第260話 待っていた男
黒マントの男が懐から何かを取り出し、長老達に向かって地面に叩き付けて割った。
――グアォォォーー!!
耳を劈く様な雄叫びと共に、大型の魔物が姿を現した。
「なるほど、そうやって魔物を出していたのか」
「こはりゅ! いくじょ」
「はいなのれす!」
「とぉッ!」
「あ! ハルちゃん!」
ハルがシュシュの背中から飛び降り、コハルと一緒に走り出した。瞬間移動で、一気に間を詰める。そして、ハルとコハルは高くジャンプした。
「たぁーー!」
「はいなのれす!」
「ちゅどーーーん!!」
2人のドロップキックが決まり、魔物が断末魔の叫び声と共にドーンと大きな音をたてて倒れた。瞬殺だ。
「これは驚きました。凄い! なるほど、やはりエルフ族でしたか」
「やはりって何だよ! 分かっていたんじゃねーのかよ! 俺達を見張っていただろう!」
「ハル、戻ってきなさい!」
「じーちゃん」
コハルを肩に乗せたハルがテケテケと長老達の元へと戻る。
「ハルちゃん、乗って。危ないわ」
シュシュがそう言うと、リヒトが無理矢理ハルを背中に乗せる。そのリヒトが黒マントの男に怒りを顕にしている。長老が話しかけた。
「ハイヒューマンだな?」
「貴方は……確か、エルヒューレのラスター殿でしたか」
「ワシを知っているのか?」
「もちろんです。2000年前、我々を保護しようと奔走して下さっているのを見ていましたから」
「そうか……」
「それでも、ヒューマン族は我々を全滅させる為に動いた。あなた方がして下さった事を無視してです。エルヒューレを裏切ったんです」
「あの後、ワシ等は探したんだ。生き残りがいないかと、大陸の隅から隅まで探した。だが、見つける事はできなかった。なのに、何故だ?」
「何故とは?」
「何処でどうやって生き残ったんだ?」
「私は……偶々です。あの時、ヒューマンに追われながら父が私に魔法を掛けたんです。私だけでも生き残ってくれと。地下の部屋で、私は仮死状態になりました」
「やはり、仮死状態か……だから、見つけられなかったのか」
「私以外にも魔法で仮死状態になった者が何人かいました。だが、ヒューマンは私達の街をすべて……建物も何もかも壊したのです。そのせいで、生き残ったのは私だけでした。私も瓦礫の下に埋もれてこんな身体になりました」
黒マントの男が、マントを翻して腕を見せる。フードをとって、顔を露にする。
イオスとシュシュが言っていた様に、片腕の肘から下がない。片目も黒い眼帯をして隠している。そして、髪色が……
「本当にハイヒューマンなのか?」
「ああ、髪色ですか? 目が覚めたらこんな色になっていました。その上、魔力も失っていた」
ハイヒューマンの代表的な髪色は、ハルと同じだ。エメラルドグリーン掛かったゴールドの色。それが、男の腰まである長い髪は見事に真っ白になっていた。
「魔力を失っただと? じゃあ、これはどうやって!?」
「貴方はハイエルフですか?」
「ああ。ベースの管理者だ」
「では、エルフ族の中でも最強の戦士ですね。それは凄い」
「凄いじゃねーだろ! こんな酷い事をしておいて、よく冷静に喋ってられんな!」
「酷いと言いましたか? どこがです? ヒューマン族が我々にした事の方がよっぽど酷い」
やはり、恨みを持っている。それも、強い恨みだ。
「おりぇのじーちゃんは、ハイヒューマンら」
ハルがフードをとって顔を見せる。
「君は……その髪色……!」
黒マントの男、ハイヒューマンがハルの髪色を見て驚きを隠せない様だ。
「じーちゃんは、マイオルってんら」
「マイオル……生きていたのか!?」
「じーちゃんを知ってんのか?」
「マイオル・ラートス。ヒューマン族が総攻撃をして来る前にやられて戻って来なかった。だから、我々はもう死んだものだと思っていたんだ」
「じーちゃんは生きていたんら」
「マイオルはエルヒューレで保護していた。ワシの娘と婚約したんだ」
