第235話 フィーリス殿下7th
「ぐりゅりゅしゃん、まら?」
「ハルくん、まだですよ」
「アハハハ! 入れ食いだ!」
「リヒト様、針をとらないと!」
ハルは小さな手で長い釣竿を持っている。隣で何匹も釣り上げているリヒトを見てハルがグルルに聞いている。
「……まら?」
「まだですね」
「ちょ、イオス兄さん! どーしよ!?」
「カエデ、そのまま引くんだよ!」
「やだ! イオス、こっちも見てちょうだい!」
「あー、ミーレ。ちょっとそのまま待て」
「えぇー!」
カエデやミーレまで釣り上げている様だ。ハルは気が気ではない。そわそわとしている。
「……まら?」
「ハルくん、ジッと我慢です」
一行は、グルルと村の者に連れられて海釣りの最中だ。リヒトは入れ食いらしい。カエデやミーレも釣れたらしい。だが、ハルちゃんだけが何故かまだ一向に掛からない。
「ハル、動かすんじゃねーぞ」
「じーちゃん、動かしてねーじょ」
「焦っては駄目です」
「らって、ぐりゅりゅしゃん。おりぇらけ釣りぇねー」
「我慢ですね」
「ハッハッハ! ハル、じーちゃんはまた釣れたぞ!」
ふと見ると、長老まで何匹も釣り上げている。なのに……
「えー……」
「なんだハル。まだ釣れてねーのか?」
リヒトがハルを見て言う。ハルは焦ったくて我慢できない様だ。
「りひと、替えっこして」
「何をだよ」
「竿」
「一緒じゃねーか」
「じゃあ、場所」
「すぐ横じゃねーか」
「んー……」
ハルちゃん、我慢して待とう。
「ハルくん、食いつきましたよ」
「ぐりゅりゅしゃん! どーしゅんら?」
「まだですよ。まだジッとしていて下さい」
ハルにはグルルが付いている。竿も一緒に持ってくれている。まだまだハルは小さいから1人では釣り上げられないだろう。竿自体がハルには重い。
グルルの指示があるまで、ハルはジッと待つ。
「ハルくん、引き上げますよ!」
「よし!」
ハルが、グルルと一緒にヨイショと釣り上げた。殆どグルルが釣っている様なもんだが。
「やっちゃ! デケーじょ!」
「ハルくん、大きいですね!」
「しゅげー!」
「おう、ハル。釣れたじゃねーか」
「これはまた、大きいな」
「どれどれ? ハルちゃん大っきいやん!」
「ふふふ。ハル、良かったわね」
「ふふん」
ハルちゃん、ちょっぴり自慢気だ。
おや? 珍しく、シュシュが付いてきていない。
「あたしは虎なのよ。いくら何でも船で海に出るのは嫌よ」
と、言ってアヴィー先生と村に残っている。海中まで行っていたのに今更だ。
「皆さん、船酔いはしない様ですね。食事をしても大丈夫ですか?」
「グルルさん、船で食事ができるのですか?」
「ええ、ルシカさん。簡単な物ですが用意してますので」
同行していた村の者が食事の用意をしている。ルシカは気になって色々聞いている様だ。
「これは興味深いですね。この様な調味料はありませんから」
「魚の内臓から作った調味料なのですよ。こっちは牡蠣からです」
「おいしゅたーしょーしゅら」
「ハル、知っているのですか?」
「ん、いい出汁出りゅじょ」
「ほう、なるほど」
大きな鍋をグルルが持ってきた。既に湯気が出て良い匂いがしている。
「先程の調味料で煮ただけなのですが、美味しいですよ。先程漁れた白身魚を入れてます」
「おおー!」
「ハル、食いついたな」
「らって、りひと。美味しょうら!」
「ほんまや! めちゃいい匂いしてるやん!」
「カエデ、お魚好きね」
「ミーレ姉さん、だってめちゃ美味しいやん!」
