第17話 初めての薬草採集

 ――ユーリが冒険者となって一ヶ月がたった。


 この間、いくつかの変化があった。

 そのひとつ目は――。


「おめでとうございます。これでEランクに昇格です」

「わーい、やった~」


 冒険者ギルドの受付嬢から冒険者タグを受け取る。


「たった一ヶ月で昇格なんて、凄いですね」

「そうなの?」

「はい、頑張ってくださいねっ!」

「うんっ!」


 ふたつ目の変化。

 年相応の幼女らしい振る舞いを身につけた。

 本人も新鮮で楽しいようで、クロード以外には基本的に幼女を演じている。


 頑張る幼女の健気けなげな姿は人々の同情を買い、優しく見守るような態度で接してくれる。

 皇帝時代には考えられない反応を彼女は十分に満喫していた。


「ユーリ様、昇格おめでとうございます」

「うん。まあ、当然だね」


 通常はEランクになるには、早くても半年かかる。

 このスピードは異例のこと。

 だが、前世でいくつもの偉業を成し遂げてきたユーリにとって、その程度は朝飯前だ。

 とはいえ、彼女は隠しきれない笑顔を浮かべる。


「ほら、なにを突っ立ってる。掲示板を見に行くぞ」

「御意」


 二人は掲示板の前で依頼票をチェックする。


「余はこの一ヶ月でいろいろ学んだぞ。Eランクの最初の仕事は薬草採取なのだろ?」

「そうですが、ユーリ様であれば、モンスター討伐も問題ないと思います」

「いや、もう急ぐ必要はない。余がEランク昇格を急いだのは、街の外に出るためだ」


 Fランクで受けらる依頼はすべて街中のもの。

 Eランクになって、初めて街の外に出られる。


「山を登るのに、駆け足で行く奴がおるか。ゆっくりと回りの景色を眺めながら行こうではないか。余はまだ8歳。この先、人生は長いぞ」


 薬草採取は常設依頼であり、受注手続きは不要。

 集めた薬草を資材課に届けるだけでいい。


 依頼票で薬草の形や生えている場所について確認し、浮かれ足でギルドを飛び出そうとする。


「さて、出発だ」

「同行いたします」

「……好きにするがいい。ただし、口出しはナシだ」


 ユーリとしては過保護が過ぎるという思いだ。

 だが、クロードに世話になっている手前、強くは出られない。

 この心境の変化も一ヶ月前との違いだ。


 門に向かって大通りを歩いて行くと、いろんな人から声をかけられる。


「ユーリちゃん、トゥメィトゥ持ってきな」

「お嬢ちゃん、今日も頑張ってるね」

「無理しちゃダメだよ」


 それらの声にユーリは「ありがと~」と手を振って返事する。

 その笑顔に声をかけた人だけでなく、周りの人々も幸せなそうな笑みを浮かべる


 幼いながらも懸命に働き、いつも笑顔を絶やさない。

 黙っているだけでも絶世の美少女なのに、親しみやすさも兼ねそろえている。

 あっという間に人々の心をつかみ、今では街人の間で、ちょっとしたアイドル扱いだ。


 皇帝時代とは別の種類だが、やはり、抜群のカリスマ性だ――とクロードは感心するとともに、我がことのように誇らしかった。


 やがて、正門に着く。


「おっ、ユーリちゃん、いよいよ外かい? 街の外は危険だから、気をつけるんだよ」

「うん。心配してくれてありがとっ!」


 いかめしい顔の門番が似合わない笑顔を作る。

 そして、クロードに向かって告げた。


「お前さんが一緒なら大丈夫だな。だけど――」


 門番は睨みを利かす。


「ユーリちゃんにもしものことがあったら、お前さん、街を歩けなくなるぞ」

「言われるまでもない」


 まったく動じることなくクロードは返事をする。

 そうして、二人は正門から街の外へ出た。

 二人が再会してから、外に出るのは初めてだ。

 久しぶりの解放感に、ユーリは大きく伸びをする。


「う~ん」


 絶好の天気。

 当たり一面に広がる草原。

 ところどころに茂みが見える。

 そして、草原をふたつに分けるように、まっすぐと森へ続く街道――。


 大きなカゴを背負ったユーリはソワソワと落ち着かない。


「いいか、依頼を受けたのは余だ。余計な手出しはするなよ」

「わかっております」


 ユーリは視線を落し、キョロキョロ見回しながら、草原を歩いて行く。


 そして、すぐに――なにかを見つけたようで、草を踏み分けていく。


「おっ、これ、薬草じゃないか」


 依頼票に書かれていた絵の記憶と照らし合わせ、間違いないと薬草を摘む。

 そして、クロードに向かって見せつけた。


「どうだ。もう見つかったぞ。余には薬草探しの才能があるかもしれんな」


 自慢気に胸を張るユーリからは笑顔が零れ落ちそうで、こうしている姿は年相応だ。


 ――ユーリ様はこの一ヶ月でだいぶ変わられた。やはり精神が身体に引きずられるのだろう。


