第31話 Day7 チェックメイトは誰が?




 エマは、アンリと別れ、式典会場に滑りこんだ。


 ー ふわふわしない。自分のやるべきことをしよう。


 これまで、王都の社交を避けていたエマだが、シエンタや、シェラシアの商家との繋がりは深い。ジェニーと共に何組かの貴族と話した後は、ジェニーと分かれ、宿場と貿易関連の要人を回る。


 キャスティアは、表向きは街道開通の協力を示していたが、経済施策も治安対策も実態としては全く進んでいなかった。ミュゲヴァリ領が今後どうなるかはわからないが、シェラシア商人との関係が、今後の街道経済を左右する。自国、自領良ければそれで良し、とはいかない。


「エマニュエル・ドポム夫人、ご機嫌よう。今晩の首飾りはまた格別ですな。ご夫人の力量、名声に相応しいイエローダイヤモンドではありませんか。」

シェラシア経済界の大御所、ニーレイ家当主が言う。


 ー 夫人、はやめて欲しい… タイミング的にも。


と思いながらエマはにこやかに答える。


「ありがとうございます。ニーレイ殿。」


「素敵な贈り物ですな。あなたの真価を知る方なのでしょうね。この度のガルデニア領での施策は、大変好評ですよ。夫人の功だとシェラシアでは噂になっております。」


 ー 贈り物とわかるの? って??


「ありがとうございます。私は、いくつかの考えを商工会に持ち込んだだけですわ。シエンタは、商工会が活発なのですよ。そのおかげです。」

「いやいや、ドポム家の支援が起爆剤としてしっかりと機能しておられる。ミュゲヴァリにも見習ってもらいたいものですよ。」


 キャスティアが拘束されたこと、悪事に加担していたことは、まだ公表されていない。そのため、今夜彼が出席していないことは、シェラシア商人たちの反感を買っている。


 ー と言った。ではなく?気のせい? なんだか、さっきから言葉尻が気になる… たぬき親父と呼ばれるだけあるわね。下手なことを言わないほうが良さそう。


「道を作るだけで、成し遂げられることは多くありません。街道の目的は、さらなる経済発展ですから、それに投資する重要性は、私たち貴族も理解していて当然でしょう。今後の取り組みについて、私にお力添えできることがあれば、ご相談くださいませ。」


 他国領には口出しできない。ただ、先行しているガルデニアから、施策の助言はできるかもしれない。ミュゲヴァリやアデニシャンの協力なしには、発展は行き詰まるのは間違いない。


 ニーレイは、アデニシャンやシェラシアの他の地域の商人を次々とエマに紹介していく。ガルデニア領は、港への陸路が貧弱だが、アデニシャン領は大型の商船が入る港があり、陸路も発達している。

 エマが初めて会う商人の中には、東方、南方との海運で財を成した者もいる。シエンタが彼らの販路に組み込まれれば、シエンタ、ひいてはラトゥリアにとって、大きな進展となる。




 何人かの商人や資産家と話している内に、夜会も佳境を迎えていた。真面目な商談をしているのは、エマの周りだけで、大半はダンスや酒に高じている。


 エマらの話に区切りがついたことに気づき、何人かの貴族がエマにダンスを申し込もうと、近づいてきた。


「エマニュエル・ドポム嬢、」

 近づいてきた貴族とは、別の方角から声がかかり、エマは、振り返る。


 正装したアンリだった。手には白い薔薇がある。


「ご機嫌よう。アンリ・イザク・ドランジュ様」

 

 動揺を隠して微笑み、挨拶する。先ほどの疲れ切った騎士ではなく、まばゆい貴族の彼だった。


 アンリは薔薇をエマの手に渡す。そして、胸ポケットから、小さな天鵞絨の箱を取り出し、蓋を開ける。

「私と、踊ってくださいませんか?」


「えぇ、もちろん。 これは、私に?」

 天鵞絨の箱には、今,エマが着けている首飾りと揃いの耳飾りがあった。


 手に薔薇を渡されているから、耳飾りを受け取ることができない。


 ー どうしたら??


「私に、着けさせて頂いても?」

 戸惑うエマに、アンリが微笑む。



 彼のしようとしていることは、ラトゥリアのお作法にはない。社交していないエマにも、非常事態だとわかる。周囲は何ごとかと話を止め、ダンスを止め、見守っている。

 楽団の奏でる音楽だけが聴こえる。


 先ほどまで話をしていたシェラシア商人たちの視線を感じ、そちらを見遣ると、にんまりと頷いて見せる。早く『はい』と返事をしろ、という意味だろう。


「ええ。」

 戸惑いながら答えると、アンリは身を屈め、エマの右耳に飾りをつける。その瞬間、エマは近づいてきたアンリの耳に囁いた。


「やり過ぎでは?!」


 笑顔で左耳にも同じようにするアンリ。

「これで、ジャックの話が根も葉もない噂話だと、知れ渡るだろう?」


 両耳に耳飾りをつけると、アンリはそのイエローダイヤモンドの輝きを確かめ、エマの髪を整え、満足気に微笑んだ。


 シェラシア商人が口笛でひやかすと、便乗した貴族たちからも口笛が沸き起こり、やがて夜会らしいざわめきを取り戻してゆく。


 アンリに手を引かれるまま、ホール中央に向かい、二人はダンスを始める。

 ワルツを踊りながら微笑み合う二人の姿を、多くの人が横目で眺めている。








「エマニュエル嬢は、誰と踊っている?」

「シェラシアの貴族だろう。さっきのアレは、ラトゥリア社交界じゃ見ないからな。さすが、シェラシア人は情熱的だよ。」


「待て待て、ラトゥリアじゃやらないのか?」

「そうだな、揃いの耳飾りだったら、夜会前に贈っておくのが一般的だよ。」

「なるほど。こちらは、大衆の前で着けるのが醍醐味さ。断られたときは、目も当てられないから、よほど自信がなければやらないが。」


「先に花を渡して、受け取る手を塞いでおく、というやり方は斬新だな。」

「そうだな。箱ごと受け取られては困るからな。」

「あれでは、耳に着けてもらう以外の選択肢がないからな。賢いな。」



「これから、互いに行き来すると、こういう習慣の違いも楽しめるな。」

「いやいや、シェラシア男性の情熱ぶりに、ラトゥリア女性が靡いたら困るのは、我らラトゥリア男性だ。」





「ドランジュ家の次男ね。」

「近衛隊長だそうよ。社交はほとんどなさらないのよ。」

「あんな美丈夫なら、是非ご一緒したいものですわね。」


「先ほどのアレ、ご覧になったでしょう? 難しいと思いますわ。」

「アレ、どういう意味ですの?」

「夜会で耳飾りを贈って、その場で男性が女性に着けるのは、他の男の声など聴かせない、という周囲への牽制ですわ。事実上のプロポーズです。」

「まあ…」


「アレの後は、他の男性はダンスに誘わないのです、シェラシアでは。」

「シェラシアでは、デビュタント前の娘には、親も承知の本命以外からは、夜会で耳飾りを絶対に受け取らないように、とよく言い含めるんですのよ。」


「エマニュエル嬢、それをご存知なのかしら…」

「ご存知ないでしょうね… 」

「鉄壁のエマニュエル嬢には、そのぐらいしないと、響かないと思ったのでしょうね…」



「エマニュエル様、ジャック・バーロウ様とのお噂がありましたが、やはり、単なる噂でしたのね。」

「そうね、バーロウ卿はお相手いないのかしら?」

「先ほどの、アレ!あんな情熱的なアプローチされてみたいものですわ!」







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