第22話 Day4 老伯爵の籠絡
その頃のシエンタの南の宿場街。キャスティアの捜索のため、数名のシェラシア辺境騎士団の騎士たちが住人や観光客を装い、張り込みをしていた。シエンタへの行き帰りの人で賑わう宿場街での捕物は、迅速かつ隠密な鎮圧が求められるためだ。
ラトゥリア商工会からの情報によると、山間部からの移民がかつて宿屋だった廃屋を修復し、宿の開業を目指しているというが、一向に開業の様子がない。その廃屋の名義人がミュゲヴァリ領民であることから、捜索対象となったのだ。
廃屋から少し離れた場所に、この町に新たな商館を作るため、ニーレイが捜索隊へ貸し出した古屋敷がある。
「まだ、どこも手を入れていないので、自由に使って貰って構いませんよ。騎士団が壊したり汚したりした部分は、後日、王宮に請求しますからな。」
屋敷を案内するというのを口実に、シエンタからついて来たニーレイが言う。
「ここで剣を振るったり、銃を抜くことはないから、安心したまえ。それより、謀反人を急ぎシエンタに連れ帰るのに、ニーレイ殿の馬車を借りたい。」
指揮官はニヤリと笑う。
「屋敷は、二足三文で買ったものだが、馬車の方は、国外の職人に作らせたもの。金に替え難い価値ですぞ。」
「商人たるもの、物の価値は、金で勘定せねばな。」
ニーレイが悔しそうな顔をするのを指揮官は笑い飛ばした。
そこへ偵察に出ていた騎士たちが、戻ってきた。
「6時間、人の出入りはありません。」
「裏の林にシェラシア軍馬1頭を含む3頭が繋がれています。」
報告を受けた指揮官は、計画の説明を始めた。
「2名は裏に、2名は隣家の屋根伝いに2階から、残りは私と共に表へ。間もなく夕刻の鐘が鳴るから、それを合図に突入だ。」
兵士たちは返事をすると、四散した。
鐘がなると同時に、それぞれの持ち場から、中へ入る。正面玄関を突破した者たちは、すぐさま2名の傭兵と格闘になるが、酒を飲み油断していた者たちは相手ではない。間もなく取り押さえられた。
「地下がある!」
騎士たちは、地下へ向かった。
地下通路の先の扉を開けると、短剣を手にしたキャスティアと手足を縛られ失神したカイルがいた。カイルの喉に短剣を突き立てたキャスティアは、うつろな瞳で地面を見つめている。
指揮官が問う。
「キャスティア、私の顔に覚えはないか?」
「…」
キャスティアは目を上げようともしない。
指揮官は、外套のフードを取り、見事な銀髪を晒した。
「子どもの頃、キャスティア家の屋敷に何度も足を運んでいた。もう10年近く会っていないから、忘れただろうか?お前の娘、ローラを姉のように慕っていた貴族の子どもがいたことを。」
ローラという名に反応したキャスティアは、びくりと身体を震わせ、ゆっくりと視線を上げる。
「… アンリ・イザク… ドランジュ家の次男か… 王家の犬め。」
「… 私とて、子どもの頃慕っていたローラの死は、とても悲しい。実の親であるお前の悲しみは、途方もないものだろう。お悔やみ申す。」
指揮官は、視線を落とす。
「あの時、シェラシアもラトゥリアも、何もしてくれなかったではないか。山道は危険だと… あれほど、儂が訴えても、何もしてくれなかったではないか!!」
激昂したキャスティアは、短剣を指揮官に向け、睨みつけた。
「悔やんでも悔やみきれんわ!あんな道… 今更、新たな道を作るだと… 」
「ローラはな、毎年、シエンタの秋祭りに行き、子どもの私のために、いつも何か土産を買ってきてくれた。ラトゥリアのガラス細工の動物だったり、木工細工の箱であったり、私が見たことのないものを贈ってくれた。異国の文化を愛し、それを私にも教えてくれた。」
指揮官が目配せすると、騎士が水の入った革袋をキャスティアのすぐ傍まで床を滑らせた。
「お前も、娘が子どもの頃から、幾度となく、秋祭りに連れて行ったのであろう。シエンタは、親子の思い出の地なのだろうな。」
「… 今となっては忌々しい… 全てだった… ローラは私の全てだ… それを失った… 」
「美しく、楽しかった思い出まで、捨ててしまう必要はないだろう。いつまでも、思い出してやれ。ローラの笑顔と、シエンタの楽しい日々を。」
キャスティアの目から、一筋の涙が落ちた。
「あんなもの… 命を落としてまで… 」
その声は、嗚咽に変わった。
やがて、その手から短剣がこぼれ落ちると、騎士に取り押さえられ、後ろ手に拘束された。
「キャスティア、何か望みは?」
連れられてゆく老爺に指揮官が問う。
「… ローラの墓に、花を…」
指揮官は頷いた。
カイルを抱えた指揮官がニーレイの屋敷に戻る。
「見事な采配でしたな。キャスティアもまさか、あなたが来るとは思っていなかったでしょう。」
ニーレイは、葉巻を燻らしながら、窓辺にいた。
「まあ、悟られないために、銀髪を隠していたのだからな。来ると思われていては困る。」
「初めから、この顛末を予想しておられた?」
「まさか、ここまでとは。 私にも信じたい気持ちはあったさ。」
指揮官は手早くカイルの世話をしながら答えた。
「ぼっちゃんは、ローラ嬢に可愛がられておりましたからなぁ。」
指揮官はニーレイをひと睨みすると、廃屋の検分に戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます