第179話 カエデの両親

 集落に到着するとユニコーンから降りる。ベースから同行してきた者達がユニコーンを見ていてくれるらしい。

 リヒト達はゆっくりと集落に入って行く。集落の猫獣人の子供が出てきた。


 ――ソニルさまや!

 ――ソニルさまー!

 ――おかあさーん! ソニルさまが来たよ!

 ――おじじさまー! ソニル様やー!

 ――あー! 聖獣様も一緒やー!


「ソニル、人気者じゃないか」

「リヒト、それ嫌味で言ってんの?」

「なんでだよ、率直な感想じゃねーか」

「前に来た時にね、食料とか色々持って来たんだよ。で、時々隊員達が見回りしてるんだ」

「ソニル、お前偉いな」

「なんだよ、リヒト」

「いや、ソニル。偉いぞ」

「長老まで、何なの。照れるじゃん。だって何にもないんだよ。子供達の喜びそうなものがなんにもさ。食べ物も充分じゃないしさ。国に連れて行きたい位なんだ」

「そうか……」

「ねえ、あたしも人気者なんだけど」


 小さな集落だ。もちろん店などもない。暮らしていくだけで精一杯なのだろう。

 小さな子供がバラバラと出てきた。子供がいると言う事はまだ大丈夫だ。次世代が育っているんだ。だが……この小さい集落の中だけで生活していくのは大変だろう。生活はどうしているのだろう?

 集落の奥から、1人の老人が出てきた。


「おじじ様だよ。この集落の……そうだな、村長みたいな感じだ。皆をまとめているんだよ」

「ソニル様、聖獣様、ようこそお越し下さいました」

「おじじ様、急にごめんね。また、来ちゃった。今日はちょっと聞きたいことがあるんだ」

「どうぞ、狭苦しいところですがうちにお越しください」

「ありがとう、お邪魔するよ」


 ソニルは何度も来ているようだ。隊員達にも子供達だけでなく大人も警戒をしていない。

 おじじ様と呼ばれる老人について集落の中を行く。中央を過ぎた辺りで1軒の家に入る。おじじ様の家なのだろう。小さな木で建てられた家だ。

 ソニルと長老やリヒトがおじじ様と話をする為に家の中へ入って行く。カエデやハル達はシュシュと一緒に外で待機だ。


「なあなあ、ちびっ子」


 さっそくハルが集落の子供に声を掛けられている。


「られがちびっ子ら」

「なあ、何歳なん?」

「おりぇは3歳ら」

「俺は6歳や。俺の方が兄ちゃんやな」

「ちびっ子らけろな」

「ちびっ子言うな。俺が遊んだろか?」

「いいよ、待ってりゅから」

「ソニルさまか?」

「ん、しょうら。しょにりゅしゃま好きか?」

「ソニルさまはな、いつも遊んでくれんねん」

「しょうなのか」

「うん、おやつもくれるしな」

「おやちゅか。しょりぇは大事らな」

「やろ? それに、ソニルさまはカッケーんだ」


 確かにカエデと同じようなアクセントで話している。暫くすると、リヒト達が家から出てきた。


「ハル、カエデ、行くぞ」

「リヒト様」

「りひと、分かっちゃのか?」

「ああ。カエデ、大丈夫だ。行こう」

「はい、リヒト様」


 集落の中を歩く。猫獣人ばかりの集落だ。ソニルとおじじ様が先頭を行く。


「カエデ、5年前にこの集落から1人の子供が攫われたらしい」

「5年前……自分、5歳からあの頭のとこにいたわ」

「攫われた子は三毛の純血種なんだそうだ」


 5年前……この集落に商人一行が訪れた。この村はいつも物資が不足している。 国には属さない防御壁の外にある小さな集落に来る商人などいない。

 偶に集落の若者がアンスティノス大公国へ野菜や薬草を売りに行き、変わりに調味料や必要物資を購入して帰ってくる。僅かなお金にしかならないが、それでも集落の者にとっては大事な現金だ。

 そんな集落に訪れた商人だ。集落の者が欲しがる様なものを持っていた。愛想もよく、取引してくれる。商人が帰る時には、また来て欲しいと言う者もいた。

 だが、その商人が人攫い集団の一味だった。商人のフリをして集落を調べ、手頃な子供か女がいないか見ていたんだ。

 夜になって皆が寝静まった頃に一味は静かに動き出した。まさか、商人が人攫いの一味だなんて誰も思っていなかったんだ。

 

「その時に攫われたんだ。自分の小さな弟を庇ったそうだ」

「弟……自分、5歳より前の事はなんにも覚えてないねん」

「カエデは奴隷紋を付けられていただろう。だからそれ以前の記憶がないのも仕方ないんだ。奴隷紋は記憶や自我も抑え込むからな」

「リヒト様、もしも自分の関係者やったとしても自分は思い出されへん。それでもいいんかな?」

「気にするな。生きていると分かるだけでも良い事だってあるんだ」

「そっか……」


 おじじ様が1軒の家に入っていった。暫くして、家の中から男女の猫獣人が出てきた。


「あ……本当に……生きて……」

「ああ、間違いない。一目見れば分かる」


 女性がカエデに近づき、恐る恐る震える手でそっと抱き締めた。ポロポロと涙を流している。


「よく……よく生きていてくれたわ」

「ああ、よく無事で……大きくなって」


 男性も一緒にカエデを抱き締める。


「カエデ、ご両親だ。間違いない」

「あ、あの……自分、ホンマに何も覚えてないねん。ごめん」

「いいんや。覚えてなくても生きていてくれただけで充分なんや」

「今はカエデって言うの?」

「うん、自分を助けてくれた人がつけてくれた」

「そう、カエデ。良い名前やね」

「今は元気で幸せにやってんのか?」

「うん……」

「そうか、そうか。良かった」


 家の中から男の子が出てきた。カエデより2~3歳下だろうか。


「とーちゃん、かーちゃん」

「おいで、お姉ちゃんやで」

「ねーちゃん?」

「5年前に攫われたお姉ちゃんや」

「ごめん、ホンマに自分覚えてなくて……」


 カエデの両親だった。三毛の純血種は珍しいらしい。カエデはなにも覚えていなくて恐縮している。だが、リヒトの言う様に生きていると分かるだけでも良いと思える事もある。実際に父親が言っている。覚えていなくても、生きていてくれただけで充分だと。

 カエデが謝る必要はない。カエデのせいではないのだから。


「やだぁ、あたし無理。こんなの涙出ちゃうのよ! カエデ、良かったわね!」


 また、場の空気を読まない白い虎だ。

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