第3話
「では、身分も高かったのですね」
俺は彼女に聞いた。
「ええ、公爵家の一人娘でしたわ。でもそれが何になるというのでしょう」
彼女は手を握りしめ、それを胸に当てて絞り出すように話した。
「わたくしは一人で、何も持ってはおりません」
粗末な服を着て、白い手は傷だらけで、それでも凛と立っている。
「父も母も処刑され、爵位は剥奪、領地は没収されたと聞いています」
酷い話だった。王宮には権力争いをする悪魔の様な人間がいる。他人の足を引っ張り罠に嵌め、貶める。権力だけが望み、我が力、命。
俺も酷い目にあってきた。
「わたくしは許せませんでしたの」
「え?」
「王家に対して」
フェリは密やかな声で言い募る。
「何故わたくしだけでなく、父も母も処刑されたのでしょう。公爵家の領地は豊かで、贅沢をすることも無かったので財政も豊かでした。王家はそれを狙っていたと、後で知りました」
口惜しそうな顔で最後に目を伏せた。
「だから滅んでしまえと祈りました」
ゆっくりと首を横に振る。
「でも、わたしくしの祈りだけでは、滅んでくれませんでしたの」
「一年前、オーフェルヴ帝国が攻めてきて、あっけなく王国は滅びましたの」
帝国軍と睨み合った戦場に、隙間なく魔道兵器を撃ち込まれて、王国軍はほとんど全滅したという。帝国軍はそのまま王都にせまり、殆んど無血開城であった。
「王家のものは皆捕まって、処刑されたそうですわ」
俺が魔道装置を作ったのは、二年以上前だった。俺の作った装置や理論などは、全部ラクロ王国が召し上げて管理していた筈だ。
それが何故、オーフェルヴ帝国で利用されているのか。
俺の祖国ラクロ王国の王都にいた人々も皆殺しになったらしい。それこそ隙間なく魔道兵器を撃ち込まれて。
「何ておかしな話でしょう、アシルさん。あなたはわたくしの仇を取って下さったのですわ」
フェリは笑おうとして失敗した。彼女の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちるのを、俺は不謹慎にもきれいだなと思いながら見つめていた。
***
だが俺にはしなければいけないことがあった。
「俺は確かめなければ。あの装置が実際に俺が作った物かどうか」
フェリはじっと俺を見る。その瞳には決意めいたものが見えた。
「わたくしも一緒に連れて行ってください」
フェリに言われてしまった。
「あなたは綺麗だ。俺の様な平民ではなく、もっとちゃんとした方に」
「わたくしにとってアシルさん以上の方なんておりませんわ。あなたは帝国も恐れる魔道具を作った方」
「あれはまぐれで、いや、俺が作った物ではないかもしれない」
「それに他国の言葉も難なく話せる頭の良い方。何よりとてもお優しく思います」
フェリは両手を握りしめて言い募る。
「きっとお役に立ちますわ。どうかわたしを連れて行って」
終いには俺の手を取った。
「ここで無為に待つなんて嫌です。あなたを誰にも渡したくないですわ」
夢のような女神の申し出だった。ここまで言われて断るバカがいようか。
結局、俺たちは一緒に、元ラクロ王国だった所に行くことにした。
***
俺たちは旅の準備を始めた。帰って来れるかどうか分からないのだ。手持ちの荷物をまとめ直して、持って行くかどうか振り分けることにした。
俺の荷物は大したことは無いが。そう思いながらフェリの小屋で荷物を片付けていると、爺さんの汚いボロ袋が出てきた。
どうしようと広げているとフェリが聞く。
「あら、それはマジックバッグ?」
「え?」
マジックバックのことは聞いたことがある。しかし、平民の俺には手の出ない高価なもので、見たことも無かった。実際持っていても使い方も知らない。
フェリに教えられて中身を見ると、爺さんが倉庫でくすねたものが荷馬車分くらい出てきた。ほとんどが魔道具で魔石も入っている。
売れば帝国に行って帰れるほどの旅費になって、お釣りが来るほどだという。
「これは何でしょう」
「どれ?」
