第19話 仲裁の結果を下す。

 ――そのとき。


「ユーリ様」

「分かっておる。動くなよ」


 薬草採取に夢中になっていたときとは違う。

 仲裁しながらも、周囲の警戒は怠ってない。


 木々の梢が揺れる音とともに――イノシシ型モンスターが木々をかき分けて、突進してくる。


 ユーリとクロード。

 その次に気づいたのはロロだった。


「ワイルドボアだっ!」


 ロロは即座に腰の剣を抜き、子どもたちをかばうように位置取る。

 そして、ララもすぐに魔法の杖を構え、詠唱を始める。


 一方、冒険者の少年たちは怯えて後ずさりするばかり。


「さて、お手並み拝見だ。絶対に手を出すなよ」

「御意」


 二人の決死の表情を見て、ユーリは静観することにした。

 ララロロの戦う場面を見るのは初めてだが、彼らだって長い間この森で過ごしてきたのだ。


 ワイルドボアはホーンラビットより強いモンスターだ。

 二人はどうやって戦うのか――。


「うおりゃあああ」


 突っ込んできたワイルドボアに対し、ロロは真っ正面から受け止めるのではなく、上手にいなして進路をそらせる。

 子どもたちの横を通り抜け、しばらく走り続けたワイルドボアは木々をなぎ倒して勢いを落とし、クルリと反転する。


 無防備なその瞬間を狙って――。


『――ウィンドカッター』


 ララの杖から無数の風の刃が撃ち放たれる。

 狙うのはワイルドボアの足だ。

 こちらに向かって走り出したワイルドボアの足を風の刃が切り裂き――。


 ドシンと音を立てて、ワイルドボアは転倒する。


「今だッ!!」


 倒れてもがくワイルドボアの首筋にロロの剣が突き刺さる。

 ロロはその剣を力任せに捻る。

 太い血管を斬り裂き、大量の血が吹き出す。


「はあはあはあ」


 ロロが息を荒げる中、ワイルドボアは絶命した。


 ――しーんと静まり返る。


「「「やったああああ」」」


 孤児が歓喜の声を上げる。

 ララとロロに向けられる尊敬のまなざし。

 手を上げて、喜びを分かち合う。


「大丈夫だと言ったろう?」


 ユーリは見立て通りの結果に満足すると、子どもたちに告げる。


「騒ぐと、また、モンスターが襲ってくるぞ」


 ハッとした子どもたちはすぐに静かになる。


「どうだ、ユーリ。俺、カッコいいだろ」

「私の魔法はどうだった?」


 興奮気味な二人はユーリに詰め寄る。


「見事であった」


 まるで孤児院の先生に褒められたかのように、二人は嬉しそうだ。

 これまでの堂々とした姿に、ユーリが年下であることをすっかり忘れていた。


 一方の冒険者たちは――。


「さて、そこで震えてただけの腰抜けども。なにか言いたいことはあるか?」


 ここで素直に謝罪できるほど、彼らは大人ではなかった。

 黙り込む彼らに向かって、ユーリは続ける。


「この一ヶ月で、余は学んだ。冒険者とは素晴らしい職業だ」


 語り出したユーリに全員の視線が集まる。


「生まれも年齢も肩書きも関係ない。力だけがすべての、平等な職業だ。そうであろう、クロードよ?」

「おっしゃる通りです」

「だそうだ。Aランク冒険者のお墨付きも得られた。お互い力で正しさを示して見せよ」


 反応は真逆だった。


 ララとロロは剣と杖を構え、自信に満ちた目で冒険者たちを睨みつける。

 一方、冒険者たちは剣を抜くこともできず、慌てふためくばかり。


「戦うまでもなかったな。ララ、ロロ、控えよ」


 二人は臨戦態勢を解除する。


「さて、オマエら、言うことはないか?」


 ララとロロに屈した彼らが、ユーリの気迫に立ち向かえるわけもなく、そろったように土下座して、謝罪の言葉を口にした。


「どうだ? 許してやるか?」

「なんか、逆にかわいそうになっちゃったぜ」

「相手にするだけ時間の無駄だよ」

「よかったな。ロロもララも許してくれるみたいだ」


 その言葉に冒険者たちは助かったと、安心し土下座をやめようとしたが――。


「なにを終わった気でいるのだ?」


 ユーリの言葉に冒険者たちは上げかけた顔をピタリと止める。


「余が仲裁すると言ったであろう。ララたちが謝れば、それで終わると思ったか?」


 そして、意地悪に口元を歪める。


「甘い者であれば、『次はないぞ』と見逃す」


 そして――。


「厳しい者であれば、ギルドに突き出す」


 ユーリがどちらを選ぶのか。

 自分たちの運命はすべて彼女次第。

 それを悟った彼らは、続く言葉に息を呑む。


「その腐った性根、余が叩き直してやる。光栄に思え」


 予想外の言葉に冒険者たちは戸惑う。


「これからオマエたちに戦い方を教えてやる」

「どっ、どういうことですか?」

「無理矢理モンスターと戦わせる。なに、余がついてるから、死にはしない。ただ――」

「…………」

「死ぬほど怖い思いと、死ぬほど痛い思いをするだけだ」


 ユーリの凄みある笑顔が、大げさなことではなく、本気だと信じさせる。


「コイツらが絡むことは二度とない。ここは余に免じて、受け入れてくれるか?」

「まあ、ユーリがそう言うなら……」

「うん。ユーリちゃんに任せるよ」

「よし、これでこの話は終わりだ。両者とも、遺恨を残すなよ。もし、なにかあったら、それは余に喧嘩を売ったと見なす。覚悟せよ」

「よろしかったのですか?」


 クロードがユーリに問う。


 ユーリが下した結果は孤児たちにとっても、冒険者たちにとっても得になる。

 だが、ユーリにとって、なんの得もない。

 むしろ、手間が増えただけだ。


「最初に言ったであろう。子どものケンカだと」


 クロードはその言葉にハッとする。

 彼は実直ではあるが、このような揉め事には向いていない。

 自分であれば、このようにはいかなかった。

 あらためて、ユーリの懐の深さに感服する。


「さすがはユーリ様です」

「クロードはロロたちを見てろ。余はコイツらを鍛え直してくる」

「御意」

「ほら、さっさと立ち上がって、ついて来い」


 冒険者たちはユーリに尻を叩かれ、森の奥へと向かっていった――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『ユーリの指導は厳しすぎます。』

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