第146話 潜伏

 転移を終えたリヒトとルシカだ。アヴィー先生の自宅の裏庭に出たらしい。直ぐに自宅の裏口から中へと入って行く。


「ニーク、大丈夫か? 無事か?」

「え!? リヒトさん、ルシカさん! アヴィー先生が連れて行かれて!」

「大丈夫だ。分かっている。長老に連絡があった」

「そうなのですか!?」

「今頃はこっちの仲間が潜入しているはずだ」

「そうですか、良かったです。先生は大人しく連れて行かれたので、何か考えがあるのでしょうが。もう、俺は気が気じゃなくて。心配で」

「アヴィー先生は無茶をするからな」

「それより、ニークは大丈夫ですか? ここにいて危険な様なら……」


 その時、表で大きな音がした。


 ――ドンドンドン!


「ニーク、何だ?」

「嫌がらせですよ。昨日から凄くて、店にも行けないんです」


 ――おら! 居るのは分かってるんだぞ! 出て来いよ!

 ――ドンドンドン!

 ――あんたら何してんだ!? 衛兵呼ぶぞ!

 ――うるせーんだよ! 関係ない奴は黙ってろ!


「リヒト様、ご近所の人達を巻き込んでもいけません」

「ああ。ニーク、取り敢えず避難しよう。長老やハルもいるんだ」

「そうなんですか!? ああ、良かった」


 ――ドンドンドン!


「うっせーな! ちょいムカつくから蹴散らしてやる!」


 リヒトが表に出ようとする。


「リヒト様、駄目ですよ。エルフが動いている事を知られてはいけません。このままニークを連れて戻りましょう」

「お、おう。ルシカ、分かった」


 ルシカは冷静に判断する。


「すみません、店の方に寄りたいのですが」

「分かった、構わないぞ」

「ニーク、無事で良かったですよ」

「リヒトさん、ルシカさん。有難うございます」


 ニークは転移をするのが初めてだ。店までは近い。


「ニーク、大丈夫ですか?」

「まあ、はい。なんとか」


 初めて転移を経験して、少しふら付きながらもあれこれと動いている。


「店の入り口に張り紙をしておきました。あと、気になる患者さんがいらっしゃるので、その方のお薬を」


 ――カランカラン


 店のドアが開く音がした。ニークが来るのを待っていたのだろう。


「ニーク、いるのかい?」

「はい。ああ、女将さん、丁度良かった。お婆さんのお薬を余分にお渡ししておきますので」


 どこかの食堂か宿屋の女将さんなのだろうか。エプロンをつけた女性が入って来た。


「大変な時にそんなのいいのに。ありがとう、助かるよ。それより大丈夫なのかい?」

「ええ、大丈夫ですよ。ご心配をお掛けしてしまって申し訳ないです」

「アヴィー先生が連れて行かれたって本当なの?」

「そうなんです。でも大丈夫ですから」

「本当に大丈夫なの?」

「ええ。ただ、暫く店を閉めますので、もし薬が入用の人がいたら今から来て頂けると……」

「ああ、分かったよ。そこら辺に声を掛けてみるよ。もう少しの間はいるのかい?」

「女将さん、午前中はいる様にする。薬の必要な人は早めに来てもらえないか?」

「兄さん達、たしかアヴィー先生の……」

「アヴィー先生を助けに来たんだ。俺たちが来ている事は内緒にしてもらえるか?」

「もちろんだよ! アヴィー先生を頼んだよ!」

「心配いらないぞ。アヴィー先生の旦那も来ている」

「ああ、あのエルフの……じゃあ心配いらないね。あたしは薬がいるか聞いてくるよ」

「女将さん、頼みます」

「ニーク、あんたも気を付けるんだよ」


 女将さんはバタバタと出て行った。

 普段から薬が必要な人は、これで少しは心配いらないだろう。

 そんな心配よりも、近所の人達はアヴィー先生を心配して店にやってきた。

 

「大丈夫です、大丈夫ですから」

「ニークだって危ないんじゃないのか?」

「エルフの兄さん達が来たなら大丈夫だろうけどさ」

「でも相手は貴族だって噂じゃねーか」


 口々にアヴィー先生とニークを心配してくれている。アヴィー先生がどれだけこの街の人達に慕われていたのかがよく分かる。

 長年、アヴィー先生が心を掛けて接して来たからだ。


「あー、すまない。アヴィー先生は必ず俺たちが助けるから心配しないでくれ。それよりも、あんた達も危なくないようにしてくれ。ただ、暫く店を閉めるから不便をかけてしまうが」

「兄さん、そんな事気にしないでくれ」

「そうだ、それよりアヴィー先生を頼んだよ」


 ニークとルシカで午前中いっぱい掛かって薬を作った。

 そして、ニークをつれてまた転移して行った。



「あ、ニークしゃん」

「長老、ハルくん」


 ニークは足元がまだふらついている。


「いやあ、転移ってこんな感じなんですね。ちょっとフラフラしますよ」

「ニーク、無事で良かった」

「長老、来てくださってありがとうございます。どうか、アヴィー先生を助けてください」

「当然だ。ワシの大事な妻だからな。しかし、アヴィーは幾つになっても変わらん。無鉄砲がすぎる」

「アハハハ! 長老、それがアヴィー先生の良いとこでしょう」

「リヒト、もう少し落ち着いても良いとワシは思うぞ」


 長老の言う通りだ。

 一方、シュシュを送り届けたイオスだ。

 フードを深く被り、前大公邸の周りを見て回っていた。少しでも邸の中が伺えないかと、注意深く邸を見る。


『イオス、まだ近くにいるの?』


 シュシュの念話だ。


『シュシュ、どうした?』

『あたしね、邸の中を探検してみたのよ』


 また、この聖獣もじっとしていない。


『お前なぁ、そんな事して大丈夫なのか?』

『誰も仔猫を警戒したりなんかしないわよ』

『で、何か分かったのか?』

『あのね、邸を私兵らしき人達が厳重に警備しているわ。3階の奥の部屋の前にも立っていたわ。あの部屋が前大公の部屋じゃないかしら』

『そうか……アヴィー先生はどうなんだ? 元気なのか?』

『もうピンピンしているわよ。あたし達、気が合っちゃった』

 

 シュシュと気が合ってしまったなんて、嫌な予感しかしない。


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