第24話 Day5 独占したい?
トゥルバドゥールが去り、エマは護衛を連れて奥の部屋から図面を取り出した。この間に、トゥルバドゥールは部屋を出たのであろう。書庫にはもういないようだった。
暫くすると、部屋の外の護衛から、声が掛かり、書庫の扉が開く。
「失礼します! マイ・レディ。」
昨日、共に領都を往復したジャック・マーロウだった。
「ご機嫌よう。 もう、警護の任務は解かれたのだから、呼び方は改めて頂けると…」
ジャックは、軽く敬礼した後、きょろきょろとあたりを見渡す。
「エマニュエル夫人、、私どもの国では、未婚の女性も夫人と呼びますが、夫人でよろしいですか?」
「ラトゥリアでは、嬢、とつける方が一般的かしらね。」
エマは、図面に目を落としたまま、答える。
「はっ。 それで、エマニュエル嬢は何をお調べで?」
「式典会場周辺の地下の遺構と水流よ。別件で水流を調べに来たんだけど、図面を見ていたら、使われていない遺構が埋められずに残っている可能性がわかって、妨害工作に使われるかも、と調べ始めたところです。」
ジャックは、ふう、と息を吐く。
「さすがですね… 私も、地下遺構の図面探しです。図面を拝見しても?」
暫く、エマとジャックは図面を見ながら協議を続け、遺構が利用される場合の脅威を分析した。
「ジャンは、山岳地帯へ派兵されたのですか?」
「ジャン?」
「領都に同行してくれた、ジャン・ピエール・ベルナールです。」
「あぁ… そうですね。彼は、シエンタ市内の任務ですね。」
「討伐本隊ではなく?」
「ああ、まあ。」
ジャックの歯切れが悪い。一下士官の心配をするのを不審に思っているのか。
「彼には、お世話になりました。お世話になった方が、今も危険な任務をしているのか、気になったのです。誰かがやらねばならない仕事ですから、私が口を挟むのは、おかしな話ですが。彼が危険でないとわかれば、勝手ながら、少し、気持ちが安らぎます。ジャンには、任務から戻ったら、改めてお礼を申し上げたいと思っています。」
ジャックは、納得したようだ。
「なるほど。ジャンは、ですね、捜索の任務です。危険がないわけではありませんが、腕が立ちますから。どうぞ、ご安心下さい。エマニュエル嬢にお会いする機会があるかはわかりませんが、エマニュエル嬢が気にかけて下さったことは、私からも伝えましょう。泣いて喜びますよ。」
「まあ。そんな風に感情を表に出される方なのね。よろしくお伝えください。」
ジャックは、エマとまとめた資料を持って、対策本部に戻って行った。
エマのもう一つの調べものである蛍の生息地は、いくつか当てはできたが、こればかりは、来年の初夏に確認するしかない。
ジャック・マーロウは、レポートを持ち帰った後、グラン・ホテル・シエンタの片隅の小部屋にやってきた。
「おい、起きてるか? 次の標的リストだぞ。」
ジャックは長椅子で眠っている銀髪の男を揺り起こす。
「… 寝てた。 俺は、庭園の南側に行くって言ったか?」
「だと思って、そうしておいた。出発は2時間後。」
男は、のそりと起き上がる。
「なあ、
ジャックは遠慮なく、部屋のクローゼットを開ける。
街歩き用の麻の服が数着、貴族らしい軽装が数着、濃い緑の辺境騎士団の制服と外套、濃紺のシェラシア王国軍の制服と外套、真っ黒な近衛の制服と外套、真っ白な近衛騎士の正装、ライトグレー、白、黒のそれぞれ正装が三着。
「相変わらず、衣装持ちだな。式典と夜会は制服?正装? いずれにしても、汗と埃にまみれてちゃ、いい男が台無しだ。」
「お前がそんな心配をしてくれるとは…」
大きく欠伸をしたアンリは、グラスの水を取る。
ジャックは、長椅子の向かいの椅子に腰を下ろす。
「… お前、腕輪を送ったな?」
「…あぁ… 身につけていた?」
「あぁ。意外と…」
「意外と何だ?」
「… 正攻法な上に…」
「上に何だ?」
アンリはむっとしている。
「… 独占欲強い
ジャックは大笑いした。
「… 何でだよ?」
アンリはぽかんと口を開けている。
「真ん中にイエローダイヤモンド、周りをお前の煙水晶で囲んでいるだろ。主張が強すぎだわ。」
「…知らん。初めて贈るんだから、勝手などわからないだろ。」
アンリは長椅子に腰掛けたまま、俯き頭を抱えている。眠そうにも、恥ずかしそうにも見える。
「… てっきり、対抗意識を燃やしてるんだと思ってたわ。」
「対抗意識?」
アンリは首を持ち上げる。
「お前よりも、まあ、なんというか、若いのに実績があるからな、彼女。」
「… 手が届かない… 高嶺の花過ぎる。」
わしゃわしゃと髪をかき、うな垂れる姿は、シェラシア一の秀才騎士には見えない。
「手は届きそうに見えるが?」
「いや、ただ、他に敵がいないだけだ。」
「ん? 敵がいた方がいいのか?」
「… 選ばれた感じがない。そこに俺がいた、というだけのように感じる。」
「甲虫かなんかか?お前。」
ローテーブルに足を乗せるジャック。
「は?」
アンリが顔を上げ、ムッとした顔でジャックを見つめる。
「虫は、気に入ったメスの周りにオスがいたら、戦うだろ?戦利品じゃないぞ、人間の女性は。」
ますますムッとするアンリ。
「そういうんじゃない。彼女に認められたい、ということだ。信用とか、信頼とか… 俺だから一緒にいたいとか。」
「既に、どこの誰だかわからんお前を信用してるぞ?」
「確かにな… それはそれで心配だ。」
「まあ、お前のは、単なる惚気だし、恋してるから不安になるってだけのことだよ。」
「… 恋とは、ふわふわすることじゃないのか?」
「何だそれ? ふわふわしてたかと思ったら、不安になる。その繰り返しが恋だろ。」
アンリは真面目な顔で問う。
「… お前、恋したことあるのか?」
「あるわ!いくつだと思ってんだよ!」
「俺より、1つ歳上だろ… 恋したことがあるのに、なんで、結婚してないんだよ。」
「うるさいわ! 早く風呂入って、仕事に行け!」
ジャックは手近なタオルを投げつける。
「この後は、どうすればいいんだろな…」
「名を明かして、結婚を申し込む。結婚して、子をもうける、だろ? 他にどんな手順があるんだよ!」
アンリはくるりと背を向け、湯浴みに向かう。
「おい。耳赤いぞ。」
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