第34話 Day7 パーティーの余韻 D&J



 ジャックが夜会のバルコニーの出入り口に立っていると、ダニエルが足早に戻ってくるのが見え、声を掛ける。


「ダニエル様、大丈夫ですか?」

「おう、ジャック。中に入ろう。」


 二人で、混み合う会場を、バーカウンターに向かうが、途中でウイスキーを持った給仕を見つけると、ダニエルはグラスを二つ取り、手近な長椅子に座る。


「また、何かから逃げてる?」

 四歳違いとは言え、従兄弟同士で子どもの頃からの付き合いの彼らは、二人きりのときは、ダニエルとアンリ以上に兄弟らしい付き合いだ。


「知ってるだろ? うちの奥方が俺にぞっこんなのを。未婚、既婚問わず、貴族女性と親しげに喋ってるのがバレたら、大騒ぎだ。いつもの通り、自分の言いたいことを言ったら、逃げるんだよ、俺は。」

 ダニエルは、ウイスキーを勢いよく飲み干す。

 そんな話か、とジャックは思ったが、飲みたい気分のこの男を放り出すわけにもいかない。


「相変わらず… シェラシアじゃなく、ラトゥリアに生まれていたら、良かっただろうに…」

「ここだけの話、そう思う。弟みたいな銀髪じゃないが、これでも昔は、人気があったんだよ… 下心とまではいかないが、お喋りを楽しむぐらいはしたいんだがなあ。 」

 ジャックもウイスキーを口に含む。


 ダニエルは、ジャックの方に近づき、座り直す。

「ところで、アレの話は、どうなってた?」

「アンリの? エマニュエル嬢との?」

「そう。」


 ジャックも周りを見渡し、声を落として話し始める。

「まあ、僕の噂については、ご存知の通り、デマ。アンリとは、この二日ろくに話してないから、後でいろいろ言われると思うけど。」


 ダニエルと5歳差の弟とは、弟が13歳の年に王都の寄宿学校に入って以来、数えるほどしか会っていない。思春期だった弟と兄は、なかなか距離が縮められないまま大人になり、弟の恋愛相談を受けたかったダニエルはその機会を完全に失っていた。


「あのさ、お前はいつから知ってた?いつからそんな風だった?」

 拗れた兄弟愛に巻き込まれるのは御免被りたいが、ジャック以外に答えられる者もいない。


「いつから? アンリが、エマニュエル嬢のことを気にし始めたのは、10年前でしょう。それが恋心になったのは、このシエンタのはず。」

「シエンタ、って? いつ接点があった? アレは、任務で潜伏してただろ?」

「赤髪に変えてね。だから、僕と間違われたわけだし。」


 ダニエルは給仕を呼びつけ、酒のお代わりをもらう。

「アレは、赤髪でエマちゃんを口説いてたわけ?任務の合間に?」

 そんな呼び方をするから、奥方に要らぬ心配をさせるわけだが、それは本人は気づいていない。

「まあ、そういうこと。」

「エマちゃんは、アレが誰だかわからずに口説かれてたと?」


「それが、良かったんでしょ。爵位とか、領地とか、財産とか、将来性とか、関係なく、人となりで勝負したかっただろうし、相手もそれで勝負できる男を待っていたんじゃないかな。」


 ダニエルは、次々と杯を空ける。

「そんな、話あるか… 俺がエマちゃんの兄だったら、どこの馬の骨ともわからんヤツと心を通い合わせるなんて許さん。いい男を先に見繕うわ。」

 ダニエルは視界に入ったガルデニア伯爵を目で追う。


「だから、10年前に打診があったでしょ?それを断ったのはおたくの弟さん。」

 ジャックは、あまり飲ませると後が厄介だと思い始め、ガルデニア伯爵にアイ・コンタクトを試みるが、ホストとしてゲストの見送りに徹している間は助けてはくれないだろう。


 給仕から、さらに二杯受け取るダニエル。

「俺の弟は、アホか?」


「アホでしょうね。」

 酔うまで飲めるダニエルが羨ましい。


「お前が弟だったら、良かったわ。」


「僕は弟としては無難だが、僕では無難過ぎて彼女を落とせなかっただろうな。」


「アレは、一体何をやったの?」

 ダニエルはにじり寄ってくる。


「待ち伏せして、追いかけて、5日間、花、宝石、詩を送って、一晩中馬に乗せて走って、身を張って守って、障害になる男を捕まえて… 最後に夜会中の男を牽制して…まあ、ありとあらゆることを。」


「執念深過ぎ。それを7日間で? やっぱりアホだな。」

 もう一杯また空ける。


 ジャック自身も喋っていて面白くなってきた。今回、デマのせいでエマニュエルから不当な扱いを受けたその報いとして、一つくらい、従兄弟の秘密をバラしてやりたい気持ちになる。


「で、赤髪のあいつが名乗った名前が、トゥルバドゥール。」

 今、考えても気障過ぎて笑える。恋する初心な乙女以外、誰がその名乗りを受け入れるだろうか。

 名乗って、拒絶されなかった時点で勝敗がついていたように思える。


「昔の騎士が、愛の詩をご夫人に送ったってやつな。吟遊詩人トゥルバドゥール。これは、黒歴史だろ!初恋拗らせの万年思春期野郎だ! 愛すべき我が弟…」


 ジャックは、我が従兄弟が、弟の幸せを思って、静かに涙しているその肩を抱いてやった。


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