ネコ科だからか? いや、カエデは何でもよく食べる。セイレメールでは誰よりも魚をたらふく食べていた。
奴隷の頃には腹一杯食べられる事もなかったのだろう。だから、カエデはガリガリに痩せていた。身長も歳の平均より小さかった。栄養が足りていなかったんだ。
リヒト達と出会い、食事内容も生活環境も改善し歳相応になった。身長も伸びた。栄養が充分に行き渡っている証拠だ。日頃、イオスとの訓練を欠かさないので、しなやかな筋肉も良い感じでついてきた。
「ハルちゃん! めっちゃ美味しいで!」
「な、うまいなぁ!」
「魚ってマジこんなに美味いんだな」
リヒトまで感心しながら食べている。
初めて釣りをして、船上で食べる魚がたっぷり入った汁物は美味しいだろう。
「ルシカさん、一通りのものを持って帰って頂こうとご用意してますので」
グルル達が既に用意してくれているそうだ。もちろん、釣った魚も持って帰る。
「やっちゃ!」
「それは申し訳ないですね。遠慮なく頂きます。ありがとう」
「いえ、いつでも取りにいらして下さい」
「ドラゴシオンにうしゃぎを貰いに行くらろ。しょれかりゃこっちに魚らろ。りゅしか、忙しいな!」
「アハハハ。ハルは食べる事ばかりですね」
「らって、超うまい!」
確かに。前世が日本人のハルにとって魚は嬉しいだろう。調味料が増えた事も大きい。それに、前世のハルは身体が弱かった。食べるのも体力がいるのだ。その為、腹一杯に食べる事はなかった。満腹になる前に疲れてしまうのだ。そんなハルは、今思うだけ美味しく食べられる事が嬉しい。小さな身体では直ぐに満腹になってしまうらしいが。
「先程教えて頂いた調味料もいただけますか?」
「はい、もちろんですよ。陸では作り難いと思いますので沢山持って帰って下さい」
「ありがとう。これは流通させるべきですね」
魚介類に調味料。沢山のお土産を貰ったハル達。ハルはご機嫌でエルヒューレへ帰って行った。
「ハァ〜ルゥ〜!! 待っていたのだぞぉ〜!」
はい、お決まりですがフィーリス第2皇子殿下が待ち構えていた。
いつもの様にハルをヒョイと抱き上げ、クルクルと……クル……おや?
「今日は回らないんだぞぅ。僕も学習するのだぞぅ」
おや、進歩だ。だが、ハルはもうパンチを構えていた。
「え……回りゃねーの?」
「おうぅ。ハル、その手は何なのかなぁ?」
「え……」
しっかりグーパンを準備していたハル。
「なんら、しょーもねー」
「ハル、酷いのだぞぅ」
「アハハハ! ふぃーれんか、たらいま!」
「おう! お帰りなのだぞぅ!」
そして……やっぱ回ってしまったフィーリス殿下。これはもう癖になっているな。
「とぉ!」
「アハハハ! ハル、平気なのだぞぅ!」
フィーリス殿下はハルのパンチをヒョイと避けた。おう、成長しているではないか。
「えー! ふぃーれんか!」
「アハハハ! ハル、一緒に遊ぶのだぞぅ!」
「フィーリス! まだだよ! 先に父上に挨拶だ」
「あ、忘れていたのだぞぅ」
レオーギル第1皇子殿下に言われてハルを下ろし手を繋ぐ。2人仲良しだ。まるでハルが末っ子の弟みたいだ。
「れおれんか、たらいま!」
「ハル、おかえり。父上がお待ちかねだよ」
「あい。じーちゃん、おりぇもか?」
「ああ、先ずはご報告しないとな」
レオーギル殿下と長老、アヴィー先生、リヒト。それに、フィーリス殿下と手を繋いだハルが皇帝の待つ部屋へと向かう。
やっと、帰ってきた。今回は大きな収穫があったが、長い旅になった。
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