このゲームの野盗グループ同士の関係性ってそんなもんだよ。

 とにかく、熊……というかジビエ肉ってのは適切に下処理しないと臭みがハンパない。それでなくとも、肉にこびりついた体毛との戦いだよ。

 肉そのものの臭み消しについては、これくらいでノルマ達成と思ってほしいよ。

 焼き肉なんだし、あとはタレでごまかしてもらわなきゃ、なんだけど。

 世界観的には一応日本と欧米とのキメラっぽい舞台なので、醤油とかの醸造所を復旧して細々作ってるNPCだとか、プレイヤーの中でも生産系Perkを伸ばしてる人はいるみたいなんだけど。

 NPC入植者からそれを強奪するのが手っ取り早いよね。

 この辺、製造過程とかすっとばして“それそのもの”をスポーンしてくれる、ゲーム世界の利点だよね。

 現代のVR世界とは、AIによって完全に自動生成されたものだ。

 リンゴとかニンニクとかローリエとか、そんなの世紀末で安定供給できるわけ? って物資は、自作が出来なくもないけど……それ抱えて機械的に出現スポーンするNPC入植者からぶん獲るに限るよね。

  

 えー、HARUTOハルトについてどう思うか、だっけ?

 何でもそつなく、よくやってるんじゃない? ってイメージかな。

 僕自身、あまり他人への頓着がないからさ。

 あまり、参考にならないかもね。

 ただまあ、僕自身はこの世界ではある意味有利と言える。

 素で医療の心得がある僕は、(最低限度だけど)他人を治すのにゲーム中のPerkを必要としない。

 他のプレイヤーが多大なスキルポイントを費やして修得する事が丸々免除され、他の分野に回せると言えばどれだけのアドバンテージかはわかるだろう。

 だから、余裕綽々でジビエ料理クラフトなんて事に気が回せている。

 いや、糧食って大事なんだけどね。

 馬鹿にするつもりは更々ないが、前回の証言者だった武器調整担当のGOUゴウも、リアルで何かスキルがあった上での生産系ビルドであったなら、前の一族の奴らにああもナメられる事は無かったと思うんだよね。 

 

 ああ、ただ一つ、HARUTOハルトについて大したもんだと思う点はあったね。

 あの人、“精神安定剤”を全く必要としないんだよね。

 リアルな感覚で殺し、殺されるこのご時世は未だ人類には早すぎるのか。

 大抵の人はVRMMOやってて一年前後のスパン、何らかの形で精神を壊す。

 大昔には、戦争神経症だなんて例もあったんだからね。直接

 いかにゲームのタイトルが変わろうと、この“精神安定剤”ってアイテムだけは変わらず存在している。

 中世ファンタジーだろうと、ポストアポカリプスの近未来世界だろうと。

 特にLUNAルナなんかは、夜驚症がひどく、注射が手放せないでいる。

 僕もさっき、“VR勢”だとか“リアル勢”だとか、人々が社会的に二分されているとも取れる言い方したけどさ。

 別に、法的には相互の行き来に何ら縛りはない。

 ただ。

 元々、シルバーゼリーを食べ、心を病まない為に仮想空間に避難した層だよ。

 それが、散々、RPGの世界で殺し・殺されを何度も繰り返し、注射無しでは精神の均衡も保てなくなった。

 スタート地点からして、文字通り“生まれ”が違う。

 一度VRMMOに手を出した人が、人生逆転してリアルに舞い戻るなんて……まずあり得ない。

 ゲームで心を壊した人が、どうして現実の他人に受け入れられる?

 先にイニシアチブを取った人が、これからも有利で居られるようにされるのが、この世の常ってわけだ。

 だから。

 HARUTOハルトって、何でこっち側に居るんだろうね? って素朴な疑問はある。

 明日、食う分には必要のない疑問でもあるけどね。


 そして。

 出来上がった熊肉バーベキューは、やっぱり美味しかったよ。

 ちゃんと臭みさえ消せば、赤身の部分は牛と豚の良いとこどりって感じ。

 ほどよく甘くて、ほどよく脂身がある。

 錆び錆びの鍋をNPCマシーンどもから略奪したダシで満たしたもので煮て食べると、牛スジ肉に近い味わいになるかな。

 肉って、元の動物が何を主食にしていたかで大きく味が変わる。

 端的に言えば、肉だとか生ゴミを漁っていた個体は食えたものじゃないよ。

 木の実だとかを食べていたやつじゃないと。

 KAZUカズにそんな気遣いがあるとは到底思えないけど、HARUTOハルトは獲物を選んでくれたんだろうな、とは思うよ。

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