第20話 Day4 石は石屋に



 外套を着た騎士が、グラン・ホテル・シエンタの片隅の小部屋に入ると、ジャック・マーロウが長椅子に横になって待っていた。



「ジャン、時間が掛かったな。林の中を迂回したのか?」


 ジャンは、ジャックにお構いなしに、外套を脱ぎすぐさま着替えを始める。


「ああ、お前も暇なのか?待っているとは。」


 ジャックは、何枚かの紙束をサイドテーブルに置く。

「いや、これを持ってきただけさ。キャスティアの潜伏先の分析だ。連れ去られたガルデニア領の騎士もこの内のどれかだろう。」


「カイルだ。」

「ああ。連れ去るときに、女ではないと気づいたはずだがな。」


「襲撃は、傭兵によるものだし、狙った者かどうかじゃなく、連れ帰るのを優先したんじゃないか? 目的よりも金さ。」

「目当ての人物じゃないとわかって、手を掛けられていないといいが。」



 ジャンは報告書に目を通す。

「シエンタ市内は出発済み?」

「ああ。勝手知ったるシエンタ兵が行った。さすが、観光都市だけあって、治安維持要員が多いな。予備役も使ってるというが、層が厚い。」


 ジャンはシャツを替えると、また外套を羽織る。


「また、騎士を借りていいか?」

「おい、戻ったばかりだろ?」

「キャスティアが相手なら、分があるからな。それに、カイルを無事に戻さないと、エマニュエル嬢が苦しむ。」


 ジャックは身を起こし、ジャンを見つめる。

「行きたいのは、宿場街か?」

「ああ。」

「じゃあ、先に偵察を済ませておくよう指示しておく。指揮官は後から着く、とな。少しでいいから、横になれよ。身体が保たんぞ。身内のお前が倒れるのは見たくないからな。」


 ジャックは、長椅子から立ち上がり、場所を開ける。

「じゃ、頼む。ついでに、このシャツ、洗濯に出しといて。」

 ジャンは脱いだ青いシャツをジャックに投げつける。


「汗臭いわ。色落ちするぞ。」

 ジャックもまた、ジャンに投げ返す。


 ジャックは、ジャンが大人しく横になるのを見届けると部屋を後にした。












 ジャックが、宿場街の捜索隊の手配をし終えた頃、対策本部に場違いな人物が現れた。



「おやおや、マーロウ卿、朝からご苦労様です。」

 慇懃な挨拶をしてきたのは、シェラシア商人のニーレイだ。


「商人がこのような場所に出入りするとは、何のようだ?」

 ジャックは嫌悪を露わにする。


「いえ、私の所有する屋敷を軍にお貸しできます、という申し入れですよ。ここの南の宿場にご用があると小耳に挟みまして。」


 ジャックは、手にしていたペンを置き、眉間に皺を寄せた。

「どこでその話を聞いた?」

「まあまあ、商人は、早耳ですから。」

「見返りはなんだ?」

「マーロウ卿は、相変わらずですな。では、はっきり申し上げましょう。見返りは、シエンタの式典の成功に、このニーレイ家も微かながらご協力した、という事実ですよ。」

「金は出ないぞ。」

「結構。」

 ニーレイはニヤリと笑う。


 何が狙いかはわからないが、使える選択肢が増える分には構わない。

「では、地図と鍵を。使うかどうかは指揮官が決める。」

「どなたが指揮を?」


「それは必要な情報か?」

「いえ、聞いてみただけですよ。屋敷は買ったばかりで、人を入れてませんし、掃除も何も。とは言え、修復できないほど壊されてはたまりませんから。」



 ニーレイは、ジャックから紙とペンを受け取ると、地図を描き始める。




「ところで、マーロウ卿。あのお方は、最近、イエローダイヤモンドとお親しくされてますな。」


 書類に目を落としていたジャックだが、何も答えない。


「お似合いですな。街でお見掛けしましたよ。こんな老いぼれでも、初々しい恋の果実の味を思い出すところでした。ぼっちゃんは、昔からよくお出来になる方ですがね、北のイエローダイヤモンド、南の煙水晶と大人たちが噂するのを耳にするのは小さな紳士の自尊心を傷つけるだろうと、危惧しておったものです。」


 ジャックは、この昔話に相槌は要らぬと判断し、聞いているとも聞いていないともつかない態度に徹した。


「石に例えられてなお、ダイヤモンドの希少性と比べられるわけですからな。しかし、煙水晶は力の強い石です。悪しきものから守り、眠れる力を開花させる。今のぼっちゃんを見ていると、まさにその通り。」


 ニーレイは、勝手に水差しの水を飲むと話を続ける。


「王家の側近として活躍されるものと、誰もが思ってましたからな。その周囲の期待を裏切って騎士となった時はびっくりしたものです。その後、あっという間に将校になるが、表舞台にはほとんど出てこない幻の騎士。年頃だと言うに、女の影一つない。これも老いぼれの心配の種でしたよ。

 まあ、それが、このシエンタで、わかりました。杞憂だったと。ぼっちゃんの恋する顔を見ては、一肌も二肌も脱ぎたくなります。」


「おい、地図は描けたか? 余計なことはせず、お前はお前の領分で力を果たせ。」

 口を挟むつもりはなかったが、従兄弟の恋路にたぬき親父が下世話な横槍を入れるのを止めたい気持ちで口を出す。


「勿論ですとも。手に入る限り、もっとも大きな石、もっとも精巧な白金細工を、とご注文頂きましたからな。シエンタ界隈の職人は、討伐隊と同じように、寝ずの作業になりますよ。」


 ジャックは、子どもの頃から知っているこのたぬき親父を信用しようと思ったことはないが、従兄弟の方はそれなりにその価値を見い出しているようだ。所詮、子爵である自分と、伯爵家の出で、自らも封爵が噂される 従兄弟では、商人からの扱いも違うのであろう。


「ジャックぼっちゃん、あなたも必要な折には、お声がけくださいよ。石は、私の得意分野ですからな。 もうそろそろ、あなたも過去を清算するときでは?」

 意味深な発言に、ジャックはムッとした表情を見せる。


「では、鍵と地図はこちらに。」


 ニーレイはニヤリと笑って立ち去った。





 

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