第4話


 帝国の帝都は広く立派に整備されていた。見たことも無いような、最新式の高い建物が並んでいる。

 皇帝の住まう宮殿はその真ん中に広々と建っていた。

 広い王宮を兵士たちに連れられて行く途中で、フェリと引き離された。


「フェリ!」

「アシル!」

「フェリに乱暴をするな!」

 叫んだ声は広い宮殿に吸い込まれて消える。


 そのまま腕を取られて引きずられた。荷物は全部取り上げられた。

 豪奢な大広間に連行される。手錠も縄も打たれていないが、兵士に腕をガッチリつかまれて自由は無い。


 広間の一段高い所に設えた豪華な椅子に、座っている男が見えた。

 三十半ばぐらいの立派な体躯の男。鎧の上に長い豪華なマントを羽織り、まるで王のようだ。彼が皇帝なのだろう、威圧感が半端ない。


 広間の皇帝の前に跪かされた。

 男の側には宰相、側近、大臣、騎士連中がぞろりと並ぶ。俺の両脇にも騎士がいて身構えている。逃げるどころか怪しい動きも出来ない。


 皇帝が上から喋り出す。

「お前がアシルか。この装置を作ったと聞いた」

 俺が作った魔道具起動装置が、台座の上にまるで像のように置かれてあった。


「そんなことを誰が」

「ラクロ王国の商品を開発した者を、よい条件で我が帝国に引き抜いたのだ」

 そう言えば国が攻撃される前ぐらいに、上司が何人か辞めたと聞いたな。

「だが、あれらはこちらに来てから無能そのもの、何も開発できなかった」


 皇帝は椅子から立ち上がる。その顔は魔神のように怒りに満ちている。

「おかしいと思い、ちょっと甚振ったら、すぐに喋ってくれたぞ」

 皇帝は凄みをきかせて笑う。

「ラクロ王国はすでに攻撃した後だったので、殺してしまったかと少し慌てた」

 彼らはどうなったのだろう。無事じゃ済まなかったことは確かだろう。

「お前が全部作ったそうだな」


「フェリに会わせてくれ」

 返事をしないで、男を睨みつけて言った。

「彼女に何かあったら、ただじゃ置かないぞ」

「ふん、よかろう。妙な真似はするな」


 皇帝は顎をしゃくって「女を連れて来い」と部下に命令を下して、俺に向き直る。

「この国は貴族とかの階級は無い。まったくの実力主義だ。平民のお前にとって住みよい所になるだろう。お前は開発をすればよい」

 その最後の言葉は俺にとって納得できない。


「待て、アンタは俺の作った物を、人殺しの武器にするんじゃないのか? 俺が開発した物も武器になってしまったじゃないか。そんなことはもうやめて欲しい」

 皇帝は俺の言葉をせせら笑って嘯いた。


「さあ、生まれだけで人の上に立つ無能な奴らは大勢いるのだ。余はこの世界を住みよい所に変えていかねばならん」

 男の言葉も意志も、ゆるぎない自信に裏打ちされている。

「それがこの世に生まれた余の使命だ」


 この男のいうことは分かる。

 だが、その考えは嫌だ。納得できない。

「分かった。俺はフェリと一緒だったら何もいらない。何でも作ってやる」

 しかし、生まれた王国やフェリの王国も、滅びてよかったと思っている俺がいる。どうすればいいんだ。

「欲のない」


  ***


 その時、フェリが兵士に連れられて入って来た。

「フェリ!」

「アシル!」

 互いに手を伸ばして、俺たちは抱き合った。

 俺はとんでもないことをしようとしているのかもしれない。とんでもない余計なことかもしれない。神の意志に背く行為かもしれない。


「無事か?」

「はい」

 フェリの身体を見る。手荒なことはされていない様だ。皇帝に向き直った。

 全ての厄災の根源。終わりの時が来る。

「結界を」

「はい」

 フェリの結界が発動した。小さな結界だ。

「フン、何がしたい」

「攻撃魔法を」

「トルネード!」

 俺たちの周りに風が起こって緩い結界が広がった。強風に飛ばされそうになってお互いにしがみ付く。俺たちの無様な姿を帝国の人間が嘲笑って見ている。


