第18話 揉め事に首をつっこむ。

 森の奥から言い争う声が聞こえてきた。


「面白そうだ。ちょっと見てみるか」


 ユーリは好奇心を丸出しにして、騒動の現場に駆けつける。


 ふたつのグループが争いあっていた。

 いや、正確には、片方のグループがもう片方に絡んでいるかたちだ。


「オラ、とっととどっか行けッ!」

「オマエらが後から来たんだろッ!」


 絡んでいるのは15歳前後の冒険者数名。

 そして、絡まれているのはユーリが知った顔だった。


「ララ、ロロ。それにみんなも、どうした?」

「「ユーリちゃん!」」


 ミシェルの孤児院の子どもたちだ。

 ユーリも何度か遊びに行って、みんな知っている顔だ。


 そこに相手グループのリーダーらしき少年が割り込んでくる。


「ああっ! なんだ、ガキがっ! テメェもやっちまうぞっ!」


 その瞬間、凄まじい殺気に場の空気が凍りつく――。


「クロード、やめろ」


 飛び出しそうな勢いのクロードをユーリが手で制する。

 今にもつかみかからんとしていた少年は、腰を抜かして座り込んでいるし、他の者もガタガタと震えている。


「子どものケンカだ。大人気ないぞ」

「申し訳ございません」


 クロードは殺気を収め、スッと一歩下がる。


 ユーリと再会して以来、彼女をからかったり、失礼な態度をとったりする者はいた。

 だが、ここまであからさまな敵意を向けた者はいなかった。

 クロードとしてはそれは絶対に看過できないもので、ユーリの制止が後一瞬でも遅かったら、少年のグループは全員無事ではなかった。


 今のユーリがそれを望んでいないことも知っている。

 だが、こればかりは身体に染みついた習性だ。

 どうしても身体が先に動いてしまう。

 適応できるようになるには、まだまだ時間が必要だった。


「こういう場合はどうするんだ?」

「冒険者はすべて自己責任。普通なら、介入しません。それに――」


 ユーリに問いかけられ、クロードは気持ちを落ち着かせる。


「トラブルに対処する能力も冒険者には必要です。彼らのためにもなりません」

「なるほどな、一理ある」


 ここで助けると、次もまた誰かに助けてもらえると期待してしまう。

 それは冒険者にとって致命的だ。


「ですが、今回のはやり過ぎです。ギルドに報告したら、コイツらは罰せられるでしょう」


 ユーリはまだ把握しきれていないが、冒険者歴の長いクロードは見ただけで状況を理解していた。


「ならば、余が仲裁しても問題なかろう?」


 ユーリは最高の笑顔を浮かべる。

 トラブルは大好物だ。


「まずはこっちの話から聞こう。ララ、ロロ、いったいなにがあった?」


 ララとロロ。

 双子の彼らは、孤児たちのグループで最年長の13歳。

 しっかり者の姉のララに、ケンカっ早い弟のロロ。


 さっき言い合っていたのがロロで、下の子たちをかばうようにしていたのがララだ。


「コイツらがイチャモンつけてきたんだぜっ!」


 感情的になっているロロではダメだと、ユーリはララをうながす。


「私たちがここで薬草を摘んでいたんだよ。でも、後から来たこの人たちが『どけ』って言うの」

「ほう」


 ユーリは周りの地面を見回す。

 広い範囲にわたって薬草が生えている。

 いわゆる、群生地だ。


 一日中、腰をかがめて薬草を集めたユーリとしては、ここを独占したいという気持ちは痛いほど分かる。

 だからといって、それが許されるかは別問題だ。


「そう言っているが、オマエたちの意見は?」


 ユーリはへたり込んだ少年を見下ろして尋ねる。

 彼女の心情としては孤児たちの味方だ。

 だが、どんな場合でも、片方の言葉を鵜呑みにしたりはしない。


「こっ、コイツらばっかりいい場所を占拠してズルいんだよっ」


 精一杯の虚勢を張るが、声が震えている。


「なるほど。年下の子どもたちが採取してた場所に、後からやって来たオマエらが『どけ』と迫ったと。間違いないな?」

「あっ、ああ……」


