第14話 自由だ!

 リヒトもハルの前に座って食べ始める。ハルの横には、いつの間に来たのかミーレが陣取って食べている。


「ハル、美味しい?」

「うん、みーりぇ。じぇっぴんら!」

「ルシカ、絶品ですって」

「アハハハ。それはそれは、ありがとうございます」

「りゅしかは料理がうまいんらな!」

「趣味だったのですがね。このベースに来てからよく作るようになりました」

「なんれ?」

「リヒト様の夜食やオヤツですね」

「みーりぇは作りゃないのか?」

「ハル、女だからといって料理ができるとは限らないわ」

「いやいや、ミーレ。何、言ってんだよ。料理だけじゃなくて、掃除や裁縫も駄目じゃねーか」

「リヒト様! お洗濯はできますよ!」


 いや、それも胸を張って言う事だろうか?


「私ができますから、いいのですよ」


 ルシカは優しい。フォローにはなっていないが。


「ハル、食べたらベースの周りを散歩してみるか?」

「外か!? いきたい! でっけーのは出りゅのか?」

「いや、ベースの周りには結界があるから魔物は入ってこれないんだ」


 結界とな!? ハルには全く馴染みがない。当然だ。魔物なんていない世界に住んでいたのだから。


「目印にな、赤い木のポールが立っている。そこから出たら駄目だぞ。結界の外になるからな」




 ハルはこの世界に来て、初めて自分の意思でしっかりと地面を踏みしめた。リヒトに下ろしてもらい、ゆっくりと一歩ずつ歩く。

 小さな身体は意外にもハルの思う通りに動いてくれた。

 外の空気の匂い……おひさまの匂い? 樹々の匂い? 落ち葉の匂い?

 どれも、何もかもがハルには新鮮だった。

 何よりも……身体が思う通りに動く! 前世ではほとんどなかった事だ。いつも重怠く息苦しさを感じていた鉛のように重い身体。それが……この世界に落とされてからは全くない。

 俺は自由だ……縛られない。監視されない。管理されない。その上、この小さな身体は健康らしい。


「ピルルル」

「こはりゅ」


 リヒトが少し遅れてゆっくりとハルの後をついて歩く。

 ベースと呼ばれている拠点の周りは平らにならされていて歩き易い。草も短く刈ってあって芝生の上を歩いている様だ。

 300m程先だろうか。リヒトが言っていた赤い木のポールが立っていた。ハルの肩位の高さだ。その向こうは森。何も知らないハルが1人で入ると絶対に戻ってこれないだろう。


「どの国にも冒険者がいるんだ。森の中に自生している薬草を採取したり、魔物を狩って売ったりしている。冒険者がここより奥の森に入る時にも必ずベースで手続きをする。予定を申告してもらうんだ。予定を過ぎても戻って来なかったら俺達が捜索に出る。それも、ガーディアンの仕事の1つだな」


 リヒトの話を聞きながら、ベースの周りをゆっくりと歩く。

 コハルが肩にのっている。ハルは気付かないうちに、柔らかく微笑んでいた。


「このベースの周りで野営する奴らもいるんだ。ここなら結界がある。安全だからな。その為に広場も作ってある」


 なるほど……確かにベースの周りは広く空間を取ってある。

 

 ハルがゆっくりと、ポテポテと歩いている。時々、立ち止まって空を見上げる。ゆっくりと大きく息を吸っている。


『なんだ……?』


 そんなハルを後ろから見ていたリヒト。ハルが深呼吸をする度にハルの存在がハッキリとしてくる……なんて、不思議な感覚がした。

 ハルは自分で元気だと言うが、今にも消えてしまいそうで不安定な危なっかしさが感じられた。

 それが……この世界に馴染む様な、根をおろす様な、しっかりとしたものに変わっていく気がした。


「よし、もう大丈夫だな……」


 リヒトの言う通り、ハルの顔色も今までとは全く違う。眼の輝きも表情もだ。

 他人を寄せ付けない、敢えてパーソナルスペースを広くとる。そんな警戒心の強い尖った雰囲気が薄れていた。


「ハル、気に入ったか?」

「ん、きりぇいな世界ら」

「そうか、綺麗か。馬見るか?」

「馬!? 見りゅ! 見たい!」

「よし、ベースの並びに厩舎があるぞ」


 リヒトに手をひかれてベースが建てられている樹の並びを見る。

 厩舎らしき建屋が見える。


「うわ……! しゅごい! めちゃきりぇいら!」

「綺麗か?」

「うん。馬がピカピカら。真っ白ら」


 厩舎の中は複数の馬房が連なって並んでいる。一つ一つの馬房には真っ白な馬だ。しかも……


「馬なのに、角がありゅ」

「ああ。ユニコーンだ」


 ユニコーンは、一角獣とも呼ばれ、額の中央に一本の角が生えた馬に似た伝説の生き物である……はずだ。

 その伝説の生き物が目の前に何頭も並んでいる。

 ユニコーンは、額の中央に螺旋状の筋の入った一本の鋭く尖ったまっすぐな角を持ち、紺色の目をした輝くばかりの白い馬。

 その特徴的な、鋭く尖った角は強靭で、どんなものでも突き通すことができるのだという。角には蛇などの毒で汚された水を清める力や、痙攣などのあらゆる状態異常や病気を治す力を持っているという。


「しゅごい……」

「こいつらには翼はないが、飛べるんだ」


 えぇッ!! ハルが大きな目をして驚いている。


「有翼のユニコーンもいるが、希少種でな。皇帝陛下とその直系の家族だけが乗れるんだ。なにより、こいつらはエルフ族にしか心を許さないんだ」

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