第77話 バースデー

 ハルのお遊びはさておき。


「私はまだ帰れないわ」


 アヴィー先生が出した結論だ。


「アヴィー先生……」

「だってリヒト、心配ですもの。せめてもう少し先が見える様になるまで此処にいるわ」

「ん、ばーちゃんが納得しゅりゅまれ居りぇばいいじょ」

「ハルちゃん」

「ハル、いいのか?」

「ん、りひと。いちゅれも会えりゅからいいんら。また会いにくりゅじょ」

「ハルちゃん! ありがとう! ハルちゃんと離れちゃうのは寂しいけど、もう少しこの街にいるわね」

「うん、ばーちゃん。らいじょぶら。今度はじーちゃんと一緒に会いにくりゅ」

「まあ! ありがとう!」

「ハルがいいなら、俺達は何も言わないけど……」

「リヒト、ありがとう。長老に宜しく伝えてちょうだいね」

「アヴィー先生、分かったよ」

「それでね。ハルちゃん、ニーク。2人のバースデーのお祝いをしましょう!」

「あ……」

「え? 先生、そんな……」

「ね、ルシカ。ケーキとご馳走作ってくれるわよね?」

「もちろんですよ。カエデも手伝って下さい」

「あったり前やん! 頑張るで!」

「ばーちゃん、ありがちょ!」

「先生、俺は……」

「ニーク、遠慮はなしよ。今までしてあげられなかったから、今年位はさせてちょうだい」

「先生、ありがとうございます!」

「で、ハルちゃんは何歳になるん?」

「ん、3しゃい」


 ハルがプクプクした短い指を3本たてて見せる。


「3歳かぁ! 可愛いらしいなぁ! ハルちゃんやったら何歳になっても可愛いわぁ」

「カエデ、買い物に行きますよ。イオスも来て下さい」

「はいな、ルシカ兄さん」

「おう」


 カエデがルシカやイオスと一緒に出掛けて静かになった。


「みーりぇ、苔玉どう?」

「変わりないわよ。あ、でも時々尻尾が動くようになったわ」

「しょっか」

「ねえ、ハル。本当にドラゴンなの?」

「うん、ドラゴンの赤ちゃんら。弱り過ぎて危なかったんら。あのでっけーくりゃげに食べりゃりぇそうらったんら」

「そう。でもどうしてドラゴンが湖にいたのかしらね」

「ん……分かりゃん」


 竜王が治める国『ドラゴシオン王国』は大陸の北側にある高山地帯だ。

 まだ幼体のドラゴンがそこから飛んできたのか? そんな事が出来るのか? 何の為に? ドラゴンどころか、まだ苔玉だぞ。分からない事だらけだ。


 その日の夕食は、アヴィー先生が言った通りハルとニークのバースデーのお祝いになった。昼間からルシカとカエデが張り切ってご馳走を作って、ケーキも作った。


「ハルちゃん! ニーク! おめでとうー!」

「「「おめでとう!!」」」

「ばーちゃん、みんな、ありがちょ!」

「先生! 皆さん! ありがとうございます!」

「さあ、皆さん食べて下さい! 沢山ありますからね!」

「ハルちゃんにはカエデちゃん特製のハルちゃんプレートや!」

「おぉー! かえれ、ありがちょ!」

 

 カエデがハルの為にワンプレートで可愛く豪華に盛り付けた、所謂お子様ランチだ。チキンライスがネコちゃんのお顔の形に盛り付けられている。旗は立っていないが。


「ネコちゃんら! いたらきまーしゅ!」

「皆さん、ありがとうございます! 頂きます!」


 まず、ハルとニークがパクッと一口食べる。ハルは小さなネコちゃんチキンライスを。お顔に遠慮なくスプーンを入れる。ニークはルシカお手製のハンバーグを。


「んまいー!」

「美味しいです!」


 2人共嬉しそうだ。ニークは両親に恵まれなかった。もう今は顔も憶えていない。

 10歳の時にアヴィー先生に保護されて、名前をもらい愛情をたっぷりと掛けてもらい、お陰で歪まずに素直な好青年に育った。

 ハルも、両親に恵まれなかった。我慢して我慢して我慢して……笑えなく泣けなくなっていた凝り固まった心が、この世界でリヒト達に出会い解けていった。今では2人共、嬉しそうに笑っている。


「ばーちゃん、ありがちょ! めちゃうりぇしい!」

「俺もです。アヴィー先生、皆さんありがとうございます」

「2人共、私こそ嬉しいわ」

「まだケーキもありますよ。食べられますか?」

「うん、りゅしか! 食べりゅじょ!」

「はい! もちろんです」


 皆で、たくさん食べてたくさん喋ってたくさん笑った。


「ハルちゃん、寝ちゃったわね」


 ソファーの上で、小さく丸くなってスヤスヤと眠るハル。


「アヴィー先生、本当にありがとうございました」

「ニーク、私こそありがとう。私はもう暫く見届けたらエルフの国に帰るけど、あなたがいるから安心して帰れるわ」

「アヴィー先生……」

「よくここまで成長してくれたわ。本当に嬉しい」

「アヴィー先生。先生は俺の恩人で恩師で……母です。先生はいつでもどんな時でも、一緒に笑って一緒に泣いて……俺を……俺を抱きしめてくださいました。アヴィー先生……」


 ニークの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。その日の2人のバースデーのお祝いは、ハルとニークにとっては忘れられない思い出になった事だろう。



「ん〜……しゃけ……」

「やだ、ハル。また変な寝言言ってる」

「あ……みーりぇ。おりぇいちゅ寝た?」

「ケーキ食べた後ね。アッと言う間に寝ちゃったわ」

「しょっか」

「ハル、お着替えしましょう」

「ん……」


 もう既に抵抗する気などカケラもなく、ミーレに顔を洗ってもらいお着替えをさせられる。いつもの様に前髪を編み込んでもらって出来上がりだ。


「みーりぇ、もう帰んのか?」

「え? ハル、街を観光したくない?」

「みーりぇ! したい!」

「でしょぉ? 今日は街に出ましょう」

「うん!」


 ミーレと一緒にリビングにいくと、もう皆集まっていた。


「ハルちゃん、おはよーさん。よう寝たかぁ? ご飯食べよな〜」


 カエデがハルの朝食を持ってきた。


「かえれはもう食べた?」

「うん、食べたで。ハルちゃんで最後や」


 おや、ちょっと朝寝坊だったか?


「ハルちゃんはちびっ子やからいいねんで。よく寝てよく食べて大っきくなろなぁ〜」

「かえれもまらちびっ子ら」

「自分はハルちゃんより大っきいからな」

「あら、私から見たら2人共赤ちゃんと変わらないわよ」


 ミーレさん、相変わらずクールでいらっしゃる。

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