第29話 Day7 ファンファーレ



 エマはスカイブルー、ジェニーはライトグレーのドレスを身につけ、式典会場へ向かう。夜会の前にもう一度着替えることを考え、エマは、トゥルバドゥールの首飾りは夜のために取っておく。


 ジャック・マーロウの噂のこともあるため、彼の髪、瞳、マーロウ家の紋章の色など、彼を連想させるものは徹底して排除した。


「エマ、今日はあの噂で持ちきりよ。何か言われても、知らぬ存ぜぬ、よ。ホストとして、私たちから、方々に挨拶周りしなくちゃいけないから、地獄のようだけれど…」

 二人は、頷き合って、庭園の門をくぐった。



 式典の開始まで30分。集まってきた貴族に挨拶しながら、会場を進む。あからさまな視線が集まるが、エマは毅然としている。直接、エマの婚約について触れる貴族は思いの外、多くはなかった。


 妨害工作の件は客には伏せられていたが、各軍の制服隊があちこちに配備され、内情を知る者には緊張感がある。しかし、もともと軍服万博と揶揄されてきた式典だけに、招待客には、一つの見所のように捉えられているのかもしれない。

 



「やっと会えた!」

 ギヨームが二人を追いかけてきた。

「お兄様! 私たちも探してたの!」

「お前の噂、あれは何なんだ?聞いてないよ!」


 エマとジェニーは、両側から兄の腕を取った。

「私たちもよ!! てっきり、早とちりのお兄様がやらかしたんだと!」

 ジェニーは、ギヨームの胸ぐらを掴む勢いだ。

「待って。薔薇の送り主、ジャック・マーロウじゃないのか?」



「「違う!」」

 姉妹の声が揃う。



「兄様、迂闊なお喋りはしてないでしょうね?」

「え?」

 ギヨームの目が泳ぐ。



 ダニエル・ドランジュが近くを通り過ぎようとしていた。ギヨームがすれ違い様に目で合図すると、ダニエルは連れと別れ、兄妹の輪に加わる。


「ダニエル、エマニュエルについて、出所のわからない話が出ているんだ。心当たりはないか?」

 ダニエルも驚いた様子だ。


「いや、てっきり、話なのかと、鵜呑みにしていたぞ。お前も、ジャック・マーロウを候補に挙げてたじゃないか…随分と急な話だとは思ったが…」


 エマにとって、ダニエル・ドランジュは、昨日まではただの兄の友人だったが、本当にトゥルバドゥールがアンリ・イザクならは、ダニエルはトゥルバドゥールの兄だ。ダニエルの顔立ちにトゥルバドゥールを重ねてしまう。


「兄様、どういうことですの?」

 ジェニーは、ダニエルの発言を受け、兄に噛み付く。


 その剣幕を見たダニエルが助け船を出す。

「いや、それは、私から答えよう。エマニュエル嬢を心配していたギヨームに相談を持ちかけられてな、私が、がある、と答えたんだ。」


 助け船に釣られて、ギヨームが続ける。

「それで、は、ジャック・マーロウか?と尋ねたのさ。 その会話が漏れたのか?」

「あるだろうね。私たちはラウンジで話していたし、ギヨームは、ほろ酔いで、声を顰めてもなかったからな。」



 ジェニーが、細い靴の踵でギヨームの足を踏みつけた。

「っ…」

 ギヨームは、顔をしかめる。



「ダニエル様、今日、弟御のアンリ・イザク様はご一緒ですか?」

 エマが問うと、ダニエルが返答に窮した。


「それは、私からは答えられない。 ジャック・マーロウの件は、耳にする機会があれば根も葉もない、と否定しよう。とばっちりではあるが、ジャック・マーロウはほとぼりが冷めるまで、表に出ないよう伝えておくよ。では、失礼。また後ほど。」

 ダニエルは、最後は早口で喋り切り、足早に去って行った。



 エマとジェニーは顔を見合わせる。

 ー なぜ、ダニエル様は、アンリ・イザクの話を避けるの?


 ギヨームは、何の話かと妹たちに問うたが、どちらからも返事は貰えなかった。










 ファンファーレと共に式典が始まった。

 ギヨームとダニエルによる開会宣言に続き、主賓らの挨拶と、順調に進む。

 ステージ裏で聖歌隊の子どもらと共にいるエマには、最後の作戦がどうなったかは、知る由もない。式典が無事に進み、トゥルバドゥールが、無事であることを祈るだけだ。



 聖歌隊の出番が近づき、エマが子どもらをステージの袖に誘導し始めた時だった。


 エマの後方の植え込みから大きな物音がする。

 エマが振り返った時には、茂みから男が飛び出し、エマと近くの子どもたち数人を突き飛ばした。



 エマは地面に身体を打ちつける。



 数人の騎士たちが、同じ方角から現れ、エマの横をすり抜け、男の後を追う。騎士らは、ステージまであと一歩のところで男を取り押さえ、ステージ裏に引き戻した。


 遅れて茂みの中から現れた男は、エマを見ると、駆け寄り、助け起こした。


「エマ…」

「… トゥルバドゥール?」


 エマの目の前には、トゥルバドゥールがいた。




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