第35話 Day7 パーティーの余韻 G&J



 ギヨームは、夜会会場で参加者を見送り終わった。


 この夜会は、ラトゥリア王国とシェラシア王国が協賛する、半公式の夜会であるため、行儀のよい会である。だが、どんな夜会でも、会場から出ていかない酔客が常に何組かはいるものだ。


 まさか、その酔客の一人が、共催者であり、自分の親友でもあり、近い将来自分の妹の義兄になろうという男だとは、予想もしてはいなかった。


 相手をしていたジャック・マーロウが、手の空いたギヨームに手を挙げ合図する。その隣には、長椅子に腰掛け、頭を垂れたダニエル・ドランジュがいる。


 酔客相手をさせられないため、一緒にいたエマとジェニーには先に部屋へ戻り休むように伝える。妹二人も、今晩は語るべきことがたくさんあるだろう。

 ダニエルに付き合うよりは、妹二人と過ごしたいが、アレを見過ごすわけにもいかない。



 近づくと、ジャック・マーロウが囁きかけてきた。

「部屋に連れて行けば、寝ると思います。私は、まだ仕事が残っているので…」

「じゃあ、ご一緒に! 私一人でこの大男は無理ですよ。」

 ジャック・マーロウにここで逃げられてはたまらない。


 ジャックは、見るからに優男であるギヨームの体格を見て、察したようだ。

「刺激して起こさないように、行きましょう。」


 右にジャック、左にギヨーム、二人でダニエルを抱き抱えて立ち上がらせる。


「ああ? ギヨームか。いいところに来た。」

 寝ておけよ、と思いながら、ダニエルの酒臭い顔を見ると、涙の跡がある。

 最愛の妹を嫁にもって行かれるこちらの身にもなれと言いたい。


「飲み過ぎだ。部屋に戻るぞ。」

 ダニエルは大人しく二人に従い、ふらつきながらも足を進める。夜会会場から部屋まで、別棟まで移動して、さらに3フロアを階段で上がるのは辛いが、相棒は現役の辺境騎士団将校だ。力技は任せたい。


 会場の外の廊下には、程度の差こそあれ、酔った人々が長椅子でまだ話し込んでいたり、睦み合っていたりする。会場を出るという常識を残しているだけ、この男よりタチがいいと言える。



 暫く歩いても、ダニエルが絡んでくる気配はない。ほっとして、ジャックを見ると、同じことを考えていたようで口角を上げた。


「ガルデニア伯爵、この度は、妹君の件でご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」


 ギヨームがうっかりしていたがために拡散されたデマのことを言っているらしい。


「こちらこそ、迂闊な私の発言で、マーロウ卿にまでご迷惑を…私のことは、ギヨーム、と」


 例の事件を通じて、妹たちとは、そこそこ関わりがあったらしいこのシェラシアの筋肉子爵と、ギヨーム自身はほとんど話をしたことがない。今後のことを考えると、ダニエル、アンリの従兄弟とは良好な関係を築いておくほうがよい。


「恐悦です。 私のことも、ジャックと呼んでください。ダニエルから、ギヨーム殿のことはよくうかがっておりました。シェラシアの貴族社会でも腹の探り合いが多く、男同士は血縁でもない限り、なかなか親友と呼べる付き合いはできませんから。そんな友を持つダニエルが羨ましいです。」


 まあ、常識人のようだ。

「いやいや、まあ、コレとは腐れ縁でね。それにあなたと私も、遠戚になる日が近づいているようですよ。」


 ジャックが廊下の先を見つめながら答える。

「仲の良いご兄妹だ。寂しくなられるでしょう。」

「… まあ、まだあまり考えたくないですね。相手がアンリ殿なのは、不幸中の幸い、考えられる範囲で最高の巡り合わせでしょうが、ね。」


 やはり、今晩は相手が誰であってもこの話題なのだろう。


「アンリは、真面目で優秀ですよ。今まで、浮いた噂の一つもなく、仕事一辺倒です。文官にせよ、武官にせよ、シェラシアでの成功は間違いない、と言われています。まあ、本人に、その欲はあまりありませんが。 」


「そんな方が、うちのエマニュエルに惚れ込んでくれるとは、ね。」

 妹が嫁ぐのに、うだつの上がらない男でも困るが、あまり野心があり過ぎても苦労する。その按配が難しい。



「シェラシアは、ラトゥリアに憧れをもった国です。ラトゥリアの才媛、ユージェニー嬢とエマニュエル嬢の評判は、お二人が幼い頃から我が国にも届いていました。似たように、貴族社会でちやほやされていた秀才肌のアンリは子どものころから引き合いに出されて面白くなかったのかもしれません。」

 ジャックの話は、ギヨームには初めて聞くことだった。

 

「周囲の大人の手前、口には出しませんでしたが、エマニュエル嬢に一番憧れてたのは、アンリです。少しでも、秀でるところがほしくて、武官を選んだんじゃないかと、想像しています。本人は認めないかもしれないでしょうがね。」


「そうだったんですか。うちのあのお転婆をね… 」

 アンリの惚れた腫れたがこの一週間の話ではない、と聞いて、少し安堵した。



「あの、ご兄弟のように育ったジャック殿の目から見て、アンリ殿はどのような… ご性格ですか? この通り、私はどう見ても、武官にはなれない気質、体格です。ドポムの男は穏やかで真面目が取り柄なんですよ。そんな中で、育った妹なので、なんと言いますか… 」


 ジャックが筋肉将校なのを思い出し、歯切れが悪くなる。


「温厚な紳士ですよ。直情的なところはあまり見ないですね。意思は強いですが。」



「アンリ殿は、妹を一生、大切にしてくれますかね…」

 ジャックの誠実な話ぶりに絆されて、ギヨームは、思わず、問いたい本音をぶつけてしまう。


「大切にしますよ。エマニュエル嬢のよいところを壊さないために、何をしてでも守り抜く、そういう男です。領館への往復は、ギヨーム殿にお見せしたかったですね。」


「え?あれもアンリ殿が?!」


「ええ。他の男と馬に乗るのは許せなかったんでしょうね。宝物を抱えるかのように護衛してましたよ。エマニュエル嬢がご存知かどうかはわかりませんが。」


「抱える…」

「ああ、まあ、かなりの速さで走りましたからね、馬場の中で駈るような優雅なものでは…」

 男女で馬に同乗することをギヨームがどう評価したのかわからず、ジャックは言い訳がましくなる。


「いやいや、その点は、安全に連れ帰って頂いて感謝してますし、むしろ、アンリ殿でちょうど良かったのでしょうね。」

 ギヨームは慌てて否定する。

「熱心に求愛行動をしていますが、中身は女性慣れしてない少年みたいなものですから、安心頂いてよいかと。」

「ハハ、求愛行動ね、まるで、鳥か虫のような言い草ですね。」

「カブトムシみたいなもんです。」

 二人は、声を上げて笑った。



 ジャックのおかげで難なくダニエルの部屋に着いた。

「きっと、僕が思っていたよりも遥かによい縁です。それを教えてくれたジャック殿に感謝します。」

「いえいえ。身内贔屓の戯言かもしれませんから。ギヨーム殿の目でお確かめください。さて、部屋に着きましたが、コレをどうしますか?寝台に転がすだけでいいですかね?」



「いいでしょう。我々はまだ仕事がある身だからね。」


 二人は手荒にダニエルを寝台に放り投げ、部屋を後にした。








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