まだ何かあるのか。爺さんは目利きだったのか。それより、フェリの目利きに驚いている。俺はいわゆる世事に疎い研究バカらしい。
フェリが見つけたものを受け取って、調べて俺の手は震えた。
「これは兵器だ。魔道兵器や魔法の威力を上げるものだ」
「まあ、重ね掛けの様なものでしょうか?」
「うん。これは威力を何倍にも強化できるんだ。使いっきりだが」
理論で出来ると分かったけれど、俺は作らなかった。
友人に贈ったのは防御の魔道具で、防御力もそれほど上がるものではなかった。だがその後、攻撃力も上がる魔道具を作れるようになった。理論も詰めると威力が恐ろしいものになる。
それが分かった時、怖くなって放り出した。
その時は、作らなかったけれど──。
その恐ろしいものをどうするか、俺は決心がつかなかった。帝国に行ったら、俺は捕らえられるかもしれない。あっという間に殺されるかもしれない。抵抗できる手段はないのか。
俺は助かりたい。フェリと一緒に。
行かなければならないのに、助かりたい。
***
俺たちは夫婦と偽って旅をすることにした。宿に泊まるとき、一つの部屋で気まずい思いをしたが、段々慣れていった。
「わたくしは祖国にいた頃は、冷たいと言われていましたの」
夜寝る前の少しの時間に話をする。
「フェリさんが冷たいとは思わないけど」
むしろ優しいと思う。初めて会った時から。
「あまり話さないし、言葉を飾れないし、表情もあまり変わらないので」
「でも、あなたはとても暖かくて優しい方だと思う」思い切って言ってみた。
フェリはちょっと息を止め、それから小さな声で言った。
「……恥ずかしいですわ」
小さな部屋でお互いの存在を意識しながら眠りにつく。この旅がずっと続くのだったらどんなにいいだろう。
俺たちは呼吸をするように、一緒に旅をし、一緒にいた。
「フェリさんは──」
「フェリと呼び捨てで呼んでいただけますか?」
それは俺にとって、驚きとともに嬉しい出来事だった。
「じゃあ俺もアシルと呼び捨てで」
フェリが頷く。
「フェリ」と小さな声で囁くと、小さな声で「はい」と返事があった。
とても気恥ずかしい。しかし、俺は聞かなければいけない。
「攻撃魔法は何が使える?」
「風魔法ですわ」
少し上気した頬のままフェリは答える。
「エアースラッシュ、ウィンドストーム、トルネードくらいかしら」
「じゃあトルネードで練習してみようか、フェリ」
フェリは何かを悟ったようで、きゅっと唇を結んで頷いた。
トルネードは中級魔法で、周りにいる者を吹き飛ばすくらいの威力があるが、殺傷能力はあまりない。これの威力を上げれば逃げ出せるかもしれない。転移の魔法陣を発動する時間稼ぎくらい出来るかもしれない。
フェリは美しかったので絡まれることもあるのだが、俺と一緒だとそういうこともあまりなかった。宿がない時は一緒の毛布にくるまって眠った。
人の体温が気持ちがいいなんて。フェリは俺をどう思っているのだろう。
この旅が終わる時には、聞きたい。
俺の家族は地方に住んでいた。統治がめんどくさいのか、領主は変わっていなかった。此処には戦争の痕もない。両親の店はちゃんとあった。遠くから様子をうかがったが兵士らしき者は見当たらない。
町で話を聞いてみたが、誰も俺の顔を覚えていない。すでにこの地を出て学校に行って8年以上経っている。手紙は出したが一度も帰郷していない。
実家に行ってみると、年老いた母が店番をしていた。父はすでに死んで、兄夫婦が店を継いでいると聞いた。今日は出かけているらしい。
「アシルです、母さん」
母は驚いていた。死んだと思っていたようだ。
「王都は隙間なく攻撃されて、誰も生き残っていなかったそうなんだ」
誰も皆そう思っていたようだ。幽霊を見たような顔だった。
「もう行くよ母さん。旅をしているから」
旅費を少し置いて、行先を言わずに別れた。
しかし、店を出た所で、帝国兵が俺たちの周りを取り囲んだ。
やはり見張られていたようだ。
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