浅葱色 #00A3F

 噴水を遠くに眺めながらイヤホンを揺らす藍は重力を感じないようなアクロバットを目にして懐かしい気持ちと切ない気持ちが心を支配して思わず頭を抑える。グッと締められたような感覚になり、吸う酸素が少なく感じる。

 そんな感情持つな、と激しく呼吸をした藍はイヤホンを外してポケットに仕舞い、何事もなかったかのように噴水に向かう。

「久しぶり」

 浅葱あさぎの驚いた表情にあいさつをした藍は近くのベンチに腰を下ろした。

「久しぶり、だね」

「いつぶりかな。私が切って終わったんだっけ」

 ふはは、と自嘲気味に笑った藍は気まずそうにする浅葱にごめん、と謝った。フワッと吹いた風は藍と浅葱の髪を優しく撫でて通り過ぎる。二人の耳にはそれぞれ光るものがあったがいつかのような色違いではない。

「耳、開けたの?」

「あー、うん。開けた」

「似合ってる」

 ありがとう、とそれまで見つめていた浅葱の目から視線を逸らす。そこに乗る感情は本当に懐かしさと切なさだけなのか。

「それで、どうしたの?会いに来るなんて今までなかったじゃん」

 少なくとも縁を切ってからは、と付け足した浅葱はストンと藍の隣に腰かけた。

「んー?なんで来たと思う?」

「分かんない‥‥…って言おうと思ったけど嘘。イヤリングしてないからそっち関係なんじゃないの?」

「はは、流石だね。半分正解で半分はずれ」

 そう言うと藍は立ち上がってグッと身体を伸ばした。

「今ね、みんなに会って回ってるの。君は三人目」

 蓬と蒲公英と会ったことを告げた藍は噴水のふちを器用にバランスを保って歩く。

「ねえ、私を殺してくれない?」

いい天気ですね、と言うのと変わらぬテンションで言われた浅葱はその言葉の理解に数秒の時間がかかる。

「なに、言ってんの」

「私に理不尽に関係を切られた君なんて私への恨みなんて一つや二つじゃないでしょ」

 あーあ、落ちちゃったなんてのんきに笑った藍は浅葱に向き直る。

「ダメ?」

「……俺が××――藍のそれに弱いの分かってやってるでしょ?」

「私のじゃなくても弱いくせに」

 ズルい人だね、と寂しそうに藍は笑う。それを見て目を大きくした浅葱はどんな感情を抱いたのだろうか。

「ごめん」

「何に謝ってんの~」

「……そのお願い?殺してくれってやつは聞けない」

 正反対とも言える二人の温度感は傍から見れば同じ話をしているようには見えない。片方は今日は天気がいいですねと歌い、もう片方は今日は土砂降りですよとずぶ濡れになっているかのような差がある。

「君もかぁ」

 残念だな、なんて言いながら藍はフワッと飛び降りる。

「本当、残念だよ」

 藍が空を見上げた瞬間、ポツポツと静かな雨が降り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る