「そうか。マイオルだけでも幸せで良かった」
「いや。次元の裂け目に吸い込まれて、別の世界に飛ばされたんだ」
「そんな、バカな! じゃあ、君は?」
「おりぇは、じーちゃんが飛ばさりぇた世界れ生まりぇた。けろ、しょの世界に合わなくて。じーちゃんとばーちゃんが、神に頼んでくりぇたかりゃこっちの世界に来りぇたんら」
「そんな奇跡の様な事が……物語ではあるまいし」
「ほんちょら。ほんちょなんら」
「そうか……そうだったのか。君の髪色はマイオルと同じだ。懐かしい。とても綺麗だな。私も同じ色だったよ」
ハルの髪色を懐かし気に目を細めて見ている。そして黒マントの男が、目覚めてからの事を告白した。
父親の魔法によって仮死状態で難を逃れた男はすべてが終わって何百年も経ってから目が覚めた。
必死で瓦礫の下から這い出し、その目に映ったのは知らない景色だった。自分達の街はない。建物も何もない。瓦礫の隙間から草木が生え木々となって緑の葉が風に吹かれ小鳥が囀っている。平和な光景が、男にとっては絶望的なものに見えた。
仲間が生き延びていないか、探そうとした。そこで、魔法が発動しなかった。自分の中の魔力を探す。枯れていた。僅かに残ってはいるが、魔法を発動させるだけの魔力は残っていなかった。
瓦礫の残った辺りを探してみる。片腕が動かない……肘から下がなかった。片目も見えなかった。1度そこで力尽き意識を手放した。
次に目覚めた時は、獣人が視界に入った。どうやら、助けてくれたらしい。身体も手当てをしてくれている。そして、気付いた。髪が真っ白に変わっていた。
それから、500年……1000年……身体を回復させ、魔力の回復を待ちながら転々としヒューマン族として生きてきた。
ヒューマン族の世界は数千年経っていても変わらなかった。貴族達のヒューマン至上主義。獣人族と対等なはずの国なのに、差別が根強く残っていた。
2000年前、目の前で次々と散っていった大切な家族。助けられなかった仲間達。自分達が何をした? どんな悪い事をしたんだ?
仲間達の復讐だけを力に、魔力の回復を待ちひっそりと生きてきた。力が回復するのを待った。
「気が遠くなる程の年月でしたよ」
「魔力が殆ど無かったから我々にも探し出せなかったのか」
「そうではないでしょう。仮死状態だったからでしょう。そこの聖獣になら分かるでしょう?」
シュシュとコハルを見た。聖獣だと分かるんだ。
「あの毒クラゲもあんたなんでしょう? 作ったの?」
「おや、話せるのですね。思った以上に格上なのでしょうか。そんな聖獣を従えるとは、さすがラスター殿です」
「ワシではない」
「は?」
「ワシではない。2頭共、ワシの曽孫のハルだ」
「まだ幼いのにですか?」
「関係ねー。こはりゅもしゅしゅも友達ら」
「アハハハ! 友達ですか!? 聖獣を!? どうやら、君は凄い能力を持っているんだね」
「だかりゃ、関係ねー」
「虎の聖獣が言った通りですよ。私があの毒クラゲを作りました。まあ、作った毒を試していて偶然できたのですがね。毒クラゲを湖に放していると偶然ドラゴンの子龍が流されてきた。子龍に呪いを掛けられたと思ったらドラゴンはどうするでしょうね? でも、ヒューマン族を懲らしめるには、毒クラゲも子龍は丁度良いでしょう?」
「何言ってんだ! どれだけの人が毒に侵されたと思ってんだ!」
「でも、あなた方が解毒したのでしょう? ご丁寧に浄化までして」
「当たり前だろう!」
「どうしてです? エルフ族だってヒューマン族に裏切られたのに」
どうして、そんなに冷静でいられるのか? 確かにハイヒューマンは気の毒だった。気の毒だなんて言葉では片付けられないだろう。怨恨を抱いていても当然だ。
それでも、リヒト達は憤りを隠せないでいる。
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