第178話 人攫い集団

 翌日、ハルが起きると既にベースの中は慌ただしく隊員達が動いていた。


「ハルちゃん、おはようさん」

「かえれ、何ら? 何かあったのか?」

「うん、昨日ソニル様が言ってた人攫い集団を見つけたんやって」


 人攫いの実行犯ではなく、仲介をしているのではないかとソニルが話していた集団の事だ。


「ハル、起きたの?」

「みーりぇ、忙しいか?」

「そんな事ないわよ。お顔を洗って朝食食べに行きましょう」


 ミーレはそう言っているが、ベースの中は騒々しい。

 容赦なく顔を洗われ、お着換えをし前髪を編んでもらって食堂へ向かう。ミーレと、お手々をつないでトコトコと。食堂に入るとリヒトとルシカがいた。


「ハル、おはよう」

「起きましたか、食事を持って来ますね」


 このベースでもルシカは給仕役だ。


「りひとも出るのか?」

「いや、俺たちは出ないぞ」

「しょうなのか?」

「ああ、ソニルが上手くやるだろう。任せておけばいい」


 そうか。なら、ハルちゃんの出番もないだろうね。ゆっくり朝食を食べよう。


「りひと、しょにりゅしゃんは出てりゅのか?」

「おう、出てるぞ」

「リヒトはいるかな?」


 噂をすれば、ソニルがやってきた。


「どうした? もう終わったのか?」

「うん、夜明け前から出ていたからね。アジトに踏み込んで一網打尽さ」

「そうか、お疲れ」

「でね、少し尋問したんだけど」


 ソニルが言うには、捕らえた集団はやはり人攫いの実行犯と言うよりも仲介の様な事をしている集団だったそうだ。

 そして、尋問した者の中で今までの仲介を全部覚えている者がいたらしい。捕らえた者達の中でも1番古参で、頭に付いていた者だ。

 その者の話によると、昨日話していた猫獣人の集落から幼い子供を1人攫った集団がいたそうだ。それがどうもその集団が壊滅状態になったという話だ。それで仕事が減ってしまって、自分達も人攫いをしようとしている所を掴まったという話だ。


「ねえ、もしかしてリヒトさぁ、人攫い集団を捕まえた?」

「ああ、アンスティノス大公国でな。アジトに踏み込んで壊滅状態にしてやった」

「それじゃないかと思うんだよね」

「その人攫い集団はアンスティノス大公国なのか?」

「リヒトは何馬鹿な事を言ってんの? 人攫い集団はアンスティノス大公国にしかいないじゃん」


 そうなのか。そうか、他の国には奴隷はいない。奴隷制度自体がない。と、なるとカエデのいた集団の可能性が高くなる。


「ねえ、カエデちゃんを集落へ連れて行ってみたら?」

「カエデ次第だな。カエデ、どうする?」

「え……どうしよ? リヒト様、どうしたらいいやろ?」

「俺の意見を言っても良いのか?」

「うん、自分よう決めやんもん。どうしたらいいのか分かれへん」

「俺は行ってみるのが良いと思うぞ。必ずカエデに関係あるとは限らないしな、違ったら違った時だよ」

「なんだ? 皆集まってどうした?」


 長老がやってきた。今起きたのか?


「長老、どうでした?」

「ああ、嘘はついていないな」


 違った。何かソニル達の手伝いをしていたらしい。


「情報を持っている者を神眼で見てみたんだが、嘘はついていなかった。例の情報は真実だろう」

「長老、カエデが決められないと言ってんだ」

「そうか、なら行ってみるか?」


 え、長老。そんな軽い感じで良いのか?


「何かあるかもと期待してしまうだろうが、何もないかも知れない。行かないとそれも分からんから何も始まらん」


 確かに、その通りだ。猫獣人の集落と言われると、カエデに関係あると思ってしまう。しかし、そうではないかも知れない。どっちにしろ行ってみないと何も分からない。


「そうやんな、長老。リヒト様、自分行ってみたいわ」

「よし、じゃあ行こう」

「だが、カエデ。さっきも言ったように、もしかしたらカエデに関係する誰かがいるかも知れないが、何もないかも知れない。それはあまり考え過ぎるんじゃないぞ」

「うん、長老。分かった」



 ソニルに案内をしてもらい、一行は猫獣人の集落を目指す。アンスティノス大公国を左手に見ながら東へと向かう。本当ならここまで3日はかかる。が、途中まで長老の転移でやって来た。一面緑の草原が続いている中にもちらほらと木々が立っている。なだらかな丘を越えると、もうアンスティノス大公国の防御壁からはかなりの距離がある。

 国に属さないで、防御壁の外で集落を作って暮らす。それは、危険と隣り合わせだ。

 幸い、アンスティノス大公国のある草原地帯には狂暴な魔物は生息していない。民間人でも簡単に倒せる魔物ばかりだ。だが、危険なのは魔物だけではない。野生の熊や猪がいる。だが、それは貴重な食料にもなる。

 そんなリスクがあってもアンスティノス大公国には属さない。敢えて防御壁の外側で暮らす。その理由は何なのだろう。代々、その地で暮らしているのかも知れない。アンスティノス大公国で酷い差別を受けた者がいるのかも知れない。

 いくつかの小さな集落を過ぎ、1日野営をし、まだ東へと向かう。

 

「ほら、見えて来たよ。あの集落だ」


 先頭を行くソニルが先を指さす。その先に小さな集落が見えてきた。

 木材で作っただけの柵で囲まれた集落。ヤギと鶏だろうか、家畜を飼っているらしい。小さな畑もある。チラホラと猫獣人の姿も見える。

 カエデの家族がいるかも知れない猫獣人の集落だ。

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