第20話 ユーリの指導は厳しすぎます。

 ――数刻後。


ユーリが冒険者たちを引き連れ、森の奥から戻って来た。


「いかがでしたか?」


 クロードが尋ねる。


「ああ、久々の教練、楽しかったぞ」


 ユーリは満足げに答える。

 その後ろには、冒険者の少年たちが一糸乱れぬ姿勢で直立している。

 行く前の臆病さは消え失せ、自信に満ちた精悍な顔つきだ。


「オマエら、感想を述べよ」


 ユーリの言葉に「「「「はっ」」」」と応じ、順番に答える。


「ユーリ様のおかげで、自分たちの愚かさを理解できました」

「ユーリ様のおかげで、モンスターと戦う勇気を持てました」

「ユーリ様のおかげで、恐怖にも負けない方法を学べました」

「ユーリ様のおかげで、本当の強さを知ることができました」


 先ほどまでの怯えっぷりが嘘のように、腹の底から張り上げた声だ。


「「「「ありがとうございましたっ!!!!」」」」


 少年たちは深々と頭を下げる。


おもてを上げよ」

「「「「はっ!!!!」」」」


 ララ、ロロを始めとして、孤児院の子どもたちはポカンと口を開けている。

 さっきと同一人物だとは、とても思えない。


 そして、それを成し遂げたユーリに尊敬の眼差しを向ける。


「ユーリ、すげぇ」

「ユーリちゃんっていったい……」


 ユーリが成果に満足していると、クロードがプッと吹き出した。


「さすがはユーリ様ですね」


 クロードは思い出す。

 ユリウス帝のカリスマに惹かれ、「陛下のためなら喜んで死ねる」と覚悟を決めた兵士たち。

 今の少年たちから同じ匂いを感じた。


「なに、ちょっとしごいてやっただけだ」


 甘ったれた少年を手なずけることなど、ユーリにとっては造作もなかった。


 少年たちの身体に傷はない。

 すべてユーリがポーションで回復させたからだ。


 ただ、訓練の最中に何度も死にかけた。

 それは比喩ではなく、本当の意味でだ。


 彼らは格上モンスターとの連戦を休みなく強いられたのだ。


 腕や足を切り落とされて。

 はらわたを喰い千切られ。


 その度にポーションで回復される。

 どんなに「もう殺してくれ」と懇願しても、死ぬことは許されない。


 ――ユリウス帝の教練は厳しかった。「実戦の方が百倍マシだ」と言われるくらい。


 ――死ぬ一歩手前までやらんと、強くなれんだろう。それがユリウス帝の指導方針だ。


 限界まで身体を傷つけられ、精神をすりおろされる。

 何度も、何度も。


 その結果、彼らは生まれ変わった。

 一人前の冒険者になれたのだ。


「これで明日から、オマエらだけでも戦えるな」

「「「「ありがとうございましたっ!!!!」」」」

「ララ、ロロ。コイツらが言いたいことがあるそうだ」

「「「「さっきは申し訳ございませんでしたっ!!!!」」」」

「えっ、あっ」

「うん」


 彼らの変貌ぶりに圧倒されて、怒っていた気持ちはどっかにいってしまった。

 わだかまりはさっぱり、なくなっていた。


「では、街に帰るぞ」


 ユーリが歩き出し、クロードも従う。

 孤児たちは薬草がたっぷり詰まったカゴを背負い、冒険者たちはその後ろを歩く。


 緊張が解けたのか、ユーリからは皇帝らしさが消え、可愛い女の子が顔をのぞかせる。


「ふぅ。疲れた。みんなは、薬草いっぱいとれたみたいだね」

「ああ、ユーリのおかげだ」

「ユーリちゃん、ありがとう」


 双子だけでなく、小さな孤児たちもお礼を述べる。

 ユーリは「うんうん」と納得した様子でご満悦だ。


「こうやってると普通の女の子なんだよね」

「さっきは院長先生よりも怖かったぜ」


 二人はユーリの変わりっぷりに戸惑う。


「どっちが本当なんだろうな?」

「うん。でも、どっちのユーリちゃんも、私は好きだな」

「……ああ。そうだな」


 ララは純粋な好意だ。

 だが、ロロの気持ちは単なる好意だけではなく、異性としての好きも含まれていた。

 本人もまだ自覚しておらず、どう扱えばいいのか分かっていない様子だ。


 その後はなにごともなく、一行は街に帰還した――。


「じゃあ、ここでお別れだね」


 冒険者ギルドで精算を済ませ、解散しようとしたところで、ララが口を挟む。


「えっ、今日は来てくれるんじゃないの?」

「どうして?」


 ユーリはキョトンとする。

 ララの不安そうな視線を受け、クロードが言う。


「ユーリ様には内緒にしておきました」

「なに、私に隠し事?」


 のけ者にされたと感じ、ユーリはぷくっとほっぺを膨らます。

 それを微笑ましいと感じ、クロードの目元が柔らかく緩む。


「サプライズです」

「サプライズ?」


 ユーリは首をかしげる。


「その方が喜ぶと思われたので」

「まあ、なんでもいいじゃん。一緒に行こうぜ」

「うん。ユーリちゃん、絶対に喜んでくれるから」


 ロロとララは両側からユーリの手を握る。

 今にも歩き出そうとする二人の勢いに流され、ユーリは「うっ、うん」と頷くしかなかった。


「でも、コイツらはどうするの?」


 ユーリの視線の先には、所在なさげに立ちすくむ冒険者たち。


「ユーリ様のご判断次第です」

「ユーリの好きにしていいぜ」

「ユーリちゃんが決めていい」


 ユーリは即断した。


「じゃあ、みんなもおいでよ」


 そういうわけで、冒険者たちも加えた一行は、夕暮れの中、孤児院へと向かうことになった。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『サプライズパーティー。』



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