第27話 Day6 逃げる兄と戸惑う姉
薔薇が届き始めて5日目。最終日は、白の薔薇だった。ジェニーの説によると、5日目の最後は、『私はあなたに相応しい』という口説き落としなのだそうだ。
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幾千の夜を越えて
幾万の野を越えて
きみの瞳に射られんがため
きみに口付けんがため
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ー 私には、会えない時間を埋める気持ちが足りない?それとも、背負いすぎなの? 恋を楽しむ気持ちになれない… 会って話ができたら、この不安は取り除かれるの?
白い薔薇を眺めながら、エマは頬杖をついている。
「ほらほら、明日がお楽しみじゃないの。もっとニヤニヤしてもいいんじゃない?」
ジェニーの方が浮かれている。
「そうね。だけど、式典のことを考えると、まだ脅威は去ってないじゃない。あんまり、お気楽な気持ちになれないの。」
「2日目以降は、薔薇だけ?」
「カードは毎日。今日は、首飾りも。あと、この腕輪かな。」
「えぇぇ?! 見せてよ!」
エマは自分の左手を差し出し、昨日、書庫で渡された腕輪をジェニーに見せ、侍女に合図すると、箱を持って来させた。
「白金の鎖に、煙水晶、この濃い黄色、黄水晶?黄玉?琥珀?」
エマの左手の腕輪を見ながら、ジェニーが呟く。
「これは…」
ジェニーは箱を受け取り、蓋を開けると絶句した。
「黄色は、イエローダイヤモンド!揃いのデザインじゃない。 こんな粒の大きさ… なかなか見ないわよ。」
「そうよね。こんなに大粒のイエローダイヤモンド…」
「この細工も、繊細よね… 何者なの、彼は…」
「本当に… 私も知りたいくらいよ?」
何を語りかけても、エマは上の空だ。
「まあ、いいわ。そんなに心配なら、私と一緒に対策本部に行って、戦況を聞かない?」
ジェニーはエマを連れ出した。
本部に着いたが、当然ながら、慌ただしく人が出入りし、顔見知りでもなければ、気軽に声を掛けにくい。ジェニーが部屋を見渡すと、ジェニーとエマに気がついたダニエルがやってきた。
「ドポムの宝のお二人、どうされましたか?」
ー え? トゥルバドゥールと同じ色の瞳だわ。
同じ色の髪は、よくいるけれど、煙水晶に例えるに相応しい透明感ある瞳は珍しい。
「お忙しいところ、お許しください。」
ジェニーは、エマを紹介し、差し支えない範囲で現状を知りたい旨を伝えた。
「レオン・キャスティアの取り調べの結果、資金源はキャスティアで間違いなかったよ。反体制派の規模や狙いもこちらの情報と合致している。残るのは、潜伏している実行犯を捕まえることだけだ。」
「会場の方は進展はありますの?」
続けてジェニーが尋ねる。
「会場周辺については、三か所に爆薬が仕掛けられていることがわかったんだが、潜伏している工作員の数が判明していない。完全に制圧できるタイミングで作戦を実行する。それが最後の作戦だ。端的に言うと、取りこぼしがないよう、ギリギリまで待ち構えている状況だ。」
エマは直感的に、トゥルバドゥールは、ダニエルの言う最後の作戦に携わっているのではないか、と感じている。
「明日までかかるのですか?」
「見込みとしては、式典の3時間前には完了だ。でないと、客が入ってきてしまうからな、会場に。」
ダニエルは、ちらりとエマの手首を見たが、何も言わずに目を伏せた。
ジェニーは続けて尋ねる。
「ダニエル様、こちら側の被害状況はいかがですか?」
「山岳作戦は、数日で勤務に復帰できる程度の軽傷者が30人、重傷者は5人程度。市中作戦は、今は斥候しか動いていないから、被害なしだ。」
「そうですか。負傷された方々をご支援できることはありますか?」
「いや、大丈夫だ。当然軍医はいるし、シエンタの療養施設を君の兄が手配してくれているからね。」
「わかりました。皆さまのお早い回復をお祈り申し上げます。」
「ありがとうございます。私たちはカイルを見舞いますわ。」
エマとジェニーは対策本部を後にし、来た道を戻ると、ホテルのラウンジで、両国の貴族たちが何組か談笑しているのが目に入る。
