第16話 クロードはアデリーナと話をする。

 ミシェルが帰ってしばらくすると、アデリーナがやって来た。


「やあ、ごめんごめん。思ったより、依頼が長引いちゃってね」

「残念だったな。もう、食事は終わったぞ」

「あちゃあ、ユーリちゃんと一緒に食べたかったなあ」


 アデリーナは額に手を当てておどけてみせる。


「ミシェルは帰っちゃった?」

「ああ、ついさっきな」

「残念、久しぶりにあの子の手料理が食べられると思ったのに」

「知り合いか?」

「同じ孤児院の出身なんだ」

「ほう。そんな縁が」

「というか、クロードにミシェルを紹介したのは私だしね」

「クロードの趣味かと思っていたのだが、違ったようだな」

「あはは。クロードの好みは君みたいなカワイイ幼女だよ」

「適当なことを言うな」


 クロードがアデリーナに厳しい視線を向ける。

 だが、彼女はまったく気にとめず、家に上がる。


「さあ、一緒に呑もうじゃないか」


 アデリーナは勝手知ったる調子で、ずんずん進み、リビングのテーブルに腰を下ろす。


「酒とツマミ、ちょうだい」


 クロードは彼女の態度にムッとするが、ユーリに「早く」とうながされ、キッチンに向かった。


「ユーリちゃんはこっちね」


 アデリーナは手招きする。

 ユーリはキョトンとした。


「ここ、ここ」


 自分の膝を指し示す。

 ユーリにはその意図がつかめない。


「ほら、こっちおいでよ」


 うながされるまま近づくと、脇をかかえられ、膝の上に乗せられた。


「うわぁ、あったか~い。小っちゃい子って体温高いよね~」


 風呂上がりの暖かいユーリをがっしりと掴み、頬ずりをする。


「むぅ」


 ユーリとしては思うところもあったが、これはこれで気持ちいいので逆らわなかった。


「う~ん、カワイイ。意地悪したくなっちゃうな~」


 アデリーナはユーリのほっぺをまみ、むにむにする。


「うわ~、柔らかくって、すべすべ~」

「う~、止めんか」

「じゃあ、ほっぺつんつんだ~」


 細い人差し指で柔らかい頬を蹂躙される。

 ミシェルとのお風呂もそうだったが、こんなに直接的なスキンシップには慣れていない。


 だが、心が安らぎ、落ち着ける――ユーリの知らない感覚だった。


「アデリーナ、いい加減にしろ」


 酒とツマミを持って戻ってきたクロードが、彼女に厳しい視線を向ける。


「え~、いいじゃん」

「余は構わんぞ。なんなら、クロードもつんつんしてみるか?」

「そうだよそうだよ」


 ユーリはからかうように笑い、アデリーナがそれに乗っかる。


「遠慮しておきます」


 この話題から離れようと、クロードは酒の準備をしていく。


「ユーリちゃんも呑む?」

「止めておいた方がいいのでは?」

「一杯くらいならよかろう」


 そろそろ体力の限界ではとクロードは心配する。

 だが、当の本人は鷹揚にうなずいた。


 うなずいた――のだが、一杯飲み干すかどうかというところで、寝てしまった。

 アデリーナの腕の中で眠るユーリ。


「ねえ、抱っこしてていい?」

「ダメだ」


 クロードはユーリを抱きかかえ、寝室へと運んだ。

 彼が戻ると、アデリーナはツマミ片手に酒を傾けていた。

 帰るつもりはさらさらないようだ。


「ユーリちゃん、ほんと、可愛いよね。どこで知り合ったの?」

「…………」

「まるで君をおいかけてきたみたいだね」

「…………」

「接点はないはずなんだけどね」

「…………」

「どんな魔法を使ったんだい?」

「…………」


 アデリーナの問いかけを、クロードは完全に無視してグラスを傾ける。

 本当のことを言ったところで信じるとも思えないし、そもそも伝える気もなかった。


「さっさと、本題を言え」


 クロードは不機嫌にうながす。


「ユーリ・シルヴェウス」


 アデリーナが名を挙げた次の瞬間――。


 彼女の頬にはクロードの剣が添えられていた。

 その剣は彼女の肌を薄く切り裂き、一筋の血が流れ落ちる。


「物騒だな。それがクロードの本性か。怖い怖い」


 軽口を叩いてみせるが、背中には冷たい汗が流れていた。


 ――クロードがその気だったら、死んでいたな。


「オーケー。降参だ。君の姫様をどうこうする気はないよ」


 Aランク冒険者の自分ですら、全く反応できなかった攻撃。

 クロードの強さは知っていたつもりだったが、それは彼のほんの一部だったと悟る。


 両手を挙げて全面降伏するアデリーナの目を睨みつけたまま、クロードはゆっくりと剣を下げた。


「依頼というのは嘘だったのか」