 そんなクロードの思いはよそに、ユーリは背中のカゴに採ったばかりの薬草を放り込むと――。


「さて、どんどん探していくぞ」


 しばらく辺りを探すが、薬草は一向に見つからない。

 十数分たって、ユーリは諦めた。


「ビギナーズラックだったようだな」


 どうやら自分は浮かれていたようだ――と思い直し、考えてみる。


「それもそうか。こんな近場で簡単に採れるなら、そもそも依頼にならんな」


 やると決めたら、全力で挑む。

 ダメだったら、次の手を打つ。

 そこに一切のためらいはない。


「もっと先まで進むぞ。ついて来い」


 街から離れ、森の中に分け入っていく。


「ユーリ様、森の中はモンスターが――」

「わかっておる」


 クロードの気遣いはありがたいと思うが、度の過ぎた過保護は少々うっとうしい。


「よし、ここら辺にするか」


 ユーリは腰をかがめ、地面を這うように探していく。

 魔力で探せば簡単に見つけられるが、そうはしない。


 普通の8歳児と同じように、冒険者生活を楽しみたいのだ。

 そもそも、普通の8歳児はEランク冒険者になれないのだが――ユーリは失念していた。


 しばらく探し回り、ある木の根元に薬草がいくつか生えているのを見つける。


「あった、あった」


 納得した様子で次々と摘んでいく。


「これがポーションになるんだな」


 興味深そうに薬草を見つめる。


 前世でもポーションのことはよく知っていた。

 だが、その素材や製法までは知らなかった。


 ポーションが完成するまでに、どれだけの人の働きが必要なのか。

 生まれ変わって、それを知ることができた。


「よし、コツは掴んだ。次に行くぞ」


 摘み取った薬草をまとめてカゴに放り込むと、また探し出した。


 ――ユーリは集中していた。

 遊びに夢中になる子どものように。

 だから、発見が遅れた。


 茂みをわけると、その先に獣がいた。

 額にツノが生えた大きなうさぎ――ホーンラビットだ。


 薬草採りに夢中になり、周囲の警戒がおろそかになっていたのだ。

 前世では考えられないことだ。


 だが、そんなユーリの事情など、ホーンラビットには関係ない。

 助走をつけて、彼女に向かって飛んでくる。

 しゃがんでいた、その顔めがけて。


 慣れた冒険者にとっては、なんの脅威もないモンスターだ。

 それでも、デビューしたての初心者にとっては大敵だ。

 油断して怪我をする者も少なくない。


 だが、ユーリにとっては――。


 ホーンラビットから敵意を感じ取った瞬間、身体が動いた。

 腰のナイフを抜き、飛びかかるホーンラビットに向かってひと振り。

 ホーンラビットの頭と胴体はふたつに分かれた。

 自分が死んだことに気づく暇もなく、ホーンラビットは死んだ。


「モンスターか?」

「はい。ホーンラビットという名です」


 前世で相手してきたモンスターはもっと強く、一筋縄ではいかないヤツばかりだった。


「強くはありませんが、畑や家畜を襲う害獣です。見つけたら駆除すべきです」

「なるほど。民草の敵というわけか」

「そうですが、人の役にも立ちます」

「ほう?」

「ツノと毛皮は使えますし、それに肉は食べられます」

「悪いばかりではないのだな」

「ギルドに持ち帰れば、お金になります」

「ほう、コイツを持って行けばいいのか」

「はい、痛みが早いので、本来ならすぐに解体するのですが――」

「それも面白そうだが、また今度にしよう。今日は薬草だ」


 ユーリは死体を無造作に【虚空庫インベントリ】に放り込む。

 【虚空庫インベントリ】は時間が経過しないので、鮮度を保ったままだ。


「ちなみに、いくらになるんだ?」

「綺麗な一撃で仕留めたので、それなりの値がつくと思います。1,000ゴル程度でしょうか」

「それでも1,000ゴルか……。厳しいのだな」

「しょせん、Eランク冒険者が狩るモンスターですから」


 その後もユーリは薬草を摘み、たまに現れるモンスターを倒していく。

 クロードは干渉せず、後ろで眺めているだけだ。

 ただ、それだけでも彼にとっては楽しい時間だった。


「さて、そろそろ帰るか」


 カゴいっぱいの薬草を集めたユーリが街に戻ろうとしたと頃――。


「――――ッ」

「――――ッ」


 森の奥から言い争う声が聞こえてきた。


「面白そうだ。ちょっと見てみるか」


 ユーリは好奇心を丸出しにして、騒動の現場に駆けつけた。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『揉め事に首をつっこむ。』


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