第61話 4層目へ向かう

 さて、ハルが救出されてカエデの事も一段落した。部屋にリヒトとルシカ、ハルの3人でいる時、思い出したかの様にリヒトがハルに聞いた。


「ハル、お前本当にずっと寝ていたのか?」

「りひと、何りぇ?」

「それは私も思ってました。あれだけ警戒心の強かったハルがです」

「ルシカの言う通りだ。ハルは元々警戒心が強い。だから最初に会った時、カエデの事もこっそり精霊眼で見ていたんだろ? なのに、初めての邸で俺達以外の者が部屋に入ってきて、ハルが気付かないで寝ているなんて不自然だ。本当は起きていたんだろ?」


 リヒトとルシカはやっぱり鋭い……と、言うかハルを良く理解している。


「あー……あん時、かえれが謝ったんら」

「謝った? 寝ているハルにですか?」

「りゅしか、しょう。寝ていりゅおりぇをそぅっと大事しょうに抱えて、謝ったんら。ごめん、て」

「そうだったんですか……」

「うん。こいちゅはわりゅいやちゅじゃないな、て思ったんら。おりぇを抱えて走ってりゅ時も、しゅごい大事に起こしゃない様に抱えてたんらよ。しょん時には揺りぇがちょうろよくて寝てしまったんらけろ。しゅぐに、みーりぇといおしゅが気付くらろうし、りひととりゅしかもいりゅし平気らろ? て、思って」

「アハハハ! ハル、本当に肝が据わってんな! 普通は怖いだろうよ!」

「らって、りひと。かえれらもん。怖くない」

「そっか……カエデだからか」

「ん、平気らったろ?」

「ああ。なんも問題ないさ」


 なるほど……カエデだから怖くないか。

 あの警戒心の塊だったハルが言った。何より、リヒト達がいるから平気だと。これはハルが、リヒト達がいるから大丈夫だと信頼していると言う事だ。素晴らしい進歩だ。



 やっと、伯爵領を出立したリヒト達一行。もうエルフの国に帰るのかと思いきや、ヒューマン族と獣人族の国『アンスティノス大公国』の公都近く4層目に向かうらしい。


「りひと、なんれ?」

「ああ。長老がな、どうせなら行ってこい、てさ。4層目に長老と俺達が古い付き合いのエルフがいるんだ」

「ふぅ〜ん」

「なんや、ハルちゃん反応鈍いやん」

「カエデ、ハルは大抵こんなもんだ」

「へぇ〜、ちびっ子やのに煩くせーへんのやな」

「そうですね。ハルは大抵のんびりしてますね」

「ん。らからおりぇ、目立たじゅのんびりしたいんらって」

「アハハハ! ハルちゃん老人かいな!」

「カエデ! 喋ってないでしっかり手綱を握っておけよ」

「イオス兄さん、分かってるって!」


 猫獣人が1人増えただけなのに賑やかになったもんだ。

 伯爵の領地は『アンスティノス大公国』の防御壁で仕切られた6層のうち1番外側で1番西の端だ。ヘーネの大森林に1番近い領地だ。そこから公都まで馬車で10日はかかる。その公都手前の4層目に行くらしい。

 中央には城があり、次の2層目には貴族街、3層目には国の公的な役所や各ギルド、教育施設等があり貴族御用達になっている大店の商会もある。この3層目までが公都と呼ばれており、4層目以降は庶民の街や貴族の領地になっている。

 各層の防御壁を通行するにも、門でチェックを受けなければならない。


「カエデ、お前タグは持ってんのか?」

「持ってるで。今年10歳になったから作ったばっかりや。ギルドタグがあるで」

「そうか。タグがないと入れないからな」

「大丈夫や。タグを作ってから人攫いの配送の補助をやらされとってん。リヒト様に拾ってもらった時は途中でオークに襲われてビビッて逃げて帰ってた時や。それまで賄いやっとったからな。自分で人を攫ったのはハルちゃんが初めてやったんや」

「あの時、そうだったのか」

「リヒト様、凄い偶然ですね」

「本当だな……オークに襲われていながらよく生きて森を出たよ」

「ええ、本当に」


 令嬢も無事に送り届けた事だし、急ぐ旅でもない。のんびりとリヒト達は進んでいた。いくつかの町や村を過ぎ、5層目にある小さな村に差し掛かったリヒト達一行。

 人気がない。畑の作物も枯れている。本当に人が住んでいるのか? と、疑いたくなる程だ。


「リヒト様、この村は酷いですね」

「ああ。一体何があったんだ……」


 それでも、パカパカと馬車と馬は進む。

今、ハルは馬車でカエデとお昼寝中だ。

 カエデは元気にしていたが、リヒトが鑑定眼で見ると栄養失調状態だった。それでルシカに栄養たっぷりの食事を与えられ、滋養強壮の薬湯を飲まされ、食べてはハルと一緒にお昼寝をするという日々を送っていた。

 本当ならゆっくりベッドで寝る方が良いのだろうが、カエデ自身が嫌がった。


「自分は元気や! どこも悪くあらへん!」


 と、言って聞かないのだ。それで、せめてハルと一緒に寝ていろという訳だ。リヒト達に受け入れられ、安心した事もあるのだろう。身体が睡眠を欲するかの様に良く寝た。よく食べてよく寝てよく喋った。

 馬車があって良かった。馬車の中にクッションを引き詰めてハルとカエデは昼寝をしていた。


「リヒト様、村人ではないでしょうか?」


 村の中央付近に差し掛かった時だ。村人がリヒト達の前に立ちはだかった。


「頼む! 待ってくれ!」


 リヒト達が何事だと止まった。


「失礼をすんません! エルフ族の方じゃねーですか!? どうか、どうか! 村長に会ってもらえねーだろうか! 相談にのってほしいんだ!」

「村長に……どうした? 私達はただ旅をしているだけなのだが」

「噂ではエルフ族の方々は、俺らヒューマンにはない能力をお持ちだと聞いてます!」

「それはどうか分からんが」

「話だけでも聞いてはもらえねーだろうか!? 村の……村人の命に関わる事なんだ!」

 

 そこまで言われてしまうと、リヒト達は断れない。仕方なくリヒト達は村長に会ってみる事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る