第262話 大サービス
「ハル! リヒト!」
「ハルちゃん! ハルちゃん!」
長老とアヴィー先生が叫びながら、弾かれた様にハルとリヒトに駆け寄る。
リヒトがハルに覆い被さっていた。自分の身体でハルを守ったんだ。爆風で砂埃まみれだ。リヒトがゆっくりと身体を起こした。
そこには、小さな身体を丸くして横たえているハル。コテンと、地面に横たわっているハルの身体が、ピクリとも動かない。そばにはシュシュとコハルもいた。
「長老、アヴィー先生、大丈夫だ。気を失っているだけだ」
「大丈夫なのれす。シールド張ったなのれす」
「ええ。大丈夫よ」
「そうか! リヒト、コハル、シュシュ、ありがとうよ!」
「ハルちゃん! ハルちゃん! やだ、ハルちゃん! 目を開けてちょうだい!」
アヴィー先生が、地面にペタンと座り込みハルの身体を抱きかかえ、泣き叫んでいる。
「ハル!」
「リヒト様!」
「ハルちゃん! 嘘や! ハルちゃん!」
カエデもアヴィー先生が抱いているハルへと駆け寄る。ルシカ、ミーレも後に続く。
その場にいたエルフ全員が、ハルとリヒトのそばへと駆け寄って来た。口々に2人の名を呼んでいる。
「コハル、シュシュ、スヴェルトは?」
「咄嗟にシールドを張ったなのれすが、駄目らったなのれす」
「そうか……」
「ごめんなさい、長老。あたしは、ハルちゃんの事しか考えられなかったわ。コハル先輩みたいにハイヒューマンにまでシールドを張る余裕がなかった。ハルちゃんは、ハイヒューマンを助けたかったでしょうに」
「いや、シュシュ。ハルを助けてくれたんだろう?」
「あたしもコハル先輩も、ハルちゃんとリヒトへ真っ先にシールドを張ったのよ。長老やリヒトもでしょう? だから、ハルちゃんは大丈夫よ」
「そうか……」
爆発の後には、スヴェルトが立っていた直ぐそばの城壁が崩れ落ちていた。リレイ達が城壁へ咄嗟にシールドを張った為、一部分だけで済んだんだ。スヴェルトは爆心にいたのだろう。瓦礫の下敷きになったのだろうか? 木っ端微塵なのかも知れない。
「城のヒューマンに影響はないか?」
「長老、俺達がシールドを張ったんだ。何ともないさ」
「そうか」
「長老、あれ……」
ソニルが指す方、城壁の中から大公自身が出てきた。
「長老殿!!」
「ああ、出てきては危険です」
「しかし……」
長老がそれ以上出てきては駄目だと手で止める。大公やヒューマンの兵達に目を向け、そして……長老は静かに怒っていた。
「ヒューマン族は考え直す必要がありますな。自分達が何をしたのか。自分達は何ができるのか。2000年前も、今も……犠牲になったのは誰なのか。ワシの曽孫は無事だと思います。しかし、最後の生き残りだったハイヒューマンがまた犠牲になりました。これで、満足ですかな?」
「長老殿、そのような事は決して……」
「我々エルフ族は、1度あなた方ヒューマン族に大きな裏切りをされております。それでも、我々はヒューマンを助けてきましたぞ。この国に生きる同じヒューマン族のあなた方は何をしていた? 万が一、ワシの曽孫に何かあったら、ワシは許す事ができませんな。あなた方の出方次第では、今後一切ヒューマン族には関わらないでしょうよ」
これでも、怒りを抑えた長老の言葉だ。
「アヴィー、ハルを連れて帰ろう」
「ええ。長老」
「お前達も、戻るぞ」
「はい」
「はい、長老」
「リレイ、すまんがスヴェルトを確認してきてくれんか?」
「ああ、分かった」
リレイと従者のアランがその場に残った。アヴィー先生が大事そうにハルを抱えている。
「ハルちゃん、大丈夫やんな?」
「カエデ、大丈夫だ」
カエデは涙でボロボロだ。
「アヴィー先生。ハルは俺が……」
「リヒト、ありがとう。あなたも怪我はない?」
「俺は何ともない。大丈夫だ」
そうっと、静かに優しくリヒトがハルを抱える。
「とおっ、じゃねーぞ。ったく、無茶しやがって……」
「ハル……」
「ハルちゃん」
「ハル」
「ハル」
皆がハルの名を呼ぶ。ハルは意識を失っていた。長老やコハルとシュシュが咄嗟にシールドを張った。その上、シールドを張りながらリヒトが覆い被さっていた。だから、意識を無くす程の衝撃は無かった筈だ。しかし、ハルの意識が呼ばれたんだ。あの白い雲の上にだ。