 俺は服の袖に縫い付けたマジックバッグから魔道具を取り出した。

「増幅装置」

「きさま! 何を!」

 先に叫んだのは誰か。

 帝国の兵たちが武器を掲げ俺たちを屠ろうとする。

「魔道威力倍増装置」

 魔道具を発動して投げた。同時にフェリが結界を発動する。

「結界!」

 二重三重何重にも、俺たち二人の周りに。

 竜巻が渦を巻いた。それは外の最初に張った結界を突き破って巻き上がった。

 最後に、俺自身の作った増幅装置が発動した。


「ゴウッ!!」


 物凄い竜巻が何もかもを空に舞いあげる。


「結界をーー!!」

「逃げろぉーー!!!!」

「ぎゃああああぁぁぁーーーー!!!!」


 帝国の兵士も武官も建物も何もかも。

 俺たちのいる結界だけを残して何もかも。


 トルネードは帝都を好きなだけ席巻して消えた。

 俺たちのいる場所は更地に、いや、大地がおおきく抉れていた。


  ***


 俺たちは旅の間に作戦を練った。最初の結界は弱く。トルネードは吹き飛ばされない程度に、何度も調整した。だが俺の作った増幅装置は調整できなかった。


 俺はフェリと一緒に生きたかった。死にたくなかった。


「ふ……。笑う気にもなれない」

「アシル」

「ひどいもんだな。俺は破壊神か」

 俺たちは荒野になった帝都を彷徨った。

「何もない──」

 彼らと俺とどちらが酷いというのだ。

 フェリがいなかったら狂っていただろう。


「アシル、帰りましょう」

「そうだな」

 あの魔法陣の複製を取り出して起動する。

 フェリの住んでいた森に辿り着いた。



「俺は、旅が終わったら、フェリに結婚を申し込もうと……」

 だがこんな状態で申し込めるのか? 俺だけが幸せになっていいのか?

「受けますわ。あなたと一緒に生きます、アシル」

「いいのか?」

 フェリはコクンと頷く。


「あなたの苦しみも悲しみも悔しさも、わたくしに半分下さい。あなたの悩みが全て分かる訳ではないですけれど、一緒に生きていたいのです。わたくしたちはまだ生きているのですから」


 フェリの身体を引き寄せる。フェリは俺を真っ直ぐ見つめて言った。

「あなたがいいのです」

 信じられない。

 俺の女神──。



 俺たちは小さな教会で式を挙げ、村の外れに手頃な家を見つけて住んだ。俺は相変わらず魔道具を作っている。魔道威力増幅装置は封印した。

 生活を便利にする魔道具を作っているつもりだけれど、また帝国の皇帝みたいな人間が現れるかもしれない。



 ある日、フェリに馬車の試作品を見せた。

「魔道四輪荷馬車? 馬がいないけど。この船の舵みたいなもので、向きを変えるの? これ、動くの?」

 馬のいないホロ付きの馬車のようなものを見たフェリの感想だ。

「何だか変わった乗り物ね。乗り心地もあまり良くないけれど、ゆっくり行けばいいわね」

 少し首を傾けてフェリが言う。微笑んでいるフェリの笑顔が眩しい。

「分かった。後で改良するよ」


 今、俺は好きなものをのんびり作っている。フェリが小さな商会を作って、俺の作った物を卸している。

「おとさまー! おかさまー! ばしゃー!」

「ばしゃー」

 駆け寄った子供たちが馬車の周りではしゃぐ。

 今日は約束をした近くの湖にピクニックに行く。フェリと子供たちを馬車に乗せて出発すると、村人たちが俺の馬車を呆れて見ている。


 空は青い。今日もいい天気だろう。



  終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔道具士と婚約破棄された令嬢の話 綾南みか @398Konohana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