第14話 三人で夕食をともにする。

「おかりなさいっ! ユーリちゃん。クロード様」


 家に帰ると、出迎えたのは笑顔のミシェルだった。


「おや、クロードより先に余の名を呼ぶのか?」

「もちろんっ! カワイイ子が優先だもん」

「ははっ。だそうだよ、お兄ちゃん」

「ユーリ様が優先されるのは当然です」


 クロードは無表情で答える。


「それで、どうでした? 初めての冒険者活動は?」

「ああ。世の厳しさを思い知らされたな」

「そうですよ。お金を稼ぐのは大変なんですっ!」

「だが、楽しいな。自分の働きを認めてもらえるのは」

「ユーリちゃんは、その年なのに、スゴいですっ! ウチの子たちにも見習わせたいですっ!」

「ウチの子?」

「はいっ! 孤児院の――」

「コホン」


 放っておいたら、いつまでも話が続きそうだったので、クロードが咎める。


「あっ、失礼しました。ユーリちゃん、ご飯にします? それとも、先にお風呂ですか?」

「食事にしよう。腹ぺこだ」


 前世では戦場でろくに食事をとれないことなどザラであった。

 だが、この身体の持ち主は空腹に耐性がなく、胃袋が激しく抗議してくる。

 リビングに入ると、美味しそうな匂いがユーリの嗅覚をガツンと刺激する。


「ほう。大したものだ」


 ユーリは感心してみせるが――。


「ユーリちゃん、よだれが垂れてますよ」

「すっ、すまん」


 二人を出迎えたのは、テーブルいっぱいの湯気を立てる料理だった。


 宮廷料理とは比較にならないが、高価な食材が使われていると、ユーリはひと目でわかった。

 朝食も十分美味しかったが、目の前に並ぶ料理はどれも手間をかけ、食材をふんだんに使ったもので、朝とは比較にならないほどだ。


「えへへ、ユーリちゃんのために、張り切ってみました~」

「いつもはここまでしないのですが……」

「そうか、大儀である」


 だが、皇帝らしい振る舞いもここまで。

 視覚と嗅覚をダイレクトに刺激され、食欲にとらわれたユーリは幼女化した。


「ねえ、早く食べよ。お腹すいたよ~」

「カワイイ! いっぱい食べてね」

「うん」


 ユーリは待ちきれず、テーブルにつく。


「クロードお兄ちゃんも早く~。冷めちゃうよ」

「そうですよ。クロードお兄ちゃんも席について下さい」


 笑いをこらえながら、ミシェルもユーリの真似をする。


「はい……」


 ためらいがちにクロードも席に着く。

 ユーリは待ちきれないと、両手にナイフとフォークを持ってそわそわしている。


「今、取りますからね~。ユーリちゃんはどれから食べますか?」

「あれとあれとあれっ」


 ユーリは次々と料理を指差していく。


「そんなに欲張らなくても、料理は逃げていきませんよ~」


 ユーリの子どもっぽさを面白がりながら、ミシェルは皿に盛りつけていく。


「では、冷めないうちに召し上がってください」


 ユーリはピクリと眉を動かす。

 皇帝が顔を覗かせた。


「なにを突っ立っておる、ミシェルも座れ」

「えっ、いいんですか?」

「構わん」


 ユーリはこの夕食を楽しみにしていた。

 ひとりぼっちの皇帝時代ではできなかった、親しい者と食事をともにすることを。


「う~、ありがとうございます。ユーリちゃんは優しい子ですね」

「うむ。余の隣りに座ることを許可しよう」


 ミシェルも含め、三人での食事が始まった――。


「美味しいっ!」

「ふふっ。喜んでもらえて嬉しいな」

「お姉ちゃん、ありがとっ!」

「どういたしました。ユーリちゃん、ほっぺについてますよ」


 ミシェルがユーリの頬を拭う。


「ユーリちゃんは本当に可愛いですね」


 慣れぬことに、ユーリは羞恥で顔を赤らめた。


 ――やがて、食事も終わり。


「ふぅ~、もう食べられないよ~」


 欲張りすぎたせいで、彼女のお腹はパンパンに張っている。

 苦しそうにお腹をさするその姿を二人は和やかに見つめる。


「ほら、このお茶を飲んでください。消化を助けてくれるんですよ」

「ほう、済まぬな」


 お茶を飲みしばらくすると、ユーリは余裕を取り戻した。

 そこでクロードに問いかける。


「なあ、クロードよ。今日の食事はだいぶ金がかかっているようだが、大丈夫なのか?」


 ユーリが今日一日、懸命に働いて稼いだのは600ゴル。

 串焼き2本の値段だ。


「心配はご無用です。Aランク冒険者ですから、お金には困っておりません」

「そうですよ! クロード様は凄いんですっ! 私にもたっぷりお給金くださるんですよ」

「そうなのか」

「ユーリ様がいつ現れても対応できるように備えておりました」

「そうか……ありがとう」


 少し照れた様子でユーリが、クロードに感謝の気持ちを伝える。

 こんなにも率直な感謝を伝えたのは初めてかもしれない。


「当然のことです」


 クロードもどう受け止めていいのか、困惑気味に返事する。

 二人の間に流れるなんともいえない空気。

 それを払拭したのはミシェルだった。


「クロード様は優しいんですよ。いつもご相伴に預からせていただいてますし、残った料理も持ち帰りオーケーなんです。子どもたちも大喜びなんですよ」

「さっきもそんなことをいっておったな。子どもたち? 母親なのか?」

「違いますよ~」


 ミシェルは17歳。

 子どもがいてもおかしくない年齢だが、まったく所帯じみていない。


「ミシェルは孤児院で働いているんです」

「ほう」

「はい。私もそこで育ったんです。今度、遊びに来てください。ユーリちゃんと同じくらいの子もいますよ」


 クロードはいつも必要以上の料理を作らせる。

 ミシェルはその理由を知っているので、感謝の気持ちを忘れたことはない。


「さあ、ご飯も終わったし、次はお風呂ですよっ!」

「ああ、そうだな」


 この場から離れたいユーリもミシェルの提案に乗っかる。


「じゃあ、ユーリちゃん、行きましょう」

「うん」

「クロードさん、のぞいちゃダメですよ」

「そんなことするわけがない」


 ミシェルはクスクスと笑いながら、「こっちですよ」とユーリを手を引っ張って風呂場に連れて行く。


「朝も入ったから、場所は知っておる」

「いいから、いいから」


 ご機嫌な調子で脱衣所に入ると、ミシェルは服を脱ぎだす。


「ちょっと待て」

「ああ、そっか、ユーリちゃんはご貴族様でしたね。自分で脱いだことないのかな?」

「いや、違う」

「待っててね。すぐに脱いじゃうから」

「そうではない。なんで、ミシェルが脱いでいるんだ」

「えっ? だって、一緒に入るんだもん」


 さも、当然とミシェルは答える。


「嫌だった?」

「うっ……嫌、ではないぞ」

「二人で入った方が楽しいよ?」

「……わかった」








   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『ミシェルとお風呂に入る。』

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