第257話 領主様がお呼び
「女将さん、最近変わった事はないか?」
「変わった事ばかりさ」
「それはどんな事だ?」
「だって、夜にはアンデッドが彷徨くだろう? 毒クラゲだってそうだよ」
「ああ、そういう意味か。不審者を見かけたとか聞いた事はないか?」
「ああ、あるよ。昨夜うちの旦那が酔い潰れてそこの水場にいたそうなんだ。そしたら、真っ黒なマントを着た男が慌てて走り去って行ったとか言ってたね。けど、酔っ払いの言う事だからねぇ」
「なるほど」
「じーちゃん」
「ああ、ハル。まだ4層にいたらしいな」
「失礼致します。エルヒューレ皇国の方々とお見受け致します」
「ああ、そうだが?」
街の兵らしき者達が長老達を取り囲んだ。
「なんだよ、あんた達! 領主様のとこの兵かい!」
「領主様がお呼びです。ご同行願えませんか?」
「ワシらにか?」
「はい。此度の早急な対応に、是非とも感謝の意をと申しておられます」
「なるほど。イオス、ハルを連れて先にアヴィーの店に帰っていてくれるか?」
「ですが、長老」
「ワシは大丈夫だ」
「じーちゃん、おりぇも一緒に行くじょ」
「チビちゃん、おばちゃんと一緒にアヴィー先生とこへ行こう」
「けろ……」
「ハル、大丈夫だ。アヴィーと一緒にいなさい」
「分かっちゃ」
長老は、兵達に連れられて領主邸へと向かった。長老の肩に、ピョンとシュシュが乗った。一緒に行くつもりらしい。長老はシュシュに以前見た事のある魔道具がついたチョーカーをつけた。念の為か?
「礼を言うなら自分から出て来なってんだよ」
「おばちゃん、しょうらよな!」
「ああ、そうだよ! 何、偉そうに呼び付けてんだってんだ」
「しょうら、しょうら!」
「おや、ちびっ子。気が合うねぇ」
「ちびっ子じゃねー。おりぇは、はりゅら」
「ハルかい?」
「しょうら」
「そうかい。可愛い良い子だねぇ。アヴィー先生とこに行こうね」
「ん!」
ハル達は、女将さんと一緒にアヴィー先生の元へと移動する。街の中央にある小ぢんまりとした広場でアヴィー先生は手当をしていた。
「あら、ハルちゃん。女将さん、一緒だったの?」
「アヴィー先生、また世話になっちまったよ」
「あら、長老かしら?」
「ああ、あんたの旦那にだよ。いい男だねぇ」
「うふふ、そうでしょう」
「なんだよ、惚気んじゃないよ。それより、領主邸に連れて行かれたよ」
「あら、大丈夫よ」
「感謝の意とか言ってたから、大丈夫だとは思うんだけどね」
「女将さん、ありがとう。あの人は強いから大丈夫よ。話もしたいんだと思うわ」
「そうなのかい?」
「ばーちゃん、こっちはもうしゅんだのか?」
「ええ。ハルちゃん、解毒と浄化は済んだんだけど、エリアヒールお願いできるかしら?」
「ばーちゃん、待って。ここも毒にやりゃれてんじょ」
「あらやだ。毒を持って来ちゃったかしら?」
「みたいら。こはりゅ、しょこからいけりゅか?」
「平気なのれす」
ハルの胸元に、コハルがヒョコッと顔を出す。
「じゃあ、やりゅじょ」
「はいなのれす」
「あんちどーて。ぴゅりふぃけーしょん」
白いヴェールが広場に降りてくる。
「ハルちゃん、ヒールもお願いね」
「ん、えりあひーりゅ」
今度は、キラキラとした光がその場を包む。ハルの瞳がゴールドに光った。
「ありがとう。もう、大丈夫ね」
「ん、かんぺきら」
「かんぺきなのれす」
「おやまあ、また可愛い子がいるじゃないか」
「うふふ。女将さん、内緒よ」
「そうかい、そうかい。誰にも言うもんかね。アヴィー先生、旦那にもまた救ってもらったよ。ありがとうね」
「女将さんも毒を触っちゃったの?」
「いや、うちの子だよ。偶々、水場にいたんだ」
「あら、そうなの」
「アヴィー先生の旦那が直ぐに処置してくれたよ。エルフって、みんな凄いんだねぇ」
「出来る人が出来る事をすれば良いのよ。種族は関係ないわ」
「アヴィー先生、ありがとう。ニークも頑張ってるよ」
「そうみたいね。宜しくね」
「こっちこそだよ。ニークは他の薬師には作れない物も作れるって評判だよ」
「そりゃそうよ。私の弟子だもの」
アヴィー先生はこの国でも皆から慕われている。アヴィー先生の周りに、いつの間にか人が集まってきていた。
――アヴィー先生! ありがとうな!
――先生! じーちゃん治してくれてありがと!
――アヴィー先生!
人集りが出来てしまっている。
「はいはい! 皆、動ける様になったからと言って無理しないでね! 今日1日は家で安静にしていてね!」
――先生、分かった!
――分かったよ!
――先生、ありがとうよ!
「ばーちゃんは、人気者らな」
「うふふ、長い間住んでいたもの」
一段落して、アヴィー先生も一緒に店まで戻って来た。ニークが忙しなく薬湯を作っている。
「ハルくんも解毒してくれたんだ?」
「ニークしゃん、じーちゃんも一緒らったんら」
「長老は、領主様に呼ばれたらしいわ」
「領主様ですか」
「ええ。お礼を言いたいそうよ」
「あの領主様なら大丈夫でしょう」
「そうね」
この街は以前、領主である伯爵から任された子爵が治めていた。その子爵が、毒クラゲを使って教会を撤去しスラムの解体を企んでいた。その時も、毒クラゲを一掃し解毒と浄化をしたのが、リヒトやハル達だ。
その際、伯爵も出てきている。長老が街にやって来る前だった。今回、長老が伯爵に会うのは初めてだ。
あの毒クラゲ騒動以来、伯爵が直接治めているらしいこの街はどう変わったのだろうか。教会は、スラムはどうなっているのだろう。
「ハルちゃん、大丈夫よ。みんな元気にやってるわ。頑張って働いているわよ」
「しょっか」
「お昼は食べたの?」
「半分食べたじょ」
「半分なの?」
「アヴィー先生、丁度食べている最中に毒クラゲの一報が入ったんです」
「まあ、そうなのね。じゃあ、続き食べましょうか」
「ん、食べりゅじょ」
「ハル、もう結構食べてたでしょう?」
「みーりぇ、足りねー」
「あらあら。ニークも一緒に食べましょう」
「ルシカから預かってますよ」
「ミーレ、貴方達も食べなさい。カエデちゃんもね」
カエデが、おとなしい。どうした?
「カエデちゃん?」
「あ、いや。違うねん。ハルちゃん見てるとやっぱ凄いなぁ、て思ってん」
「カエデ、何言ってんのよ。さっき、アヴィー先生も言っていたでしょう? 出来る人が出来る事をすれば良いのよ」
「そうだぞ、カエデ。カエデだって、ミーレと一緒に民へ呼び掛けたりしてたじゃねーか」
「そうやな。自分に出来る事をやな」
どうも、カエデは焦り過ぎる時がある。責任感が強いのだろう。カエデだって、ちゃんと役に立っている。何より、まだまだちびっ子なんだから、そんな事を考えなくてもいいんだ。甘えていて、いいんだ。
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