第7話 少女の名はミシェル。

 ユーリとクロードが屋敷に戻ると、そこには一人の少女がいた。

 十七、八歳の可愛らしい少女だ。

 ユーリと少女の目が合う。


「きゃー、クロード様が女の子を連れ込んでますー!」


 少女はユーリ、クロードと順に見て、もう一度ユーリに視線を向ける。

 そして――。


「しかも、こんなに小さな子っ!? 犯罪じゃないですかっ!」


 少女は蔑んだ視線をクロードに向ける。

 だが、やましいところのないクロードは、まったく動じない。

 そこに少女が畳み掛ける。


「お嬢ちゃん、大丈夫? ちゃんと私が保護してあげるから、安心してね」


 駆け寄った少女は、クロードから引き離すようにユーリを抱きしめる。

 少女の胸に顔を埋めたユーリは、ふといたずらを思いつく。

 二人に見えない角度で、ニヤリと顔を歪めた。


「お姉ちゃん、たっ、助けてっ」


 震える声で少女にしがみつく。

 少女もまた、幼い身体をぎゅっと抱き返す。


「平気よ。守ってあげるからね」


 少女は安心させるように、ユーリの髪を撫でる。

 ユーリは慣れない気持ちよさに、思わず「ふにゃ」っと声を上げそうになる。

 だが、いたずらの途中であることを思い出し、瞳をうるませて少女を見上げる。

 この身体になってからは簡単に泣けるようになった。


 渾身こんしんの演技だ。

 少女は気づく様子もなく、ますます同情の思いを強くする。

 そこに、ユーリが爆弾を落とす。


「昨日も、裸を私の見て……」

「なっ!」


 少女はキッとクロードをにらみつける。

 ユーリは調子に乗って、芝居を続ける。


「昨日の夜のことは覚えていないんです……」

「それって……」

「いっぱいお酒を飲まされて……。朝、起きたら、なぜかベッドの上で寝てたんです……」


 少女はユーリの言葉を完全に曲解していた。

 頭の中で、破廉恥はれんちな光景が繰り広げられる。

 クロードに向ける目は犯罪者への蔑みの目だった。


「クロード様、もう手遅れかもしれませんが、自首いたしましょう。これ以上、罪を重ねてはなりません」

「誤解だ」


 少女に自首を勧められ、どう答えようかとクロードは考える。

 ユーリの言葉はあながち間違っていないからだ。

 でも、それを語るのが涙目の幼女であれば、誤解してしまうのも当然だ。


 ここで慌てると逆効果だ。

 だから、クロードは口をつぐむ。


 張り詰めた沈黙が続き――我慢の限界を迎えたユーリが「プッ」と吹き出した。


 二人の視線がユーリへと向かう。

 その視線にもう堪えきれず――。


「あはははははっ」


 ユーリは腹をかかえて、笑い出した。


「娘よ。人を疑うことを覚えた方がいいぞ。そのままでは、悪い男に騙されるのが目に見える」


 いきなり、態度を変えたユーリに、少女は理解が追いつかない。

 ただ、からかわれたことだけは分かった。


「だっ、騙したんですかっ?」

「嘘は言ってない。お前が勘違いしただけだ」

「ユーリ様が勘違いするような話し方をしたからです」


 クロードは呆れ顔だ。

 少女は怒りが湧いて、むぅっと頬を赤くする。


「それで、この面白動物は? 其方そちのペットか?」

「なんですかっ! 面白動物って!」


 憤慨する少女を無視して、クロードが伝える。


「通いのメイドです。名前はミシェル。性格はこんなですが、家事能力は一流です」

「ほう」


 ユーリはミシェルを観察する。

 町民が着る質素なワンピース。

 黒いのは汚れを目立たなくするためだろう。


 宮廷に仕えるメイドたちを見てきたクロードが太鼓判を押すなら、とユーリは納得する。


 褒められて嬉しかったので、ミシェルはからかわれたことも忘れ、「えっへん」と胸を張る。

 それによって、大きな胸が揺れた。


 ユーリは彼女の胸を見て、それから自分のぺったんこな胸を見る。

 数年後は自分もああなるのか、と不思議な気分だった。

 あらためて、自分が女になったと実感する。


「この御方は――」


 クロードは昨日のうちに考えていた言い訳を話す。

 といっても、正直に話すだけだ。


「素性は明かせないが、とある貴族のご令嬢でな。お家騒動で逃げてきたのだ」

「どうしてクロードさんのところに?」

「ああ、以前、依頼を受けたことがあってな。そのときの縁だ」


 どうせ、前世のことを言っても信じてもらえないのだから、これが一番いい説明だ。

 ユーリもクロードも権謀術数けんぼうじゅつすう渦巻く世界に生きてきた。

 嘘をつかず、相手を誤解させることなど、造作もない。

 ましてや、相手が世間知らずの少女であれば。


「なるほど! そういうわけなんですね。どうりで、気品があると思ったんです」


 やはり、ミシェルは簡単に信じた。

 と、そこで彼女にひとつの疑問が浮かぶ。


「そういえば、クロードさん。なんで、幼女用の服なんて持ってたんですか? やっぱり、そういう趣味なんですか?」

「いや、違う。ユーリ様が持ってきたんだ」

「貴族のご令嬢が、平民用の服をですか?」


 ミシェルはいぶかしむ。


「ああ、お忍び用だ」

「ああ、そういうことですか!」


 やはり、ミシェルは簡単に信じた。

 クロードがひと通りの説明を終えると――。


「な~んだ、堅物のクロードさんが血迷ったのかと思ったら、そういうことでしたか。安心しました」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「それにしても、カワイイ!」


 ミシェルはユーリに抱きつく。

 ユーリは人形のように整った顔立ちの幼女だ。

 しかも、以前は感情の起伏が乏しく、まさに人形のようだったが、中身がユーリとユリウスが混ざりあったことによって、庇護欲ひごよくをかき立てる、魅力たっぷりの女の子へと変化していた。


「むぅ、離せ」


 皇帝時代も、以前のユーリも、こんなにダイレクトなスキンシップは初めてだ。

 戸惑いながらも、心の奥が温かい。

 どうしたものか――珍しく困惑していた。

 そこにクロードが助け舟を出す。


「では、ユーリ様はシャワーをお浴びください。ミシェルはその間に朝食の準備を」

「はーい! こんな可愛い子なら、頑張っちゃいますよ~。腕によりをかけた料理、楽しみにしててくださいね」


 言い終わる否や、ミシェルは浮かれた足取りで厨房へと向かった。

 解放されたユーリは、朝から疲れた足取りでシャワーに向かった。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『依頼を受けに冒険者ギルドに向かう。』

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