第37話 Day7 パーティーの余韻 H&J



 アンリが対策本部を出てグラン・ホテル・シエンタの片隅の小部屋に戻ったのは、明け方近くだった。


 上着を脱ぎ、身体を投げだそうとしたとき、その長椅子に先客がいることに気づいた。


「おい、ジャック。」

 紺色の騎士の正装の塊は、揺さぶるともぞもぞ動く。

「あぁ… 眠い…」

 


「自分の部屋へ戻って寝ろ。」

 アンリは既に着崩していた正装を脱ぎ、ジャックの上に放り投げる。


「ん、お前と話そうと思って来た… 」

 ジャックはアンリの服に埋もれながら答える。


 アンリは向かいの椅子に腰掛け、頭を背もたれに預ける。


「じゃ、手短かに… 一つ目は、エマニュエル嬢との噂の件だが、誤解は解けてるようだから、弁解はいらない?」

「ああ。いい。」


「二つ目、今回の沙汰。お前、聞いといたほうがいい話だ。」

「なんだ?」

アンリは目を閉じ、ジャックを促す。



「まず、キャスティアの処分。爵位は剥奪。東のテルマ島に

蟄居。唯一の血縁の孫は、沙汰なし。家はなくなるから、遠縁の男爵家に引き取らせる。公表するのはもう少し先。」


「問題のミュゲヴァリ領の扱いは揉めてる。一つ目、シェラシアの第一王子らは、お前とエマニュエル嬢が結婚する前提でお前を新領主に推してる。二つ目、国王はダニエルに治めさせようとしてる。三つ目、ニーレイ以外の商家とベントレ侯爵家は王領にしろと言ってる。頭に入ったか?」

「三つの派閥な。」

 ジャックがアンリを見ると、目を瞑っている。


「国王は東のナイム王領をお前に当てて侯爵にしたいんだと。それもまあ、エマニュエルを同伴させて治めさせるつもりだと思う。あそこは不安定だからな。」


「… それは、俺がエマに断られるという可能性はないという前提か?」

「ないだろう、という見立てだな。お前とエマニュエル嬢という組み合わせは、まあ、期待値が大きいよな… 王家から見たら、問題地域に送り込みたいわ。適材適所。」


「シェラシア王家にエマを言いように利用されるのは御免被りたい。」

「だから、ダニエルも画策してる。ギヨーム殿に顔向けできんだろうしな。」


「最善は、俺がミュゲヴァリを治める、次点は、ダニエルが一旦治めて俺はどこの領地も持たず分爵を待つ、か。」

「相変わらず、飲み込み早いな。」


「とりあえず、今は寝る…」


「待て! まだある。」

「ん?」


「ベントレ侯爵の長男カミーユが、シエンタに来てるのを知ってるか? ミュゲヴァリを王領にしろと言っている派閥の筆頭、多分、裏に第三王子もついてる。夜会で、お前がエマニュエル嬢に声を掛けるとき、彼女に近づいていたんだが気がついてたか?」


 アンリは、エマの名前が出たため、重たい目を開ける。

「おい、頭が回らん。その話は今はいい。寝かせろ。もう限界だ。 とにかく、王領になったら、エマも奪われかねん、ということだろ?」


「そう言うこと。 ま、明日だな。とにかく早く、婚約を書面に残しとけ。」

 ジャックも長椅子から動き出し、のそのそと部屋から出て行った。





「ちょっとは、余韻にひたらせろよ… 」

 アンリは左頬に手を当て、眠りに落ちていった。

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