第21話 Day4 緑の薔薇の花言葉
気がつくと、自分の寝台の上だった。
「おはよう。」
ジェニーが傍らに座っていた。
今朝、グラン・ホテル・シエンタの厩舎でエマは馬を降りたが、全身が強張り、立っていられなかった。ジャンの背中におぶわれた後、エマの意識は途切れたのだった。
「今は、あなたが帰ってきた日の夕方よ。まだ寝ていても大丈夫。」
エマが身体を起こすと、ジェニーは水差しの水をグラスに注ぎ、差し出す。
侍女が知らせたのか、ギヨームも部屋にやってきた。
「お転婆姫の具合はどうだい?」
「私は、疲れているだけだと思うわ。それより、状況は?」
ジェニーとギヨームは、目配せしながらも、話し始めた。
「ジャック・マーロウが持って帰ってきた地図をもとに、各軍が山中の拠点を制圧に行ってる。エマのお手柄よ。」
「斥候は何組かに分かれて朝出発した。本隊も出た。明日には、また報告がある。」
「お兄様、予告された妨害って、具体的にどんなことなの?」
「あぁ、言ってなかったね。式典会場への攻撃だよ。ここの庭園。どんな手段かわからないんだ。想定できることはして対策をしている。ただ、火器を使われるとなると、想定しきれないから、先に山中の拠点を叩く。どれだけの資金で動いているかわかれば、対策も精度が上がるからな。」
ふと、ジャンとジャックを思い浮かべる。ああいった騎士たちが、今もどこかで反体制派と対峙しているのだろう。
「次に、トマーシュは肩と肋を怪我して、医療班のところで静養してるわ。トマーシュたちを襲撃したのは…」
ジェニーは、一度区切る。
「キャスティアが依頼した傭兵。キャスティアは今も捜索中。ミュゲヴァリ領軍は一旦拘束されている。」
「信じられない… お姉様は、今朝、キャスティアに会った?」
「いいえ。直前に、ジャック・バーロウが来て、カイルと同じような小柄な騎士と私が入れ替わるように指示されたわ。でも、空振りだった。キャスティアはそれよりも前に逃亡してたのよ。」
「カイルは?」
「まだ、見つからない。今は、シエンタの南の宿場街を捜索しているはず。」
カイルがまだ見つからないことが、エマに恐怖心を思い出させる。もし、ジャックとジャンの機転で逃げきれなければ、カイルではなく、エマが捕らえられていたはずだ。
「狙い… は? 昨夜、銃の音がした…」
エマは声が震える。
「式典の妨害を成功させるための、時間稼ぎ。捜査を撹乱してこちらの戦力を分散させる、かな。」
ギヨームは、エマのベッドに腰掛け、エマの肩を抱く。
ジェニーもエマの足元に座る。
「対策本部もそう捉えているわ。あなたを襲う理由がよくわからないもの。ジャックが持ち帰った情報が何かは彼らは予想できたのかしら。だとすると、キャスティアに情報を流していた人物がいたことになるけど、それもね、なさそうなの。」
「お姉様、どういうこと?」
「私も、知らなかったことなんだけどね… キャスティアは、今回の式典には出てきたけど、10年前に娘夫婦を事故で亡くしてから、シェラシアの社交にも出ず、領地に引きこもっていたのですって。だから、シェラシアの貴族たちや有力者の中で親交のある人は皆無らしいわ。むしろ、この街道の件に、少しでも協力していたことの方が驚きなのだそうよ。対して、ラトゥリア社交界には出入りしていたから、私たちは欺かれてたのね。」
確かに、これまで、ミュゲヴァリ領との協議が必要な時には、ミュゲヴァリの文官が出てきたが、キャスティア本人が出てくることはなかった。ガルデニアとして、ギヨームとエマニュエルが参加する会議でキャスティアの不在は異様であった。
「キャスティアは、何故街道にこだわったのかしら?」
「娘夫婦の事故が原因じゃないか、と言われてる。ミュゲヴァリ領からシエンタに向かう山道で、馬車が横転して亡くなっている。シエンタの秋祭りに来る途中だった。シエンタ、ラトゥリアに対しての怨恨という見立てだが、真相はわからない。キャスティアの側近たちも、領軍関係者も、そんな様子はなかったという。だから、キャスティアは単独で、反体制派に加担したと考えられているよ。」
「キャスティアは、なぜ、私とお姉様に接触したのかしら?」
「私からお誘いしたの。今思えば、知らなかったとは言え、危険なことをしたと思う。それに応じたのは、なぜかしら。敵の顔を見たかった? 孫のセオドアは、無関係だったけれど、ドポムとの縁組を望んだのかどうかははっきりしないわ。」
エマはため息を吐いた。
「逆恨み… ご家族のことは、お悔やみ申し上げるけれど…」
ジェニーは、エマの手を握る。
「考えても仕方ないことよ。今は、それぞれの役割でやれることをやっているの。今、私たちにできることないわ。あなたは、今朝も届いたこの薔薇を見て、心と身体を休めることよ。」
「今日の… 緑の薔薇?」
「花言葉は、穏やか、とか、希望を持って、とかよ。」
「なんだか…」
「お前の状況、よくわかってるな。どこかの誰かさんは。」
「本当ね…」
「しかし、今の状況じゃ、これがどこの誰だかわからない以上、信用してよいものか…」
「… うん。キャスティア側かもしれない?」
「わからん。」
兄妹揃ってため息をつく。
エマは、触れた手のぬくもりを思い出し、その記憶を反芻する。
花に添えられたカードの詩が胸に突き刺さる。
ー まるで、昨夜の私とジャンみたいじゃない。
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矛とならん月とならん
きみの歩みを導かんがため
盾とならん影とならん
我が腕のきみを守らんがため
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