ジェニーは、その多くが、エマとジェニーを見かけるとこちらに意味深な視線を送ってきたことに気がつく。
「エマ、先に部屋へ戻っていて。私、少しご挨拶してくるわ。後で私も一緒にカイルのところへ行きたいから、部屋で準備していて。」
相変わらず元気のないエマを侍女に引き渡して、ジェニーはラウンジに参戦した。
ジェニーがラウンジに向かうと、数人の顔見知りがやってきた。
「ご機嫌よう。セヴィー伯爵夫人。エマニュエル様のご婚約おめでとうございます。」
内容は、驚愕のものだった。
それは、エマニュエル・ドポムがついに婚約をする。相手は、シェラシアの子爵、ジャック・マーロウだ、というものだった。
ジェニーは、それは単なる噂である、と否定したものの、事実関係がわからない。事実ではない、と断言できないことがもどかしい。エマには、その素振りはないが、兄ギヨームが先走った可能性はある。
ラウンジにいた他の貴族とも挨拶を交わしたが、皆から、エマの婚約についての祝辞を述べられた。
ー 昨晩のジャック・マーロウ、確かに条件は、エマの会った琥珀の髪の男性と合致していた。しかし、明日、プロポーズをしようと考えている相手の家族に対する態度ではなかったわ!それに、何より、彼の色に、煙水晶は当てはまらない。
ジェニーは、ぞっとした。何かが噛み合っていない。
ー また、あの子が貴族たちの憶測と根も葉もない噂に翻弄されるなんて!
ジェニーは、真偽を確かめるため、兄がいる執務室へ向かったが、兄は捕まらなかった。
エマにどう話すか、考えあぐねていたが、エマの部屋まで来ると、ラトゥリアとシェラシアの文官が待っていた。
「セヴィー伯爵夫人、ご多忙のところ、申し訳ございません。昨晩拘束したキャスティアの件ですが、お二人が五日前に接触されていることを確認しています。疑いがあるわけではありませんが、話された内容をおうかがいしたく。」
結局、その日は晩まで、断続的に聴取が続き、エマともギヨームとも会話できずじまいだった。
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「ついに、ドポムのエマニュエル嬢が婚約ですって!」
「シェラシアの子爵のジャック・マーロウ大尉だとか。」
「ガルデニア伯爵が、ラウンジでお話しされていたようだから、間違いないだろう。」
「お相手は、辺境騎士団でミュゲヴァリ領勤務ですって。シエンタからも近いですもの。兄君も安心ね。」
「距離が決め手だそうだ。」
「領地持ちか?」
「アデニシャン伯爵の従兄弟だろう。アデニシャン領内かその近くでは?」
「退役されても、さほど遠くありませんわ。」
「先日、シエンタ市庁舎でご一緒なのを見かけたな。」
「私も、厩舎の近くで、お見かけしましたわ。エマニュエル嬢に跪いて口付けなさっていましたけど、本物の騎士のロマンスでしたのね。」
「きっかけは、エマニュエル嬢の護衛にマーロウ卿が自ら名乗りを挙げたからだと聞いたぞ。」
「マーロウ卿はエマニュエル嬢に首ったけなんですのね。」
「そう言えば、ウェルカムパーティーのとき、エマニュエル嬢は、琥珀の首飾りでしたわ。」
「マーロウ卿の髪の色だな。」
「素敵な贈り物ですわ。」
「マーロウ卿の瞳は何色ですの?」
「茶では?」
「今日のエマニュエル嬢は、ライトブラウンのお召し物でしたわね。」
「マーロウ卿は、クラバットピンは金色を使われているが、あれは、エマニュエル嬢の髪の色か。」
「そう言えば、クラバットもグレーでは?」
「マーロウ卿のハンカチは、エマニュエル嬢が作らせた『兵隊さんモノ』でしたわ。」
「きっとエマニュエル嬢も辺境騎士団のハンカチをお持ちなのでしょうね。」
「マーロウ卿は、温厚な方ですわよね。ガルデニア伯爵と雰囲気が似ていらっしゃるから、それも良かったのでしょうね。」
「ガルデニア伯爵のような繊細な美男子とは対極ではあるが、好青年だな。」
「少し前まで、マーロウ卿には恋人がいらしたように記憶していますわ。」
「ああ、そんな話もあったな。しかし、エマニュエル嬢と心が決まっての婚約なのだろうな。」
「政略ではなさそうですものね。」
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