「姫様のことが気になってね」


 クロードの眉がピクリと動く。


「ああ、そういう意味じゃないよ。私は君たちの味方のつもりだ」

「なにを企んでいる」

「純粋な好奇心だよ。私が生きてきた中でも、いや、この先を考えても、君たちほどの存在には出会えない」


 ほう、とクロードは感心する。

 ユーリは元皇帝としての片鱗しか見せていない。

 アデリーナはそれを肌で感じ取ったのだろう。


「冒険者は好奇心の生き物だ。好奇心を失った冒険者は死者と同じだ」

「分かった。続きを話せ」

「ロブリタ侯爵」

「…………」

「このことは知らなかったみたいだね」

「名前は知っている」

「姫様の嫁ぎ先、いや、売られてく予定だった場所かな」

「…………」

「おいおい、殺気を収めてくれよ。かよわい乙女には、きつすぎるよ」


 ガタンと椅子の倒れる音。

 クロードは飛び出しそうな勢いで立ち上がった。


「ちょっ、待ちなよ。どうする気?」

「今夜のうちに終わらせる」


 クルリと背を向け、一歩踏み出したところで――。


「なあ、それは、姫様が望むことなのか?」

「…………」


 頭にのぼった血がすっと下がる。

 前世、ユリウス帝にあだなす者は、問答無用で斬り捨てた――その習性が身体を動かしたのだ。


 だが――。


 昨日、今日。

 笑い、怒り、泣き顔を見せたユーリ。


 彼女の顔が脳裏に次々と描かれる。

 アデリーナの言う通りだった。


「間違えるところだった。止めてくれて感謝する」

「クロードからお礼の言葉が聞けるなんてね。それだけでも、大収穫だね」


 クロードは席に戻り、話をうながす。


「詳しい話を」

「あれだけ怒ったんだ、ロブリタの野郎の趣味は知ってるんだろ」

「ああ」


 誰も口にしないが、彼の幼女趣味は知れ渡っている。


「あのクソ豚が姫様の家出を聞きつけるのも時間の問題だ」


 ユーリの実家はいつまでもロブリタ侯爵に隠し続けられないだろう。


「どうやら、姫様にご執心のようでな。姫様は目立つ。ちょっかいだしてくるのも時間の問題だ」


 その意見には、クロードも同意だ。


「どうする?」


 ロブリタ侯爵は力尽くでも連れ去ろうとするはずだ。

 そのとき、クロードは――。


「判断はユーリ様に任せる」

「へえ、姫様の護衛騎士として勤めは?」

「なにか勘違いしているようだが、ユーリ様はかごの中の鳥ではない」


 ユーリが断言すると、アデリーナはニヤリと笑う。

 朝のことが思い出される。

 彼女が放った殺気をユーリは軽く受け流した。


「訊いてもいいかい? あの子はどれくらい強いんだ?」

「…………」


 どう答えるか、一瞬悩む。


 ユーリの強さを隠すと、余計なちょっかいを出しかねない。

 ならば、アデリーナには正直に伝えるのが一番だと気づく。


「ユーリ様が本気を出したら、どんな相手であれ、次の瞬間には死んでいる」

「……それは、アンタも含めて?」

「ああ。当然だ」


 見た目は弱々しい幼女。

 頼りない体躯たいく

 戦う身体ではない。


 だがしかし、一瞬。

 たった一瞬でいい。

 ユーリがその魔力を解放すれば。

 それだけでいい。


 アデリーナの背中は凍りつく。

 だからこそ、おどけるしかない。


「おお、怖っ。怖くて今夜は眠れないよ。一緒に寝てくれる?」


 ふざけた態度に、クロードは睨みつける。


「アンタほどのイイ男が浮いた話ひとつないんだからね」


 アデリーナは立ち上がる。


「斬られる前に退散するよ。おやすみ、クロード」


 アデリーナはすっと立ち上がると、あっさりと去って行った。


「ロブリタ侯爵か……どうも、厄介なことになりそうだ……」


 クロードはつぶやきながら、ユーリの寝室に向かった。

 彼女は寝息を立てて、すやすやと眠っていた。


 あどけない寝顔。

 こうして見ると、年相応の幼女にしか見えない。


 今日一日で、クロードの心境に大きな変化があった。


 泣いて、笑って、素直に感情を弾けさせるユーリ。

 ただの民としての生活を楽しみ、幸せだと言うユーリ。


 臣下としての態度をとり続けるべきか?

 その態度をとり続けられるのか?


 まだ、答えは出せなかった。





   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『初めての薬草採取』

不定期更新になります。


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