第261話 ハイヒューマン
「君は名前を何と言うのだ?」
「私ですか? 私は……スヴェルト・ロヴェークといいます」
「君は……長の息子か? もしや、あの幼かった末の子なのか?」
「ラスター殿、よく覚えていて下さいました」
「覚えているとも。ワシの膝によく乗っていただろう」
「はい。よく遊んで頂きました。マイオルにもよく遊んでもらったものですよ」
「じーちゃんに?」
「長老、知ってるのか?」
「ああ。知っているとも。彼は当時、ハイヒューマン族をまとめていた長の末息子だ。ワシも、マイオルもよく一緒に遊んでやった。無邪気で明るい真っ直ぐな子だった」
黒いマントの男……彼はハイヒューマン族をまとめていた長の息子だった。当時、保護する件でよく訪れていた長老と面識があった。そして、ハルの祖父であるマイオル・ラートスとも知り合いだったのだ。
「マイオルはよく私を肩車してくれました」
「おりぇも、してもりゃった。じーちゃんは肩車しながりゃ、走ってくりぇりゅんら」
「アハハハ。そうそう。私はそれが楽しくて何度も肩車をせがんだものです」
「おりぇもら。じーちゃんはいちゅも笑ってた」
「ええ。マイオルは気の良い男だった」
「じーちゃんは、別の世界に飛ばしゃりぇても幸せらって言って笑りゃってた」
「…………」
「じーちゃんは、おりぇを大事にしてくりぇた」
「…………」
「じーちゃんは、おりぇを救ってくりぇた」
「…………」
「じーちゃんは、なんも恨んれなんかなかったんら!」
「…………」
「こんな事したりゃらめら!」
「君に何が分かる! 目の前で多くの同胞が無惨にも殺されていった! 私は何も出来なかった! 私は、仮死状態になる魔法を掛けられ、ヒューマン族に殺されていく両親や兄達を動かない身体で見ている事しか出来なかったんだ! あの悲惨な光景を……なかった事になんて出来るものか! 我々が同族だからと耐えているのをいい事に、ヒューマン族はつけ上がった! つけ込んだ! ヒューマン族は、我々を虐殺したんだ!!」
「れも……そりぇれも、もうらめら! こんな事をしゅりゅ為に生き残ったんじゃないはじゅら!」
ハルが必死に説得をしている。ハルの祖父マイオルを知っているハイヒューマン。
ハイヒューマンは、耐えていたんだ。同族だから。もう直ぐエルヒューレに避難できるからと、耐えていた。それが裏目に出てしまった。ヒューマン族はそんなハイヒューマンの気持ちにつけ込んだんだ。
「ヒューマン族は害悪です。自分達と違う姿、自分達より優れた能力、自分達とは違う種族。差別がなくならない。何千年経っても同じだ。未だに獣人族を蔑んでいるじゃないか! ヒューマン族なんてこの世界にいない方が平和なんだ!」
「けろ……ハイヒューマンもヒューマン族ら……」
「ええ。そうです。最後のハイヒューマンが私です。君はクォーターになるのか?」
「しょうら。ハイヒューマンとハイエルフのクォーターら」
「君は……大きくなるんだよ。幸せになるんだ。私とは違って仲間もいるらしい」
「何しゅりゅちゅもりら!」
「君の名前は?」
「はりゅら。はりゅ・えたんりゅふりぇ」
「ワシの曽孫でマイオルの孫、ハル・エタンルフレだ」
「そうですか……ハル、君と話せて良かった。君に会えて良かった。嬉しい……また、そのエメラルドグリーンの髪を見る事ができて、本当に嬉しいです」
「スヴェルト、ワシ等と一緒にエルヒューレへ行こう」
「ラスター殿、有難う。2000年前にも、我々の為に力を貸して下さった事、心より感謝致します」
「おい! 何するんだ!?」
黒いマントの内側から大きな魔石を取り出した。禍々しい気配がする魔石だ。
