第149話 アヴィー先生の決断

「かえれ、おやちゅが食べたいじょ」

「え? ハルちゃん、ほんまになんともないんか?」

「ん、なんちょもないじょ」

「ハルちゃん恐るべしやわ。待ってな、おやつ作るわ」

「ん」


 さて、部屋にはニークとミーレも待っていた。


「ハルくん、アヴィー先生は?」

「じーちゃんと城に行ったじょ」

「無事なんですね」

「ん、全然元気ら」

「良かったです。ハルくんも怪我をしていませんか?」

「してねー」

「ハルくん、有難う!」

「おりぇのばーちゃんら。当たり前ら」


 おう、ハルちゃん。カッコいいぞ。

 おやつを食べて、ハルは寝足りなかったのかまた少しお昼寝をした。そろそろ、夕食の買い出しに行こうかとミーレが話している頃に長老達は戻って来た。


「アヴィー先生!」

「ニーク、心配かけてごめんなさい。大丈夫だった?」

「はい、直ぐにリヒトさん達が来てくれたので」

「そう、リヒト。ありがとう」

「いや、街の人達も心配していたぞ」

「自宅にもならず者が嫌がらせに来ていましたから」

「そうなの!? あの前大公、許せないわね!」


 あれから、長老とリヒトやルシカ、そしてアヴィー先生は現大公に再度拝謁した。

 そして、事のすべてが明らかになった。

 事件の切っ掛けは商人からもたらされた情報だった。毒クラゲがドラゴシオン王国近くの地底湖に生息していると。

 しかし前大公も、先に捕らわれた大臣もドラゴンの幼体の事は何も知らなかった。本当に偶然だったと言い張った。あのドラゴン相手にそんな事はしないと。

 だが、実際にドラゴンの幼体は毒クラゲの湖にいた。しかも、呪詛を掛けられてだ。

 どういう事なのだろう? そして、その商人は一体誰なのか? その後、どこへ行ったのか?

 一体誰がドラゴンの幼体を呪詛を掛けてまで態々あの地底湖に捨てたのか?

 肝心なところが分からず終いだった。

 


 一行は翌日、アヴィー先生の自宅へと宿泊先を変えた。


「やっぱりゅしかの飯が1番ら!」


 満足気に少し遅めの朝食を食べるハル達。こんがりと焼けたトーストに焼いたベーコンと黄身がトロトロの目玉焼きをのせたもの。それに具沢山スープとサラダ。

 それだけだが、ルシカの作るものは違うらしい。


「この位なら誰が作っても同じですよ」

「りゅしか、違うんら。ベーコンの焼き加減も、卵の黄身のトロトロしゃと塩加減が違うんら」


 ハルがフォークを片手に力説している。ぷくぷくのほっぺについているのは何だ? それは、もしかして卵の黄身か?


「そうですか?」

「ん、じぇっぴんら」

「それは、ありがとう」

「本当にルシカの作るものはなんでも美味しいわ」


 シュシュもご満悦だぞ。


「美味しいなのれす」


 コハルもほっぺを膨らませて食べている。


「フフフ、またこうしてみんなで食事ができて嬉しいわ」

「アヴィー、もう無茶はするでない」

「いざとなったら転移して逃げるつもりだったのよ」

「そうだろうが……」

「ごめんなさい。心配かけちゃったわね」

「ばーちゃん、無事らったかりゃいいじょ」

「まあ、ハルちゃん。ありがとう」

「で、アヴィ。もう良いだろう」

「ええ……そうね……」


 おや、アヴィー先生決心したのか?


「ニーク、お店を任せても良いかしら? 私はそろそろ国へ帰るわ」

「アヴィー先生……」

「あなたなら、もう大丈夫よ」

「先生、寂しくなりますが仕方ないですね」

「時々遊びにくるわね」

「はい、待ってますよ」

 

 その日、1日掛けてアヴィー先生は街の人達にお別れの挨拶をした。

 ハル達は大人しく、アヴィー先生の自宅で待っていた……なんて事はなく。


「じーちゃん、あのな」

「なんだ、ハル」


 ハルの提案だ。ニークと連絡が取れるようにしておきたい。パーピの様な魔道具は作れないかと。


「難しいな、ヒューマン族は魔力がほとんどないからな」

「しょっか」

「ああ、だがまあ……じーちゃんに不可能はないな」

「じーちゃん!」

「ハルも手伝うか?」

「ん、やりてー」


 その日1日掛けて、曽孫と曽祖父が作った魔道具。


「ニーク、これをタグへ一緒に通しておきなさい」

「長老、これは?」

「魔道具だ。それを握って魔力を流すんだ」


 ニークは長老に言われた通り、魔道具を握りしめ魔力を流す。僅かな魔力だ。すると、アヴィー先生に渡された魔道具がピコンピコンと光った。


「離れていても短い会話ならできる魔道具だ。会話できる長さはニークの魔力量次第なんだがな」

「有難うございます! たとえ、一言でも先生と繋がるなら嬉しいです!」

「本当ね、何かあったら……いいえ、何もなくても時々は声を聞かせてちょうだいね」

「はい! アヴィー先生」

「まあ、エルフの国宛てに手紙を出してくれても届くぞ。アヴィーは有名人だからな」

「嫌だわ、長老に言われたくないわ」

「2人とも一緒だよ」


 リヒトの言う通りなのだろう。エルヒューレ皇国の長老夫婦は国で1番有名な夫婦だ。それも、2人共国の為にと労を厭わないからだ。

 一体何人のエルフにタグを作り手渡して来ただろう。

 一体何人のエルフに魔法を教えてきただろう。

 一体どれだけの問題を解決してきた事だろう。

 一つ一つは小さな事でも、心を配り気を配り接してきた長老夫婦。自分達の子供だと思って接してきた長老夫婦。

 悲しみに暮れた日々も、絶望に打ちひしがれた時も変わらず続けてきた。

 エルヒューレ皇国一の有名人だ。


「じーちゃんもばーちゃんもおりぇの誇りら」

「ハル」

「ハルちゃん」

「ハルはワシ達の宝だ」

「そうよ。ハルちゃん、ありがとう」

「俺も、先生は俺の誇りです」

「ニーク、あなたが最後の子になってしまったわ。後をお願いね。自分の眼の届く範囲で良いから手を差し伸べてほしい」

「もちろんです。先生を手本にやっていきますよ」

「ニーク、ありがとう」

「俺の方こそ……命を助けてもらって、育ててもらって……先生、有難うございました」


 ニークも良い子に育った。良い話だ。


「やだもう! あたし泣いちゃう! こういう話は駄目なのよー!」


 ああ、虎だ……白い虎が良い雰囲気をぶっ壊した。

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