第8話 Day1 ウェルカムパーティー



 会場に着くと、ギヨームのいる部屋に向かった。開場時間には、ホールで客を出迎える。それまでに賓客リストを頭に叩き込まねばならない。


「まあ、王都で培った私の社交力と交友関係をもってすれば、楽勝よ。」

 確かに、ジェニーがいれば百人力だ。


「お兄様、内訳は?」

「中に入るのは王族3、その護衛が10、上位貴族と商家は50通招待状を出しているから、同伴や護衛含めて人数はその3倍、関係する官僚は50、全部で約180。中に入らない侍女と護衛が120ぐらいかな」


 - この中にいる? いや、何の期待を、私は…


「兄様、仕事が細かくて、丁寧よね?相変わらず。」

「お前たちみたいに、天賦の才を持った大味な貴族じゃないからね、僕は。努力家なんだよ。」

「え? それ、褒めてるのか、貶されてるのか、わからない。大味って!」


 ギヨームは、リストを2人に手渡しながら、ニヤリとする。

「ジェニーの場合は、計画性がないだろ?計画なしに、走り始めて、軌道修正して着地させるのが、凄いって褒めてる。 エマは、大胆なんだよ。緻密に計画した上で一つ工程をすっ飛ばす、あえてリスクを取る、みたいなところは真似できないし、凄いって思ってる。」

「説明してくれても、やっぱり褒められてる感じしないわ。ね?エマ?」


 ぼんやり顔のエマにジェニーが振る。


「うん… 褒められてなくても、私のことをわかってくれてる兄姉がいるだけで、幸せだな。三人でこうやって話してる時間が好き。」



 兄姉は、顔を見合わせた。



「待て、エマニュエル。嫁ぎ先が決まる前から、マリッジブルーみたいなことを言うな。」

「もしかして、家族が好き過ぎて、嫁ぎたくないって思ってる?!」

「違うわよ!ただ、お兄様とお姉様が好きって言いたかっただけ。」


「兄妹と、自分の妻や夫、子供はまた別腹だぞ? どっちもあっての幸せだからな。 僕たち兄や姉以上にお前を理解して愛してくれる夫を見つけたらいい。」

「別腹、ってちょっと! 文脈的に怖いわ!」

「すぐ揚げ足を取るからなあ。うちの妹たちは!」



 どんな話をしていても、陽気な兄、姉。こんなに穏やかで安心できる関係を、他人と一から築くのに、どれだけの時間がかかるのだろう。エマは、そっとため息をついた。







 そうこうする内に開場し、次々とゲストがやってくる。概ね、商家、官僚と貴族、王族の順だ。

 エマの言うように、ラトゥリアの商家は、ガラス細工のブローチ、カフリンクス、首飾り、など、高価な石では値段がつけられないような意匠の装飾品を身につけている。

 ガルデニアのガラス細工の精巧さ、意匠の幅広さは、シェラシア商人や貴族から注目を浴びている。


 また、シノワズリをテーマにしたこの会場に合わせ、白地に深緑や墨色の刺繍のドレスを着た婦人も多い。男性も、胸のハンカチーフや、クラバッドに墨色の刺繍を入れている人が目立つ。


 エマ自身は、白地に刺繍のドレスが多いと見込んで、墨色に銀の刺繍、ジェニーは深緑に白の刺繍にした。シノワズリの流行のおかげで、発色のよい東方のシルクの銀糸が手に入りやすくなったおかげでもある。



 その時々のテーマに合わせたお洒落をする貴族たちによって、流行は伝播するのだ、としみじみ感じる。



 ゲストたちは、シノワズリを堪能している。男性は、東方風の家具や壁紙、壁に掛けられた書を見ては談義しているし、女性らは飾られた壺や茶器の前で立ち止まり、手に取っている。


 ところどころに、シノワズリの意匠を取り込んだガルデニアのガラス細工や、織物を配置していて、これには、取り扱うガルデニア商人のネームカードが添えられている。

 商人たちが真っ先に入場したのは、階級のせいだけではない。自分の商品に立ち止まった貴族たちに声を掛け、商談を持ち掛けるためなのだ。





 - 気にしていない。琥珀の髪を探さない。


 エマは、自分に言い聞かせる。



 - いるとしたら、序盤から中盤? もしかしたら、護衛かも?だとしたら、ホールには入らずに控室かも。ホストのドポム家としては、控室の様子だって確認すべきよね。


 兄の言葉を思い出す。

 "緻密に計画した上で一つ工程をすっ飛ばす、あえてリスクを取る"


 ー いやいや… 気にしないし、計画しない。琥珀の髪にはもう会わない。会えない。


 逡巡するうちに、予定客の入場は終わった。




 大ホールで、両国王族の挨拶が終わり、立食形式で歓談の時間になった。商家は販路を、貴族たちは各々の領地の特産物の売り込みや商家の誘致など、それぞれの思惑がある。それぞれの思惑にあった相手に繋ぐのがホストの役目だ。

 ジェニーがいれば百人力なのは、表向きの思惑もそうでない思惑も承知して繋いでゆくからだ。エマはその補佐に過ぎない。


 花から花へ飛び回る蝶のように立ち回るジェニーといつの間にか、はぐれてしまった。見回すと、ジェニーは壁際の長椅子で商談に同席している。途中から合流しても邪魔になるだけだろう。

 かれこれ二時間近く座っておらず、そろそろ腰掛けもしたい。


 テラスへのドアは大きく開かれ、たくさんの人が出入りしている。この後の花火のために、場所取りをし始めている。



 ー テラスの端のテーブルが空いていたら、一休みしようか?それとも、控室?


 控室は、護衛かもしれない彼がいるのでは、と考えた場所だ。


 ー 控室には、行かない。テラスだわ。




 テラスを覗くと、一番目立たないテーブルが空いている。室内の灯りも届くし、キャンドルもある。それに、今晩は満月で明るい。エマはそこに陣取ると、サシェから本を取り出し、そっと開いた。



 しばらく経った頃、ふと手元に影が差した。



 姉が迎えに来たのだと思い、後ろを振り返る。





「あ…」

 それは、ジェニーではない。



 

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