第26話 Day5 兄たちの噛み合わない思惑
開通式典まで、あと二日。ホテルは満室な上、シエンタ市内の貸し家を使って滞在している貴族たちも、夜はグラン・ホテル・シエンタのラウンジやレストラン、バーに通い、社交を楽しんでいる。貴族とその従者しか宿泊しておらず、そのために警備が厳重なために、貴族としては大変気楽に遊べるのだ。
賑わうラウンジの片隅で、ダニエルとギヨームは酒を飲み交わしていた。
「久々だな、こうして話すのも。」
「そうだ。街道の件で何度も顔を合わせていたが、こんな時間は取れなかったからな。」
ラウンジに背を向けるように窓際に二つ並べられた革張りの椅子に身体を預け、互いを見遣る。
「何年かかった?」
「俺が18のときからだから、7年。5年でなんとか、と思ってたけどな。」
二人はしみじみとブランデーを傾ける。
「そもそも、お前の交通経済学のレポートが発端だからな。」
「懐かしいな。でも、お前と親しくしていたから、思いついたわけだしな。ドランジュ前伯爵がラトゥリアの土木技術の精鋭を街道整備に回してくれなかったら、成り立たなかったよ。」
「まあ、そうだな。しかし、うちの親父も急逝して、投資の回収は俺の役目だ。」
「まあ、ドポムもだよ。お前と違って、平均的な頭脳しかないからな。努力するしかない。」
ギヨームは、塩味の効いたアーモンドを口に放り込む。
「酔いが回ったか?いつもの愚痴が始まった? 先に恒例のお慰みを言っておくと、『お前はよく努力している。無駄な野心なく、コツコツがお前のいいところ。野心と才能は2人のイエローダイヤモンドに任せとけ』だ。」
ギヨームは、恨めしげにダニエルを眺める。
「まあ、そうなんだよ。イエローダイヤモンドな。いつの間にか、妹二人はそうやって脚光を浴びるようになったんだよな。」
「妬ましいか?」
ダニエルがおどけた口調で尋ねる。
「まさか!ドポムの宝だ。俺の宝でもある!」
「そうだろうよ。ユージェニーは、ラトゥリア社交界の華だもんな。」
「華というか、ミツバチだな。あいつの結婚が決まったときは、結婚の申し込みというより、宰相家からの採用通知みたいな感じがしたもんな。」
「噂の、早摘伯爵だろ?先見の明だな。その話聞きたい。」
ダニエルもまた、アーモンドを口に放り込む。
「どうもこうもない。お前がガルデニアに来た年の秋、宰相家がシエンタの秋祭りに来たんだよ。そのときに、宰相家の長男のステファンが10歳のユージェニーに会って、暫く話をした。そしたら、翌日、婚約の申し込みが来たんだ。訳がわからんぞ。宰相家の超重要案件の決裁が、シエンタの別荘で、一夜にして下された。しかも、王家も内諾済みだと。伯爵家としては、出された書類にその場で署名するだけだよ。」
「まあ、狙いは定まっていたんだろうな。宰相は侯爵家だったか?早摘伯爵は、侯爵家の嫡男?」
近くを通り過ぎる給仕から、ダニエルはグラスを二つ受け取る。
「ああ。ステファンはゆくゆくは侯爵になる。宰相家は2代前までは公爵だ。なんで、この辺境の伯爵家から?と思うよ。」
ギヨームは、勢いよくグラスを空け、話を続ける。
「そのな、先代侯爵から、勧められたのが、エマニュエルの婚約者ルイスだったんだ。」
「あれか、王立学院の卒業前研修で海軍研修に行って、そのまま帰らなかったっていう。」
ダニエルが記憶を引っ張り出す。
「ああ、私は一度だけ会った。好青年だった。野心家だとは思ったが、まあまだ18歳だったしな。エマは一度も会わず終い。対面する機会が、運悪く二度流れてそれきり。今思えば、情も移らず、良かったと思う。」
ギヨームは葉巻に手を伸ばす。しかし、先ほど別の客が、テーブルのオイルライターを拝借していった。ギヨームは火を点けられず、そのまま、手にした葉巻をくるくると弄んでいる。
「そんなこんなでな、いろんな憶測が飛び交って、ラトゥリアでの結婚は難しい。エマニュエルがドポムに残ってくれたら、安泰ではあるが、あいつの幸せではない。」
「ラトゥリアが無理なら、シェラシアや他国も視野に入れたらいい。婚姻の年齢は、軒並み上がってるから、まだ間に合うだろ。」
「遠くにやったら、簡単に会えない。嫁いだが最後、死ぬまで合わない貴族家族なんかザラにあるけどな。うちは、仲がいいから、耐えられん。」
ダニエルはしばらく黙り込んだ末、口を開く。
「確約はできないが、心当たりがないわけではない。お前の妹だから、滅多な話を持ち込むつもりはないが。」
「ジャック・マーロウか?」
ギヨームは先刻の疑念を口に出す。
「… いやまあ、それも候補の一つではあるな。」
給仕がギヨームのために、火を持ってきたため、そこで二人は話題を変えた。
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