第12話 Day2 1日目の薔薇
翌朝、姉妹は揃って朝食の席についた。
「さて、エマ。昨日のお話、聞かせてもらおうかな?」
ジェニーは、満面の笑みだ。
「お姉様、逃げられない質問ね。それ…」
先に降参を表明しておくと、厳しい追及を免れられる、とエマは姉との長い付き合いの中で学んでいた。
エマは、昨晩のうちに、予め考えておいた
シェラシアの貴族の青年と出会ったこと。意気投合したこと。互いに名乗らずに、楽しい時間を過ごしたこと。好意を示されたこと。
二日前に、庭園で出会っていたことは伏せた。なぜ、黙っていたのか、と責められそうだからだ。
彼が、招待客リストにないこと、ホストへの挨拶を掻い潜っていたことも伏せた。これを話すと、庭園の話が隠しきれない上に、余計な心配をさせるだろう。
明日、お忍びで会う約束をしていることも伏せた。なぜお忍びなのかを説明できないからだ。
ー 隙だらけの話、お姉様に見破られないといい。 でも、私は、なぜ彼を庇いだてしようとしてしまうんだろう。
話を聞き終わって、ジェニーはにんまりしている。
「まあ、名乗らずに会話を楽しむことは、あるわよね。大抵は、仮面舞踏会だけどね。あなたが、それを許したのだから、誠意ある相手と認めたってことでしょ?」
「うん。それは間違いない、と思いたい。」
断言してよいものか、語尾が曖昧になってしまう。
「素性について、エマはどう見込んでいるの?」
「多分、シェラシアの騎士か、軍に近い部署の文官? わからないのよ。」
「家を表す紋章の一つも身につけてない?」
「ない。あれば見逃さない!」
エマだってさんざん探した。手がかりは一つもなかったのだ。
「なぜ、騎士と思った?」
「シェラシアの王国騎士と話してた。身分や階級は同じか、彼の方が上なんだと感じた。」
騎士と話したあと、下位の者へ話すような口調に変わったのは、彼とその口調で話していたからに違いない。
「招待客リストには?」
「今朝もう一度見たけど、わからなかった。 待って!お姉様、私と彼が話してるの見たでしょ?誰かわかっているのかと、思った!」
「遠目にね。彼がシェラシアの大臣と話してるのをその前に見かけたから、とんでもない相手ではない、って思っただけよ。まさかしっかり者の妹が名乗らない相手と
「ちょっと!お楽しみって!」
ジェニーはため息をつく。
「シェラシアの高い身分だってことしか、わからないか。容姿で探すしかないのね。次に会うのは、式典の前日?ここに迎えに来るなら、その時には名乗るわね。でも、迎えの時点で素性がわからなければ、送り出せないわよ。わかってると思うけど、リスクだもの。名乗らない恋の駆け引きは、始めだけ。」
正論だ。
「そうね。」
エマは、幸せな気分に水を刺され、視線を落とす。彼が自ら身分を明かす前に調べることは、裏切りのような気分になる。現実はさておき、もうしばらくふわふわしていたい。
「私も調べておく。安心して。わからないはずはないわよ。」
ジェニーは、突然訪れた妹の恋ににんまりした。
「それで、身元がわかったとして、エマはどうしたいの?」
「どう、って?」
「その先よ。」
「もっと話したい。 でも、その身元がわからないと、その、、その、先はわからないわよね。 お姉様が言っているのは、その、結婚とか、そういうことでしょ?」
「そこまで一足飛びな話ではなくて… でも火遊びして貰っては困るの。 将来のことも前提として、問題ないかって意味よ。」
「火遊び?! 彼は、もう結婚していておかしくない歳の方よ。第二夫人とか、そういうのを望んでいるかは、聞いてないし、そもそも、ドポムの利になる方かもわからないし。気に入って下さったのは、間違いな…」
ジェニーはエマを遮る。
「相手はともかく、エマ自身はお話が進むのは、やぶさかでないと思ってる?」
「それは勿論よ!」
エマは即答して、後悔した。
ー 姉に、話を遮られたときは、即答しては駄目なんだった。まずい。姉のペースだ。
ジェニーは、にやりとする。
「よろしい。」
ジェニーは、食事を終えると、いそいそと部屋に戻る支度を始める。
