第15話 ミシェルとお風呂に入る。

「さあさあ、身体が冷めないうちに」


 素っ裸にされたユーリは、ミシェルに背中を押され、浴室へと連れ込まれる。


「ユーリちゃんはそこに座ってね」


 なにを言っても無駄だろうと、覚悟を決めたユーリはなすがままに身体と髪を洗われていく。


「ユーリちゃんは肌も髪もきれいね」

「ああ?」

「私は髪のゴワゴワだし、肌も手も荒れている」

「それがどうした?」

「うん、ちょっとうらやましいなって」

「なら、クロードに治してもらえばいい」


 ユーリには、ミシェルがなにを言いたいのか、分からなかった。

 クロードの性格からいって、彼女ほど親しい相手に頼まれれば、治癒魔法をかけるのは当然だろう。

 たいした手間でもないし、損するわけでもない。


「それはそれで、嫌なんだよね」

「なにが言いたい?」

「この手はね――」


 ミシェルが手を見せる。

 小さい傷が目立つし、ひびやあかぎれも少なくない。


「私が生きてきた証なの」


 前世を思い出す。

 ユリウス帝はどんな小さな傷でも治癒魔法で治した。

 常に万全の状態を保つためだ。

 たいしたことないとの油断が死に繋がりかねないからだ。


 だが、戦いの傷を誇る者もそれなりにいた。

 皇帝としては理解しかねたが、きっとミシェルと同じ気持ちだったのだろう。


 それくらい、人の命ははかない。

 少しでも、生の実感が必要なのだろう。


「分かった」

「でもね、たまにはちょっと羨ましくなるんだ」

「ふむ?」

「ユーリちゃんみたいに、綺麗な姿をね」

「分からん。この姿は自分の力で手に入れたものではない。誇るべきは自らの手で勝ち取ったものではないのか?」


 ユーリには女心がわからない。


「ユーリちゃんは小さいのに、強いんだね」

「まあ、楽な人生ではなかったからな」


 ミシェルは後ろからギュッとユーリを抱きしめる。

 大きく柔らかい胸が押しつけられる。


 男性であれば、劣情をもよおすだろう。

 しかし、今のユーリにとっては、自分の身体と彼女の身体の差異を感じるだけだった。


 未成熟な幼女と成熟した女性。

 それを意識したとたん、身体の持ち主が顔を見せる。


「ミシェルお姉ちゃん。私もお姉ちゃんみたいに大きくなる?」

「う~ん……」


 ミシェルは迷った。本当のことを告げるかどうか。

 ユーリの身体はその年齢にしては、だいぶ小柄だ。

 それにくらべて、自分の身体は平均よりも大きい。


「大丈夫だよ。きっとユーリちゃんも私くらい背が高くなるよ」

「違うよ。そうじゃない」

「えっ?」

「おっぱい」

「ああ、それか。うん、そっちも大丈夫だよ……(きっと)」

「そうかな?」


 ユーリは平らな胸に手を当てて、自信なさげに首をかしげる。


「ねえ、お姉ちゃん。触っていい?」

「ええ、いいけど」

「うわ~、おっきくて柔らかい~」


 両手で揉みながら、ユーリはつぶやく。


「うん。ちょっと羨ましい。お姉ちゃんの気持ちがわかった」

「ふふふ。分かった?」

「うん」


 髪と身体を洗い終わった二人は湯船に浸かる。

 二人で入ってもゆったりできる、広い湯船だ。


 なぜかユーリはミシェルの身体の上に乗せられ、抱っこされている。

 そのせいで、やはり、女の身体を意識させられる。

 ふと思った疑問をユーリは問いかける。


「なあ、ミシェルは子はなさないのか?」

「なっ、なんですか、いきなり!?」

「その年頃だと、結婚して子を作るのではないか?」


 このあたりは、前世でも今生でも違いはない。

 彼女の年齢なら、嫁いでいるのが当たり前だ。


「女の子に歳の話は禁句ですよっ!」

「器量も悪くないし、身体も立派で、性格もいい。男どもが放っておかないのではないか?」

「まあ、プロポーズされたことはありますが……」

「特殊な性癖でも持っているのか? 人の性癖はそれぞれと言うからな。余は気にしないぞ」

「違いますっ! ノーマルですっ!」

「なら、どうしてだ?」

「それは……」

「もしかして、クロードか?」

「…………」


 黙り込んでしまったミシェルに、図星だと悟る。


「止めておいた方がいいぞ。あいつほどの堅物は見たことがない」


 前世でもクロードは妻をめとららなかった。

 ユリウス帝がいくら勧めても、「陛下が結婚するまで、私はいたしません」とかたくなに受け入れなかった。


 彼が言うように、ユリウス帝も妻をとらなかった。

 一人だけ想い人がいたが、彼女はユリウスと結ばれる前に死んでしまった。

 それ以来、彼女に操を立てている――そう噂されていた。


 もう少し年を重ねれば、世継ぎのことを考えたかもしれない。

 だが、ユリウス帝が転生するのはそれよりも先だった。


 ユーリは過去を思い出してしまい。

 ミシェルは未来に自信が持てない。


 沈黙のうちに時間が流れ、風呂から上がったのはだる寸前だった。


「では、そろそろ私は引き上げますね」


 帰り支度を始めたミシェルにクロードが布袋を渡す。

 布袋はミシェルの手のひらでカシャリと音を立てた。

 その鈍い音から少なくない額だとユーリにも分かる。


「ん? 給金か?」

「いえ、明日の食費です」

「こんなにお給金もらったら、他の子に恨まれちゃいますよ~」

「そんなものか」

「毎日、朝市で新鮮な食材を買っているんです」

「そうか。でも、それにしても多くないか?」

「ユーリちゃんにお腹いっぱい食べて欲しいという、クロードさんの親心ですよ。ね~?」

「ああ、そうだ」

「クロードもミシェルも感謝するぞ。明日の朝食も楽しみにしておこう」

「任せてくださいっ!」


 玄関でミシェルが別れを告げる。


「また、明日ですっ! お休みなさいっ!」


 ドアを開こうとしたミシェルにユーリが訪ねる。


「夜道の一人歩きは危ないのではないか? 余が送ってやろう」

「ええっ、嬉しいなっ!」

「ユーリ様では余計に不埒な輩を誘き寄せるだけですよ」

「あはは、そうだね」

「そういえば、その通りだな」


 まったく自覚していないが、今の姿は絶世の美少女だ。

 指摘されて、ユーリはようやく思い出した。


「心配してくれてありがとうね。でも、大丈夫。これがあるからね」


 ミシェルは胸元からアミュレットを取り出す。

 銀色の鎖につながれた青い宝石。

 ハートが半分に割れた形をしている。

 それを見て、ユーリは大きく目を見開いた。


「それは……ジュデオン・アミュレットか」

「ええ、そうです」

「そうか……」


 このアミュレットはジュデオンという魔道具師が発明した物だ。

 ふたつペアになっていて、合わせるとハート型になる。

 片方に危険が迫ると、もう片方の宝石が赤く光るのだ。


「ジュデオンか……」


 ユーリの胸に言葉にならない感情が沸き起こる。


 ――ジュデオン。


 ユリウス帝の時代の魔道具師だ。

 皇帝の元でジュデオンは様々な魔道具を開発し、皇帝の覇道を支えた。

 皇帝にとって、大切な配下の一人だった。


 転生してから、様々な魔道具を見てきたが、それらはユリウス帝の死後に開発された物ばかりだった。


 だが――。


 こうしてジュデオンが生きた証が今日こんにちまで、受け継がれてきたのだ。

 自分の前世はどうであったのか――今は分からない。


 けれど、いつか――知ってみたいものだ。


「まあ、それならば安心だな」

「はいっ!」


 元気よく挨拶し、ミシェルは帰って行った。


「ユーリ様……」


 大丈夫ですか、と続けようとしたところだった。

 だが、ユーリはすでに過去から現在へと意識を戻していた。


「これが俗人の生活か。たった一日でも、分かった。この生活は止められんな。もう、玉座などこりごりだ」


 強がりでもなんでもない、率直な感想だ。


「どこまでもお付き合いいたします」

「頼りにしてるぞ、クロードお兄ちゃん」

「はい」


 この笑顔を守るためなら、死んでもいい――。


「それにしても、アデリーナは遅いな」

「彼女はいい加減な性格ですが、時間にルーズではないです。依頼が長引いているのでしょう」

「そうか。ふわぁ」


 大きなあくびとともに、ユーリが目をこする。


「あまり遅いと、寝てしまうぞ」


 アデリーナはその後、すぐにやってきた。

 ユーリが寝るギリギリ直前だった。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『クロードはアデリーナと話をする。』



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