第254話 3層を見回る

「こはりゅ、まらなんもないか?」


 ハルの上着の中から少しだけコハルが顔を出した。


「なんにもないなのれす」

「しょっか」

「コハル、墓地に向かってみるぞ」

「分かったなのれす」


 コハルは顔を引っ込めた。亜空間とバレない様に、コハル自身も目立たない様に、ハルの上着から出た様に見せている。


「めんろくしぇー」

「まあ、ハル。目立たない様にだ」

「分かってりゅけろ。しゅしゅはおちょなしいな」

「だってハルちゃん、子猫が喋ったらホラーでしょう?」

「しょっか」

「面倒だわ」

「アハハハ。シュシュもか。目立つよりいいさ」

「長老、分かってるわよ」


 大人しく、イオスに抱かれている。ミーレはアヴィー先生と留守番だ。

 街中を一通り歩いてみても、反応がない様なので長老達は墓地へと向かうらしい。リレイとシアルが見張っている筈だ。

 長老達も、物陰に身を隠して墓地を見る。長老の眼がゴールドに光っている。ハルもだ。2人共、神眼や精霊眼で見ているんだ。


「イオス兄さん、リレイ様が隠れてるのん分かるん?」

「おう、分かるぞ」

「そうなんや……自分は分からんわ」

「そりゃそうだ。相手はハイヒューマンだと想定して隠れているからな。カエデの能力だとまだ分からないだろう」

「やっぱ凄いんやな。そこまで気配を消せるんやもん」

「何もないな」

「ん、じーちゃん。ねーな」

「ないなのれす」

「駄目ね、ないわね」


 1箇所目の墓地を確認し、何も反応がなかったので一行はもう1箇所の墓地へと向かう。


「これは、警戒しとるか?」

「しょうらな」

「もう、エルフが動いているのは、分かっている筈だもの。そりゃ、警戒するわよね」

「こはりゅ、何もないか?」

「ないなのれす」


 コハルがまたハルの上着から少しだけ顔を出す。


「ねえ、コハル先輩。念の為聞くけど、この層に入った気配はあるのかしら?」

「ないなのれす」

「なんだと?」

「入ってないなのれす」

「こはりゅ、じゃあまら4層にいりゅのか?」

「分からないなのれす」

「そうか。それは分からんか」


 3層には入った気配がないらしい。コハル、それを早く言おうな。コハルは時々機転が利かない。まだ子リスだからか? それとも、天然か?

 3層に入った気配がないなら、出入りする門が要注意だ。街の中央へと長老達はやって来た。


「うわ、なんやこの噴水は?」

「な、豪華らな」

「成金趣味だわ」


 カエデと、ハル、シュシュが見てちょっぴり引いていたのは、街の中央にある広場に作られた噴水だ。まるで、女神の様に彫られた真っ白な石像が噴水の中央に立っていた。手に持ち掲げた壺からは水が溢れ出ていて噴水になっている。像の下は噴水プールになっていて、そこから何箇所も細い水が湧き出している。

 噴水の周りにはベンチが何個も置かれていた。そこに座って休憩だ。


「ハルちゃん、ジュース買ってこよか?」

「かえれ、ふりゅーちゅじゅーしゅありゅ?」

「見てくるわ。長老はどうする?」

「ワシもハルと同じものを頼む」

「分かったわ。イオス兄さん」

「はいはい」


 カエデに名指しされて、イオスが付いて行った。


「贅沢らな」

「そうよね。こんな技術があるなら民達が使う井戸をもっと使いやすくすれば良いのにね」

「けろ、木は少ねーんらな」

「そうだな。ハル、精霊はいるのか?」

「いねー。噴水の周りにチラホラらな。あ、こっち来た」


 ハルに気付いて精霊がやって来たらしい。ハルは、精霊に好かれるからな。ハルちゃん、ジュースもきたよ。


「はい、ハルちゃん」

「ありがちょ」


 カエデがルシカ作のクッキーを広げた。喉を潤しながら、クッキーを摘んでいる。


「少ないんらな。住みにくいか? しょっか……」


 ハルが何やら精霊と話している。


「ハル、何て言ってるんだ?」

「噴水の周りにいりゅ精霊達はここれ生まれたんらって。水の精霊ら。けろ、自然がないかりゃ他の精霊がいなくて寂しいんらって」

「そうか。木も小川もないからなぁ」

「じーちゃん、しょうなんら。けろまらいりゅらけマシら。街の中にはなんもいねー」

「何もか」

「ん、エルヒューレと全然ちげー」

「そうか?」

「エルヒューレらと、何処に行っても精霊がいりゅ。ベースや大森林はもっとら。前が見えなくなりゅ位集まってくりゅ」

「自分はこの国しか知らんかったけどな、エルヒューレに行ってびっくりしたもん。空気が全然違うんや。息するのが楽な気がするんや」

「かえれ、当たり前ら。実際に空気が違う。自然がありゅかりゃら。ここまれ無くしたりゃ駄目ら」

「アンスティノスは人口が多いから仕方ないんだろうよ」

「しょうらな。けろ、瘴気も溜まりやしゅいじょ」

「そう言えば長老。この国には遺跡がないのかしら?」

「シュシュ、ないんだ。アンスティノスは瘴気を出しっ放しだ」

「そうなの? 垂れ流し?」

「その言い方はどうだ? 多分……アヴィーの憶測だが、アンスティノスの瘴気はリヒトが管理するベース近くにある遺跡の魔石が吸収しているだろうと言う事だ」

「ああ、しょうかも」

「ハルもそう思うか?」

「らって1番近いし、どの遺跡にありゅ魔石より1番真っ黒黒らった」

「そうだったな、確かにな」

「ほんちょは、この噴水の何処らへんに作りゅといいんら」

「そうだな。いい考えだ」

「ま、ヒューマンはしねーらろな」

「ハル、そうか?」

「らって、じーちゃん。瘴気自体を知らねーんじゃねーか?」

「ああ、そうだな」


 ハルちゃん、賢い。長老が話していた様に、アンスティノスには瘴気を浄化する設備がない。

 しかし、この人口に環境だ。瘴気が出ない訳がない。瘴気を吸収し浄化する魔石がない事で、国の中に溜まりやすい。流れずに、停滞してしまう。その上、木や植物が少ない。空気が悪くなって当然だ。

 それだけではない。瘴気が一定濃度を超えると人体にも影響が出る様になる。情緒不安定になり易くなる。怒りやすくなる。体力が無くなる。妊娠し難くなる等だ。


「アンスティノスも、協定に参加すれば魔石の設定も提案できるんだがな」

「しょうらな。けろ、選ぶのはアンスティノスらからな」

「ハル、その通りだ。選ぶのはこの国の民達だ」


 そんな、話をしながら休憩していた。午前中はずっと3層をウロウロしていたから、良い運動になっただろう。ハルはずっと抱っこされていたが。


「腹減りまくりら」

「ハルちゃん、歩いてないやん」

「しょりぇれも腹は減りゅ」

「俺、ルシカと交代して来ます」


 イオスが走って行った。どうやらリヒトとルシカは、1番ニークの家から近い門にいるらしい。帰ったらルシカのお昼ご飯だぞ。


 結局、その日は何も起こらなかった。アンデッドが出現する事もなく、それらしい人物も見当たらなかった。

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