「あ、そうだ。エマ、シェラシアはね、王族から庶民まで、一夫一妻だと忘れてない? 公の場で、妻を蔑ろにする行為をしたら、社会的信用を失うような文化の国よ。あなたが、彼にあの場で口説かれたなら、まあ、奥様はいない、ってことじゃない?」
ー
エマは、飲みかけた紅茶でむせた。
ジェニーは、ギヨームの執務室で招待客リストを見ながら、書類を捌いている兄に問う。
「兄様、昨日の客で、琥珀の髪、何人いた?」
「一番多いだろ。3割?」
「シェラシア人なら?」
「全体の1割。20人ぐらい。」
「騎士、将校、官僚で20歳代なら?」
ギヨームは、顔を上げる。
「何の話? エマに関すること?」
「うん。エマが昨夜話した相手。探してるの。」
「それを先に言ってよ。」
ギヨームは、リストの名前に丸をつけたり、リストにはない同伴者の名前と爵位を書き加えたりしていく。
「そいつは、エマに名乗らなかったの?」
「そうみたい。」
「名乗らない、ってどういう出会い? はい。」
リストをジェニーに手渡す。
「僕の見立てだと、騎士のジャック・マーロウ大尉、確か子爵家。代替わりしたかは知らん。 次は、アデニシャン伯爵ダニエル・ドランジュ、ジェニーも知ってるよな?既婚だから、除外だな。 後は、10代後半が、ベントレ次期侯爵、30代前半が、アンドレ・ユーグ、騎士爵。文官は…赤髪はいないように思うが。」
「さすが!ドポム一番の記憶力! この方々とホールで挨拶した?」
「いや。ジャック・マーロウは遅れてきたみたいで、会えてない。アンドレ・ユーグは控室にいたはず。僕と挨拶してない男を探せと言ってる?」
「もしかしたら、ね。」
「妹と話すのに、僕に挨拶もしない男? 探し出す必要ある?」
ギヨームはいつになくカリカリしている。
「外にいた家令と馬丁長にも聞いて。詳しい話を聞きたいけど、大臣への定期報告に呼ばれていて、無理だ。明日、三人で話そう。」
「はーい。ありがとう、兄様!」
兄のお説教が始まる前に、ジェニーは退散した。
その足でジェニーがエマの部屋を訪ねると、何人か侍女が出入りしている。
「何の騒ぎ?」
「あ、お姉様、実は… 花が届いて…」
ジェニーが部屋を見渡すと、薔薇を生けた花瓶が5つ6つ。これを侍女たちが運び入れていたわけだ。
「送り主は、彼?」
「そうみたいね。」
エマは歯切れが悪い。
「名前はまだない?」
「まだ、ない。」
「カードにはなんて?」
「詩が書いてあるだけ。」
「それで、エマは、彼だって、確信してるの?」
「まあ。」
ジェニーは長椅子にぽすんと座った。
「この大量の薔薇の意味知ってる?」
「感謝とか、好意とか?」
ジェニーは、貴族文化に疎すぎる妹を見て、ため息を吐く。
「シェラシアの貴族の風習よ。抱えきれない薔薇の花束を男性から女性に5日間送り続けるの。それで、6日目に、プロポーズする、って。」
「え… それは初めて聞いた。」
「花束と、カードだけ?」
「後は、アンクレット。」
エマの差し出した箱には、金の華奢なチェーンに煙水晶のチャームがついたアンクレットが入っていた。
「彼の瞳の色だと思う。」
「最初の贈り物って、ブレスレットとか、耳飾りの方が一般的じゃない? 意外。しかも、夜会用じゃなく、普段使いのものよね。これ。毎日つけて、っていう意味?」
ー ジェニーには、言ってないけど、明日、平民服で会う。その時に、着けられるように、よね。誤魔化さないと。
「アンクレットを贈る物語の話をしたからだと思う。」
「そう。アンクレット、ってなんていうか、、エマには刺激強すぎじゃない?」
「どういう意味?」
「男性に、アンクレットを着けたり、外したりしてもらうのを想像してごらんなさい。そういう意味よ。」
エマは、顔を真っ赤に染めて、長椅子に倒れていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ほほえみしきみのかんばせ
さえずりしきみの美しき御声
心を満たし溢れるこの想い
永遠に続けと月に願う
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ー 本当に、永遠に続いてほしいと思う時間だった… あなたも、そう感じてくれた…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます