第38話 Day30 ガルデニア領館にて




 街道開通式典の夜会の後、キャスティアの爵位剥奪が発表され、ミュゲヴァリ領は、その南のドランジュ家が引き継ぎ、アデニシャン領ローゼン地方と新たに名付けられた。



 1か月後、アンリは、ガルデニア領都を訪れていた。


 夜会には、余裕綽々の体で現れたアンリだったが、夜会で耳飾りを贈るという一世一代の勝負をすると聞いたシェラシア官僚と大臣たちが、山積みの仕事など後回しで構わぬ、と背中を押してくれたおかげで、エマに会いに行くことができたのだった。

 しかし、夜会でエマと別れた後は、アンリはグラン・ホテル・シエンタに缶詰めとなり、エマとろくに話す時間もなく、そうこうする内にエマも領都に帰って行った。




 アンリは、馬を厩舎に預けると、ガルデニア領館の扉の前に立っていた。


 領館の裏手にドポム家の屋敷があるが、昼前のこの時間なら、ギヨームもエマも領館にいるだろう。

 シエンタでの荒技の後であるから、まずはギヨームに丁重に挨拶をすべきと考え、ギヨームの執務室を訪ねた。



「やあ、アンリ殿、久しぶりだね。ガルデニアへようこそ。」

「ガルデニア伯爵、お久しぶりです。シエンタでは、何ぶん、時間に追われて、ゆっくりお話しする機会が持てず…」

 握手は、アンリが思っていたより、長く強い。ラトゥリア流というわけではなく、妹を横盗りする輩に対する兄からの牽制なのだろう。


 緊張感ある握手ではあったが、ギヨームは笑みを絶やさない。



「さて、アンリ殿、本題に入ろうか。」

「はい。今日はお願いに参りました。先にこちらの事情をお話しすると、アデニシャン領ローゼン地方の話です。これは、兄ダニエルが管理するものですが、いずれ、分割して私が継ぐ予定です。」


 ギヨームは頷く。

「うむ。おめでとう、というべきかな。」

「ご存知の通り、ローゼンは、シエンタから国境を越えた先の街道を含む地域で、街道経済の活性化が最重要課題となります。」


「で、エマを連れて行きたいと?」

「… エマニュエル嬢がそれを望んでくれるのなら、それが最終的な私の望みです。しかし、差し当たってのお願いとしては、シエンタでガルデニアの数々の施策を学ばせて頂きたい、それが私の今日のお願いです。」


「ふうん… エマもはっきり言わないのだが、きみたちの間はどうなっているの?」

「もう少し時間をかけて、結論を出す、と。その上で、正式な申し入れを家を通してさせて頂きたく。」


 ギヨームは首を傾げる。

「端から見ると、もう出ているように見えるよ。」

「彼女が納得する道筋を用意するのが、私の役目だと思っています。 彼女にも、彼女のやり方や、やりたいことがありますから。」


 ギヨームは、声を上げて笑う。

「妹は、この件について僕に相談してくれないんだよ。彼女の決心がついたら、僕が反対しても聞かないだろうしね。」

「反対ですか?」

「反対だよ!」

 ギヨームは、笑いながら答える。


 アンリが返事をする前にギヨームが続ける。

「長すぎる春は、妹には必要ない。すぐに、ローゼンで働いて来なさい、と言いたいね。そして、姉より早く僕に甥か姪を見せに来て欲しい。」


 アンリは、安心したように息をつく。


「ありがとうございます。しかし、半年はガルデニアで過ごさせてください。秋祭りを含めて彼女のやり残した仕事を整理する時間と彼女にとっての甥っ子、姪っ子と過ごす時間がある方がいい。」


「確かにね。我が家は、年末に家族が増えるからね。」

 家族第一のドポム家としては、外せないイベントだろう。


「それで、きみは近衛騎士としての将来はもういいのかい?」

 アンリは一呼吸ついてから答える。

「充分です。中央政治にも興味ないですから。」

「もったいないと思うよ?」

「エマニュエルを中央に連れて行きたくはないですからね。」


「ま、2人なら、どこで何をしても楽しくやると思うけどね。さ、とりあえず、今日は、ここまでにして、エマに顔を出して来たらいい。君のガルデニア滞在については、明日、エマと一緒に話し合おう。」


 ギヨームは再度アンリに握手を求める。

 アンリが握ると、やはり強く長く握り返される。


「早く決心させて、連れ帰りなさい。式典以来、釣書の数が増えているからね。」


「はい。」

 まだ、ギヨームは手を離さない。


「まあ… ダニエルの弟以上に安心できる男はいないと思ってるから。」

「っ!」


 その体格からは想像もできない力で握られ、アンリは思わず、息を飲んだ。


「じゃ、エマは、廊下の突き当たりの部屋にいるはずだから。」




 男同士の密談はこれで終わった。




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