「私の魔力は戻りましたが、どうしてだか攻撃魔法が使えなくなったのですよ。それで考えました。この魔石には、私の魔力を流したら爆発する様に魔力を込めてあります。城には、ヒューマン至上主義の貴族達がいる事でしょう。自分達が犯した罪を償ってもらいましょう」
「お前、そんな事したら自分も……」
「私は良いのです。こんな身体です。もう先も長くはないでしょう。彼方で同胞達も待ってくれているでしょうから」
「らめら!!」
「リヒト、下がれ」
「長老、でも……!」
「いいから、下がるんだ。シュシュ」
「ええ、分かっているわ」
リヒト達がジリジリと下り距離をとる。ハルを背中に乗せたシュシュも同じ様に後退する。
「しゅしゅ、下がったりゃらめら!」
「駄目よ、ハルちゃん。危険だわ。コハル先輩」
「守るなのれす」
その時、城壁の上にヒューマンの兵達が現れ、一斉に弓矢を構えスヴェルトへ狙いを定めた。
「いかん! 手を出すんじゃない!!」
「くそ! ヒューマンは本当に余計な事をする!」
リヒトが魔法で制しようとした。
「リヒト! 手を出すな!」
「しかし、長老!」
「長老! リヒト!」
「長老! ハルちゃん!」
魔物を討伐していた、リレイ、ノルテ、シアル、ソニルが駆けつけて来た。アヴィー先生もいる。
「何をやっているの! あなた達は引っ込んでなさい!」
アヴィー先生が、ヒューマンの兵達に向かって叫ぶ。アヴィー先生も怒っているんだ。
「止めなさい! 手を出すんじゃない!」
城壁の奥から、ニークがいる街を治めている伯爵と一緒に大公自らが現れた。
「弓を下ろしなさい!」
「しかし! 伯爵!」
「下ろすんだ! 手を出すんじゃない! エルフの方々にお任せするんだ! エルヒューレの長老殿と話はついている!」
大公が叫び、やっと兵達は弓矢を下ろした。どうやら長老が伯爵に呼ばれた時に大公とも話をつけていたらしい。そう言えばシュシュが魔道具を持っていた。
「ふふ……所詮、ヒューマン族はこの程度ですよ。自分達を守る事さえできない。だから、自分達より力のあるハイヒューマンを恐れて殲滅したんだ」
「スヴェルト、もういい! 分かった!」
「何が分かるのですか? エルフ族の方々には本当に心から感謝しているのです。巻き込みたくありません。だから、下がって下さい。私から離れて下さい!」
そう、言いながら手に持った魔石へと魔力を込め出した。
「らめら! 死んじゃらめら!」
ハルが突然シュシュの背中から飛び降り瞬間移動した。
「ハルちゃん! あかん!」
「シュシュ、守るなのれす!」
「分かっているわ!」
「リヒト、ハルにシールドだ! 他の者は城にシールドだ!」
長老が指示を飛ばす。言われるより先に、リヒトはハルを追いかけて飛び出していた。いつの間にか他の皆は魔法杖を手にしている。全力でシールドを張るつもりだ。長老自身もハルにシールドを張る。コハルとシュシュもハルの後を追い瞬間移動する。ハルが瞬時にスヴェルトまで移動した。
「とおっ!」
「ハルくん!? あぁッ!!」
ハルがジャンプし、スヴェルトの手から魔石を上空へと思い切り蹴り上げた。リヒトがハルを引き寄せる。次の瞬間……
――キーーーン!!
――ドゴーーン!!
目が眩む程強く真っ白な閃光と同時に、まるで内側からの力で破裂するかの様に魔石が爆発した。猛烈な爆発音が、空間を切り裂く様に響き渡る。
一瞬何が起こったのか分からなかった。見守るエルフ達の間を、爆発の熱気と爆風が通り過ぎる。
皆が、スヴェルトのいた方を注視している。ハルは? リヒトとハルはどうなった!?
爆風が収まった後には……
リヒトがハルの小さな身体を庇う様に覆い被さり地面に突っ伏していた。
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