第263話 おしまい

 ここは、大陸の中央。広範囲に広がる大森林『ヘーネの大森林』と呼ばれている。

 その大森林の中、五芒星の頂点に当たる位置におかれている拠点がある。ベースと呼ばれるエルフのガーディアンが管理する砦だ。ガーディアンとは、その名の如く大森林の守護者だ。

 そのベースの中でも、北東に位置するこのベースでは、他のベースとは少し違った事がある。


「しゅしゅ、いくじょー!」

「ハルちゃん、待ってー!」

「行くなのれす!」


 タッタッタッタと、小さな足でベースの中を走って行く。腰には、剣を扱う者なら誰もが羨ましがる様なエルダードワーフの名匠が鍛えた短剣をさしている。

 ハイヒューマンとハイエルフのクォーターであるちびっ子ハルだ。

 ハル・エタンルフレ。エメラルドグリーン掛かったフワフワな金髪を靡かせて走り抜けて行く。

 ハルと一緒に駆けて行くのは、しなやかな筋肉が美しい白い虎の聖獣シュシュ。その背中に、乗っているのは尻尾がフサフサな白い子リスの聖獣、神使でもあるコハルだ。

 他のベースにはいない。最近では、このちびっ子1人と聖獣2頭の事が評判になっている。

 ちびっ子だからと言って侮ってはいけない。鬼強いちびっ子がいると。また、間違えてはいけない、白い虎はオスの聖獣だと。実は白い虎より格上の子リスだと。


 今日も元気に、ベースの中を走って行く。ハル達が向かった先には、いつも訓練をしているしっかり者な猫獣人のカエデ。髪がセミロングまで伸びていて、前髪をハルにもらった魔道具の飾りで留めている。真新しいメイド服もお似合いだ。そんなカエデの師匠であり、ハルの従者でもあるイオスがカエデの相手をしている。ダークハイエルフのイオス・ドレーキス。何気にオールマイティで何でも卒無く熟す。


「おう、ハル。来たのか」

「ハルちゃん、対戦しよ!」

「いいじょー!」

「またやってるわ」


 離れた所から見ているのが、リヒトの侍女でミーレ・アマリエラ。ハルとカエデの姉御的存在だ。鞭がよく似合う為、『姉さん的』ではなく『姉御的』と言われている。ハルを寝かしつける事に関しては、ミーレの右に出る者はいない。そのミーレが侍女として仕えるリヒトとはこのベースの管理者だ。皇族でありハイリョースエルフ。エルフ族最強の5戦士の1人だ。


「ハル、俺が相手してやるよ」

「リヒト様、休憩は少しだけですよ。書類が溜まっているのですから」


 そのリヒトがやって来た。リヒト・シュテラリール。また従者のルシカ・グランツに小言を言われている。

 ハルが意識を失った時に、実は隠れて涙を流していたらしいリヒト。あまり、ヒーロー感はない。だが、ハルの事を身を挺して守った最強の戦士だ。

 従者のルシカはダークハイエルフだ。ルシカの作る料理やおやつは、ハルやシュシュ、コハルも大好きだ。外せない。ちょっぴり心配性でオカンなルシカだ。


「ハル、またやってんのか」

「ハルちゃん、身体はもう何ともないの?」

「じーちゃん、ばーちゃん! 元気らじょ」


 ハルの曽祖父母でハイリョースエルフの長老ラスター・エタンルフレと、アヴィー先生ことアヴィー・エタンルフレもやってきた。

 仲の良い夫婦だ。ハルが倒れた時に、アヴィー先生が号泣して取り乱した。次元の裂け目に吸い込まれた娘、ランリア・エタンルフレの事とダブってしまったのかも知れない。

 長老も、怒りを顕にした。いつも温厚な長老がだ。長老もアヴィー先生も、曽孫であるハルは2度と失くしてなるものかと思っている。


「ハルちゃん、ちょっと身体診せてね」

「ばーちゃん、もう平気ら」

「念の為よ。元気になったらまた城へご挨拶に行かなきゃ。フィーリス殿下が煩くって」

「ん、ふぃーれんかはしゃーねー」


 ハルが言う、ふぃーれんかとは第2皇子殿下のフィーリス・エルヒューレだ。ハルを弟の様に可愛がっている。第1皇子殿下のレオーギル・エルヒューレもだ。もちろん、皇帝や皇后もハルを可愛がっている。リヒトの家族もだ。

