第2話 シエンタの日常




「エマニュエル嬢、各軍からの旅程案が届きました。ご確認願います。」


 ラトゥリア王国南端のガルデニア伯爵領の第二都市シエンタの市庁舎で、ガルデニア伯爵の末の妹、エマニュエル・ドポムは、決裁書類に目を通している。


 シエンタ市庁舎は、シエンタの中心街にある石造りの大きな建物で、観光と商業で賑わうこの街を治めるガルデニア伯爵一家と、それを助ける二十余りの子爵、男爵家が市政を取り仕切っている。

 ラトゥリア王国の中でも五本の指に入る規模のこの街は、経済特区として近く格上げされる予定だ。



「これは… シェラシア王国軍と、ドランジュ領軍の日程が重なっている。ドランジュ軍に、3日間出発を遅らせられないか、連絡したいわ。書面を用意して。」



 シエンタ市では、2ヶ月後にラトゥリア王国とシェラシア王国を繋ぐ街道開通式典が行われる。エマらドポム家は、式典のホストとして、準備に追われていた。


 街道は、シェラシアのドランジュ領都から、キャスティア領都を経て、国境の山間部の谷に新設された橋を渡り、ラトゥリアのシエンタまでを結ぶ。

 山間部は新たに道を敷設し、街道沿いの町や村は宿場街として町おこしが進んでいる。

 とは言え、未だあまり治安のよくない地域もあり、今回の式典では、ホストであるガルデニアだけでなく、ラトゥリア、シェラシア両王国軍、騎士団、更には近隣領地の領兵、領騎士団が警備、治安維持に当たる。



 警備のために、シェラシア側から訪れる各軍は、道中の治安を確認しながら、宿場街に寄り、お金を落としていく。今後、利用客の増加が見込まれる宿場街にとっては、おもてなしの予行演習ともなる。


 エマの役割は、各軍の旅程を可能な限り調整し、負荷を分散させながらどの宿場街にも経済効果を与えること、招いた各軍をきちんともてなすこと、の二点。


 





「エマ嬢! よろしいか?」


 バタンと扉が開くと、シエンタ商工会の面々が入ってきた。文官たちは、その粗雑な振る舞いに顔をしかめているが、いつものことだ。人々は、伯爵家の令嬢ながら街道整備に尽力してきたエマを愛称で呼ぶ。


「ご機嫌よう。みなさん。お掛けになって。」

 エマがにこりと微笑むと、一同は勢いを削がれ、部屋の長椅子に腰掛ける。


「山道から移ってきた奴らの宿のことですよ。」

「宿賃にとんでもない金額をつけようとしている。一軒でもぼったくる宿があれば、宿場街全体の評判を落とすと、わかってない。」

「そうなんさ、ガルデニア領から、移転の費用も援助してもらって、今年は赤字でも補償してくれる約束がある。なのに、暴利を貪ろうとは、ドポムへの恩をわかってねえ。」

「私たちでは埒が明かぬ。エマ嬢、話をしてくれまいか?」

 彼らは、口々に不満をぶちまけた。


「山道での一匹狼の商売とは勝手が違うものね。」

 宿場街の整備のため、もともとその近隣に住んでいた人だけでなく、移住者を呼んだ。当然、摩擦も軋轢も生まれる。こうした話は、今日が初めてではない。


 エマは、皆の顔を見つめ、続ける。

「あなた方の宿場街の官吏はガブリエル・バルザム、警備は、テオ・バタンメール騎士で間違いないわね? 二人と共に来週話をするわ。あと二週間で、シェラシア王国軍の将校たちが宿泊するはず。それまでに問題は解消しておきたいわ。」


 彼らは、エマの答えに納得し、部屋を去って行った。



 文官の一人が口を開く。

「エマニュエル様、よいのですか?あのような争議なら、私たちが対応しますが?」

「ありがとう。 対処だけなら、任せたいところよ。でも、彼らが、私に話しに来たのだから、私はその信頼に応えるわ。私への信頼が、行政への信頼に変わるのも時間の問題だから。今が正念場よ。時機がきたら、あなた方にお願いするわ。」


 ドポム家のイエローダイヤモンドと呼ばれる才媛、エマニュエルはにこりと微笑んだ。






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「良かったな、お嬢、助けてくれるって。」

「手を打ってくれるとは思ってたよ。だか、自分で来なくても、あそこにいる部下を寄越せばいい。」


「まだ、道中は何があるかわからんからな。」

「護衛も連れてくるから、大丈夫だろ。」


「いや、小規模な軍の移動はもう始まってるだろ。」

「むしろ、アレが誰だか知らずに、ちょっかいかける兵隊さんがいてもおかしくねえよなあ。」

「さすがに、わかるだろ。」

「伯爵令嬢が、宿場街をうろうろしてるとは思わんさ。」

「街じゃ、お嬢を知らない人はいないしな。俺らもお嬢に手出しはさせんよ。」


「まあ、自分で見聞きして動くのがお嬢のいいところだ。」

「若いのに、しっかりしてるさ。」

「し過ぎさ。うふふきゃははしてていい歳なんだからな、まだ。」


「最近、どんどん痩せてないか?」

「忙しいんだろ。」

「俺たちも仕事増やしちまったしな。」


「街に来たら、いいもん食わせてやりてぇな。」

「お前んとこの料理人の鹿肉のローストはどうだ?」

「そうだな。土産にも持たせるか。」


「栗の季節だったら、ウチのかみさんの甘露煮を持たせたかったわ。」

「お前のかみさん、雑だろ? 美味いが日持ちさせらんねえだろうが。」


「まあ、今なら、梨だ。いいのを見繕うぜ。」

「そうしな、そうしな。」

「お嬢が来るのが、楽しみだな。」

「娘か孫が来るみたいなもんだからな。」





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