第零夜
月光に照らされながら、静まり帰った夜道を二人で歩く。
「まさか、兄さんが扉を蹴破るなんて……思いもしなかった」
「ずいぶんと、焦っていたようだが」
「いいの。私のことなんて忘れて、兄さんには幸せになってもらいたいの」
「それは人によりそれぞれだが……お前が選んだのだから」
俺には関係のないことだ、と彼が言う。
捨てきれずに、持ってきてしまったロケットを握る……中は、開けない。
いつか、私が本当に手放せたなら、その時は。
「そういえば、そうだ」
急に声を大きくした私に、彼が訝しげな顔をする。
ずいぶんと、今夜は表情豊かに感じられる。
「いきなりなんだ、夜だぞ静かにしろ」
「さっき怒鳴った人に言われたくないわ。
私、変わったのよ。全部置いてきたから……名前がないのよ」
私は選んだのだから、あなたがつけてくれたっていいじゃない。
名前を頂戴? とねだってみる。
彼を追い抜いて。くるりと振り返りながら。
彼は足を留めて、少し考えてから……
「ゼロ。零はどうだ?」
「あら、なんにもなくなった私にぴったりね」
私はそう微笑んで彼に言った。
もしかしたら、泣きそうな歪な表情だったかもしれない。
お互いに距離取ったまま、少し無言であるく……静かな月夜。
今ここから、全て過去になる。もっていくのは、記憶と、小さな写真の欠片。
その他のものは、これから、彼と一緒に見つけていければそれでいい――
あぁ、そういえばまだ名前、聞いてないわ。あとで教えてもらわなくっちゃ。
考えながら歩いていると、後ろをあるく彼の足音が止まっって。
振り向くと、彼がまっすぐに私を見ていた。
初めてかもしれない、出会ってから。こんなにも、真っ直ぐに真摯な眼差しは。
少し揺らぐような、眩しい太陽を仰ぐような、それでいて愛でるような。
私のものとは色彩の違う赤い瞳を、美しく思った。
「此処から、いったい何処へいくつもりだ? 行くあてはあるまい」
何処に行くかなんて、あなただって、ふらふらしているでしょう。
私の答えはひとつきり。
「何処へでも連れて行って。あなたと二人なら、構わない」
「果てがないかもしれんぞ。この生は……長過ぎる」
「なら。何処に在るかもわからない、終わりでも探しにいきましょう?」
おどけたようにいいながら、くるり、くるりと彼の前で回る。
彼なら。幾星霜経とうとも、私のことを忘れないで、ずっと覚えていてくれる。
彼なら、きっといつともしれない最後まで、傍にいてくれるだろう。
彼となら。私だって、傍に在り続けよう。
「夜が明ける最後の瞬間まで――私を独りにしないで。それだけで、いいから」
そういって、私は彼に近づいて。
深い、赤い瞳を覗き込んだ。彼は微かに口元を歪めて――笑ったの、かもしれない。
「そうか」
一言だけ呟いて、私の頭をそっと撫でた。
思わず涙が零れそうになって、わたしは空を仰いだ。
綺麗な、美しい満月が夜を照らして、月明かりは降り注いでいて……
ひとつ、強く風が吹いて私の髪をさらっていく。
私の赤い髪が、風に揺られてたなびいて――
仰ぐ月が、紅く見えた。
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