第147話 企み

 シュシュの報告を聞き、イオスは宿に戻って来た。


「いおしゅ、ばーちゃんは?」

「ハル、大丈夫だ。シュシュと仲良くやっているよ。気が合ったそうだ」


 ああ、イケイケの2人だ。先走って何かやらかさなければ良いが。


「確かに、シュシュとは気が合いそうだ。アハハハ!」


 長老、落ち着いている。アヴィー先生をそれだけ信頼しているのだろうと、思いたい。イオスが報告をする。


「邸の周りを私兵が厳重に警備していました。シュシュが3階にある1番奥の部屋前に私兵を確認しています。おそらくその部屋が前大公の部屋ではないかと」



 その頃、アヴィー先生は……


「ねえ、シュシュ。あなた虎の聖獣なんでしょう?」

「ええ、そうよ」

「元の大きさってどんな感じなの? 見てみたいわ」

「えっ? あなた、何言ってんの?」

「何って、何が?」

「あのね、今の状況を分かってるの? あたしはバレないように態々この姿で来たのよ。なのに元の大きさに戻ってどうすんの? 見つかっちゃったらどうすんのよ?」

「大丈夫よ。ここには滅多に誰も入ってこないわよ」

「だからってねぇ……」

「いいじゃない、見せてよ」


 なんとも呑気なアヴィー先生。余裕なのか?



「ニーク、毒クラゲ騒動の時に前大公時代のあの大臣は捕まっているんだよな?」

「はい、リヒト様。例の領主を任されていた子爵と一緒に捕まりました」

「じゃあ今更、前大公がアヴィー先生を拘束する意味があんのか?」

「そうなんです。先生は関係ありませんから」

「だよな……」


 そう、あの事件の時にアヴィー先生はクラゲの毒に侵された人達に解毒剤を飲ませただけだ。確かに伯爵を呼んで来たのはアヴィー先生だが、実際に毒クラゲを退治して解毒と浄化をしたのはリヒトとハルだ。なのに、今更何をどうしたいのか?


「りゅしか、りゅしか」

「ハル、どうしました?」

「腹へったじょ」

「ああ、もうそんな時間ですか。食事を頼んできましょう」

「美味くない」

「はい?」

「ここの料理美味くないんら。りゅしかの飯がいい」

「ハル、それは無理ですよ」

「ルシカ兄さん、そこのキッチンで簡単なもの作られヘんかな?」

「カエデ、そうしますか? ハル、簡単なものでかまいませんか?」

「ん、りゅしかの飯なりゃ何れもいいじょ」

「じゃあ、そうしましょう。カエデ、手伝ってください」

「はいな、ルシカ兄さん」


 部屋のリビングに小さなキッチンが備え付けられている。おそらく宿泊した貴族の為に使用人が使うものだろう。ハルさん、そんなに宿の食事が嫌だったのか?


「確かに、美味くはなかったな」


 おや、長老もだ。


「じーちゃん、もしもドラゴンの幼体を毒クラゲの湖に捨てたのがエルフって事になったりゃ、ばーちゃんはどうなりゅんら?」

「ハル、そんな訳あるまい」

「もしもら」

「もしもそうなら、アヴィーの身柄は拘束されてドラゴシオン王国との2国間の協定は破棄されるだろうな」

「長老……」

「なるほど。ハル、良いところに気が付いたな」

「ん、大したこちょねー」


 やっぱり言う事は一人前のハル。しかし、今回はお手柄みたいだぞ。


「さて、ではニーク。この部屋から出ないようにな。念の為、イオスを護衛に付ける。リヒト、ワシと来てくれ」

「じーちゃん、おりぇは?」

「ハルもカエデやミーレと一緒にこの部屋で待っていなさい」

「えー、またぁ?」

「ハル、今回は駄目だ。待っている間に、アヴィーとシュシュの気配を辿れるか試してみるといい」

「しゃーねー、分かっちゃ。じーちゃん、ばーちゃんをたのんだじょ」

「ああ、任せておけ」


 食事が終わると長老とリヒト、ルシカはどこかへ出かけて行った。長老、行動開始だ。


「おりぇもなんかしたかった」

「ハルちゃんはまだちびっ子やからなぁ。お留守番しとこなぁ」

「ハルくん、大丈夫ですよ」

「ん、ばーちゃんは逃げようと思ったりゃ逃げりゃれりゅんら」

「そうなのですか?」

「ばーちゃんも転移れきりゅかりゃ」

「ああ、なるほど」

「なんか考えてんら」


 その頃、アヴィー先生は……


「今更私を捕まえてもどうしようもないでしょう? 私は何もしていないもの」

「アヴィー先生、そんな事はないのだよ」


 前大公と対面していた。アヴィー先生は捕らわれの身ではあるが、拘束等はされていない。シュシュはソファーの下に隠れて見ている。じっと前大公を見ている。


「ドラゴシオン王国とエルヒューレ皇国は協定を結んだそうだ」

「あら、そう。昔からドラゴシオン王国とは交流があるもの。不思議じゃないわ」

「圧倒的な力を持つドラゴンと、ヒューマン族には太刀打ちできない能力を持つエルフ族が手を組むなど、あってはならない事なんだ」

「何いってんの? 両国間が友好的なのは良い事じゃない」

「アヴィー先生、ドラゴンブレスを1度吐かれただけでこの国は壊滅的な被害を受ける。いえ、国が無くなるやも知れん。エルフ族に攻め込まれても同じ事だ。分かるだろう? その2国間が手を組むのだ。我々ヒューマンにとっては脅威以外の何物でもない」

「それは、何? 例の毒クラゲのいた地底湖にドラゴンの幼体を捨てたのは貴方達だから?」

「ほう、そんな事も知っていたか? しかし、あれは偶然だ」

「そうかしら? そんなに都合の良い話があるのかしら?」

「我々は商人から毒クラゲの生息場所の情報を聞いただけだ。まさかそこにドラゴンの幼体がいたなど。態々、ドラゴンを敵に回す様な事はする筈がない」

「じゃあ、エルフは敵に回しても構わないの?」

「いいや、それもあり得ないな。エルフ族の力だって我々には大きな脅威だ。しかし、ドラゴシオン王国とエルヒューレ皇国の協定を撤回できれば都合がいい」

「私を捕らえることで協定が撤回されるとでも思っているの?」

「良い材料にはなるんだよ。もしもだ。もしも、エルフ族がドラゴンの幼体を攫って地底湖に捨てたとなればどうなるだろうな」


 やはり、アヴィー先生を犯人に仕立て上げるつもりらしい。

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