「ウヒョヒョウヒョウ。お前さん無茶ばかりしよるわい」
目の前に何処かで見た事のある翁がいた。白く長い髭をはやし、白いフサフサの眉毛で目がよく見えていない白い衣装の翁がフワフワと浮いていた。
「とぅッ!」
ハルは、またいきなり翁にパンチした。が、翁はヒョイと避けた。
「また、いきなり何するんだわい!」
「いや、怪しいから取り敢えずパンチしとこうと……」
「怪しくないと言うとるわい!」
「なんだ? 俺はまた死んだのか?」
「死んどらんよ。意識を引っ張ってきただけだわい。お前さん、ほんに無茶をするわい」
「ホントなのれす!」
パコンと、コハルがキックしてきた。
「コハル! ありがとな、シールドしてくれたんだろ?」
「頑張ったなのれす! けど、ハイヒューマンは間に合わなかったなのれす」
「そうか……仕方ねーよ」
「その、ハイヒューマンはこいつじゃな」
「え?」
「ハルくん、君、本当は大きいんだね」
ハルは神の世界に呼ばれていた。そして、3歳児の姿ではなく前世の20歳の姿だった。だが、何故だか髪色はエメラルドグリーンで瞳はゴールドだ。
「あ、スヴェルトさん」
「最後まで、私を助けようとしてくれたんだね。ありがとう」
「だって、ハイヒューマンが生きていた証じゃんか。スヴェルトさんはさ」
「そうか、そうだね。私は復讐しか頭になかったよ。それしか考えられなかった。まだ大人になりきれていない頃に仮死状態になって目が覚めたら1人ぼっちだった。たった1人生き残ってどうやって生きて行けば良いのか分からなくなっていた。復讐だけが支えだったんだ」
「それも、仕方ねーよ」
「そう言ってくれるかい?」
「ああ。残念だけどな。1人で寂しかっただろうな。エルフを頼ってくれていたらと思うよ」
「そうだね……でも、最後にハルくんに会えて良かったよ。それに、悔いはないんだ。長く生き過ぎた。そのエメラルドグリーンの髪はもう見る事はないと思っていたから嬉しいよ。迷惑かけてしまったね」
「気にすんな」
「ハルくんも、ハイヒューマンが生きていたという証だよ。君はまだまだこっちには来てはいけない」
「ああ、俺は生きてんだよな?」
「直ぐに目覚めるわいな」
「じーちゃんに会ったらよろしくな」
「ああ」
「なんじゃ、ワシか?」
「じーちゃん! ばーちゃん!」
ハルの祖父母である、マイオル・ラートスとランリア・エタンルフレが現れた。ハイエルフとハイヒューマンの姿だ。
マイオル・ラートスはエメラルドグリーンの髪に、ゴールドの瞳で虹彩にグリーンが入っている。ランリア・エタンルフレは長老と同じグリーンシルバーの髪にグリーンゴールドの瞳をしている。それだけではない。次元の裂け目に吸い込まれた当時の姿で2人は現れた。
ハルが思わず2人に抱きつく。
「悠(はる)、無茶をするな」
「そうよ、悠ちゃん。ヒヤヒヤしちゃったわ」
「ごめん、じーちゃんばーちゃん」
「悠ちゃん、幸せ?」
「うん。曾祖父ちゃんや曾祖母ちゃん、それにリヒト達もいるからな」
「そう。お父様もお母様も可愛がってくれているものね」
「ああ。初めて、肉親って温かいんだって有難いって思ったよ」
「そう……」
「前の世界では苦労させたな」
「そんな事ないさ。じーちゃんとばーちゃんがいたからな」
「そうか。そう言ってくれるか」
「悠ちゃん、もっと沢山経験して沢山幸せになってね。自由に生きて欲しいの。ただ、もうこんな無茶はしないで」
「分かった。気をつけるよ」
「そろそろ時間なんだわい。これは、ワシからの大サービスじゃからの。あんまり、時間はないんじゃ」
「ハルくん、ありがとう」
「どーって事ねーよ」
「アハハハ、そうか」
「悠、元気でな」
「悠ちゃん、お父様とお母様に宜しくね」
「じーちゃん、ばーちゃん! 心配すんな、俺は幸せだ!」
「コハル、頼んだわい」
「任せるなのれす」
そして、白い靄に包まれていった……
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