 あれから、ハルは丸2日間意識が戻らなかった。ハルの体感ではほんの数分だったのだが。

 ハルは、神に呼ばれた事。そこで、スヴェルトと会った事、祖父母に会った事を忘れずに覚えていた。


「あいちゅは、わりゅいやちゅじゃない」


 と、スヴェルトの事を話すハル。祖父母とも会ったと後に話したら、またアヴィー先生に泣かれた。


 あの時、ハルは目が覚めたらアヴィー先生とカエデに泣きながら抱き締められた。そして、アヴィー先生には叱られた。カエデは暫くハルのそばを離れようとしなかった。リヒトにルシカ、ミーレ、イオス、リレイ、ノルテ、シアル、ソニル、ニークもいた。心配を掛けてしまったんだと、ハルは猛省したらしい。

 リレイがスヴェルトを探してくれていた。遺体は見つからなかった。だが、エルヒューレに墓を作った。ハルの祖父、マイオル・ラートスの墓の隣に作った。エルヒューレ皇国の小高く少し開けた場所にあり、樹々の間から風が通り過ぎる墓地にだ。


 そして、アンスティノス大公国は後処理が大変だった。2層と3層は魔物が暴れた事に因って、街の機能を失っていた。城壁も一部分が爆発で崩壊していた。だが、リレイ達が全力でシールドを張ったお陰で、城や兵達も無事だった。あんな状態の中、それでもヒューマン達を守ったんだ。

 実質的な被害にあったのが、中央にいる貴族達だった。国の中心部を半壊滅状態にされたのだ。

 その街の修復に、各国の援助を求めるしか手立てはなかった。そこで、大々的にエルヒューレ皇国とドラゴシオン王国、ツヴェルカーン王国が介入する事となった。

 万が一の時には遠慮なく介入すると、長老は伯爵から呼ばれた際に話していた。その事を大公は承認していた。長老が街の領主である伯爵と会った際に、魔道具で大公は長老と話していたらしい。大公にとっては、ある意味心強い味方だったのだろう。そうでもしなければ、ヒューマン族至上主義を変える事はできないと思っていたのかも知れない。

 そして、今回の事を重く見た獣人族の大公は、ヒューマン族至上主義の大臣達や官僚を更迭した。反発は大きいものだったが、大公の支援を各国が表明した為大臣達は手を出せなかった。

 こうして、アンスティノス大公国が変わろうとやっと1歩を踏み出した。2000年間、変わろうとしなかった国がだ。根深いヒューマン至上主義や差別はそう簡単には無くせないだろう。だが、これはとても大きな一歩だ。

 しかし、その進歩の裏にはまたハイヒューマンの犠牲があった。

 スヴェルト・ロヴェーク。ハイヒューマン族最後の生き残りだ。その生き残りであるスヴェルトが、魔石を爆破させると言う暴挙で幕を閉じた復讐だった。

 だが、ハイヒューマンの血が途絶えた訳ではない。ハルの中に受け継がれている。

 エメラルドの様なグリーン掛かったゴールドの髪。瞳はゴールドだが、虹彩にグリーンが入っている。この髪色は、ハイヒューマンにしか出ない筈の色だ。そして、虹彩のグリーンは神に愛されている証拠だ。

 前世の名を、森生 悠(もりお はる)という。今世は、ハル・エタンルフレ。ハイリョースエルフとハイヒューマンのクォーター。現在3歳。

 聖獣のコハルやシュシュと一緒に今日も元気良くベースの中を走っている。

 ハルの冒険はまだまだ続きそうだ。


「りゅしかー! おやちゅら!」


 今日も、ルシカのおやつが楽しみなハル。

 一先ず、これでハルの冒険譚はおしまい。またいつか、ハルちゃんの『ちゅどーん!』を目にする事があるかも知れない。

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