第268話 番外編 鬼しゃん 2

「良ければ、うちの料理人達に教えて頂けないだろうか?」

「構いませんよ。まだ滞在してますから」

「忝い! おばば様、明日にでも連れてきても良いだろうか?」

「ああ、構わないよ。皆で来るといいさ」


 と、言う事で翌日、おばば様宅で鬼人族へのルシカ先生のお料理教室が開催された。


「スゲーな。こんなに鬼人族がいたんだ」

「リヒト、滅多に会えるもんじゃないぞ」

「そうなんだろうな。アヴィー先生でも知らなかったんだからな」


 で、ハルはと言うと……


「おーにしゃんこっちら! 手ぇのなぁりゅ方へ! おーにしゃんこっちら! 手ぇのなぁりゅ方へ!」


 料理人について来た鬼人族の子供達と一緒に、庭で元気に目隠し鬼ごっこをして遊んでいた。ハルに何か歌わせたい訳では決してない。

 あの八尾の狐も一緒に庭を駆け回っている。こうしていると悪い奴には見えない。


「あの狐も懲りたみたいだしな」

「しかし……ハルはやはり呼び寄せるのだろうな」

「長老?」

「シュシュもそうだが、ハルのもつ加護が聖獣や精霊を呼び寄せるのだろう」

「ハルは気にしていないだろうから、別にいいんじゃね? 俺達もそばにいるしな。大丈夫だ」

「ああ、そうだな」


 そして、その日は大量に料理やスイーツが出来上がった。

 ハルがきっかけで始まった事だが、立派な多種族間交流になっている。


「んまいっ!」

「アハハハ。ハル、ありがとう」


 ハルちゃん、超ご満悦だ。日が暮れる前に、鬼人族は帰っていった。沢山の料理やスイーツを手にだ。それでも、充分過ぎる程の料理が並んでいる。鬼神族が持って来てくれた手土産も沢山あった。それがハルには懐かしいものばかりだった。


「鬼人族の郷土料理と言うのでしょうか。とても興味深いものがありますね」

「おや、ルシカでもかい?」

「はい。セイレメールと通じるものがあるのですよ」

「え? あのセイレメールかい?」

「はい。海の中のです。意外でしょう?」

「本当だね。山奥の里と海中の国かい」

「りゅしか、しょれはなんら?」

「ハルが好きな刺身を食べる時ですね」

「刺身って何だい?」

「おばば様、魚を生で食べるのです」

「生で? それは初めて聞くね」

「はい。セイレメールでは生の魚を食べるのですよ。勿論、鬼人族の里では海の魚はありません。川魚には寄生虫がいるので必ず火を通して食べるそうです。ですが、煮魚に使う調味料です」

「りゅしか、しょうゆらろ? この味噌汁さいこーら!」

「アハハハ、鬼神族に教わって初めて作ったのですが美味しいですか? ハルは醤油を知っていましたか」

「セイレメールは海中れ醤油をちゅくりぇないかりゃ、代わりのがあった」

「そうですね。魚の内臓から作られたものです。鬼人族のは大豆という豆から作られた醤油と言うものがあるそうなのですよ」

「それは、興味深いね」

「民俗学的に見ても興味深いものよね」

「ああ、アヴィー。そうだな。しかも、山奥と海中だ」

「本当よね」


 鬼神族が手土産にくれたもの。ハルが最高だと言っていた、味噌汁に入っている豆腐。山菜の天ぷら、川魚の塩焼き、それにおにぎりだ。ハルにとっては和食そのもの。


「なちゅかしいなぁ」


 と、言いながら沢山食べた。


「ハル、前の世界で食べたのか?」

「じーちゃん、しょうなんら。あん時はおりぇ身体が弱くてあんま食べりゃれなかった。けろ、味噌汁は好きらった」

「そうか……沢山たべるんだぞ」

「ん、じーちゃん」


 翌日、また昨日の鬼人がやって来た。


「おや、今日はどうしたんだい?」

「いや……その……用と言うわけではないのだが……その……」

 

 何故か煮え切らない。モジモジしながらチラチラと誰かを見ている。誰か……誰……


「おい……ミーレ」

「はい?」


 なんと、ここにきてミーレかよ! いや、ミーレもエルフだ。美人さんだ。だが、何故にミーレだ? そんな失礼な事を言ってはいけない。


「その……なんだ……」

「なんですか? 私に用があるならハッキリと言ってください」

「うわぁ、ミーレ。お前キツイなぁ……」

「リヒト様、何ですか?」

「いや、なんでもねー」


 ミーレ姉さん、ちょっと冷たいね。


「こんなに美しい人は初めてだ。どうか……鬼の花嫁になってはくれまいか? 俺が君を守る」

「え……?」


 ミーレの前に片膝をつく鬼人。鬼の花嫁だってよ、ミーレ。


「私、年下には興味ないんです。それに私、強いですよ」

「え? 年下? 俺は君より年上だと思うが?」

「では、あなたは何歳ですか?」

「俺は、158歳だ」


 鬼人族も長命種だ。エルフ程ではないが。


「私は222歳です」

「にひゃく……」

「あー、そのなんだ。エルフは長命種だからな。知らなかったか?」

「いや、知ってはいたが……まさかにひゃく……」

「俺でも225歳だ。長老なんて2500歳超えている」

「エルフはそんなに……」

「残念だったな」


 鬼人が肩を落としている。木っ端みじんとはこの事だ。ミーレ、もう少し言い方ってもんを考える方がいいぞ。

 鬼人が寂しそうな背中で帰って行った。


「らいじょぶら。みーりぇもきっと、いいやちゅがみちゅかりゅじょ」

「ハル、それは違うでしょ? 私がフラれたんじゃないんだから」

「ハルちゃん、ちょっと違うわ」

「そうね、違うわね」

「え、しょう?」

「そうやな」

「そうね」

「アハハハ!」

「リヒト様!」


 リヒトがとばっちりを食っている。

 長閑な休日だった。偶には良いよね。ハルちゃん。

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