 気圧されて、少年はそう返すことしかできなかった。


「で、こういう場合はどうなんだ?」


 ユーリは振り返り、クロードに尋ねる。


「採取地にしろ、モンスター相手にしろ、他の冒険者には近づかないのがマナーです」

「よし、状況は把握できた。余が仲裁するが文句はないな」


 みな、ユーリの気迫に圧倒されて、黙ってうなずくことしかできない。


「ララ。薬草の群生地の場所は孤児院で代々引き継がれている。そうであろう?」

「うん。そうだよ」


 ララは驚く。

 なにも知らないはずのユーリがこの状況だけで、その事実にたどりついたことに。


 孤児が稼ぐ方法は限られている。

 薬草採取もそのひとつだ。

 年長者が守り、年下の子たちと一緒に薬草を集める。

 そのため、群生地の情報は代々、引き継がれていく。

 ミシェルも、そして、アデリーナも通った道だ。


「オマエら命拾いしたな。アデリーナが知ったら、ぶっ殺されてたぞ」


 彼女がこの話を聞いたら、殺しはしないでも、半殺しにしてただろう。

 その意味では、ユーリに仲裁してもらったのは、むしろ、幸いともいえる。


「そして、コイツらは――」


 ユーリは相手の少年たちを見下ろす。


「おろし立ての綺麗な装備。年は15、6ってところか。Eランクに成り立てだな」


 ユーリは少年たちを観察して、推測する。

 その推測は当たっていた。


「コイツらみたいのは、先輩冒険者が面倒見るんじゃないのか?」


 ユーリは前世での兵士たちを思い出す。

 新兵が慣れるまでは、古参兵が戦場のイロハを教える。

 そうしないと、簡単に死んでしまうからだ。


 兵士ほどではないが、冒険者も命を賭ける仕事。

 同じような仕組みがあるはずだとユーリは考えたのだ。


「普通は、そうなのですが……」


 クロードの答えはユーリの思った通りだった。

 彼が言い淀んだことで、その先も察する。


「跳ねっ返りってヤツか。弱いクセに、態度だけは一人前。挙げ句には、年下にたかろうってんだからな」


 厳しい軍規で知られるユリウス帝の兵士であれば、皇帝の耳に入るまでもなく、処断されていた。


 ――無能な味方は、一番の敵だ。


 だが、ユーリはユリウス帝ではないし、少年たちは配下の者でもない。


「まあ、おおよそ、見当はついた」


 ユーリは呆れてため息をはく。


「勇んで森に出たものの、モンスター相手にブルッたか」


 指摘された少年たちは、気まずそうに顔を背ける。


「となると、薬草採取くらいしか金を稼ぐ方法はない」


 正しい指摘は少年たちの心を絞り上げていく。


「だけど、情報を教えてくれる人もいないし、『薬草採取なんか』とバカにしてるから、ロクに薬草も集まらない」


 完全に見透かされ、少年たちは気まずい思いだ。

 目の前にいるのが8歳の幼女だとは、信じられなかった。


「それでイライラして、コイツらに当たったと」

「なっ!? そういうことだったのかっ!!」


 自分たちが絡まれた理由を知り、真っ直ぐな気性のロロは怒りを爆発させそうだ。

 ララは怒りではなく、侮蔑の視線で射殺しそうだ。


「オマエらが絡んだ相手は孤児だ。親の顔も、親の愛情も知らない。それでも、皆、精一杯生きている。他人を傷つけず、他人から奪わず、真っ当に生きているのだ」


 孤児たちは皆、心酔しきった目でユーリを見る。


「パパとママに甘やかされて育ったオマエらとは大違いだ」


 完膚なきまでに叩きのめされ、少年たちは返す言葉もない。


 ――そのとき。


「ユーリ様」

「分かっておる。動くなよ」


 薬草採取に夢中になっていたときとは違う。

 仲裁しながらも、周囲の警戒は怠っていない。


 木々の梢が揺れる音とともに――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『仲裁の結果を下す。』




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