第34話 やっぱりずるい ※樹里

「あ、ネイルのストーンがとれちゃった」


 最近自分で整え直した爪を見てぼやく。

 日本のネイルサロンで綺麗にして貰っていたネイルは汚くなったので、とっくの昔に落とした。

 こちらの世界では、ジュル樹脂をUVライトで硬化する『ジェルネイル』はなかったけれど、塗料の『マニキュア』はあったから、それを使ったけれど……質は微妙。

 それに、ワンカラーの身だしなみを整える程度のもので可愛くない。

 だから、小さな宝石を貰って飾りとしてつけているが、すぐに取れるし可愛さもイマイチ……。

 

 メイク道具も服も、日本の方がよかった。

 こっちの世界ではお姫様のように扱って貰えると思ったのに……。


「暑い……」


 今はなぜか城の敷地内にある訓練場で、第二王子ヨーム様とクリフさんによって、コウと一緒に体力テストみたいなことをさせられている。


「ホシノ様、ありがとうございます。では、次は――覚えている炎系の魔法をお願いします。クリフ、こちらを記録してください」

「かしこまりました」


 今はコウの番で、樹里は待機中。

 広い訓練場の中、紫外線を浴びながらどうしてこんなことをしなきゃいけないの?

 スクロールで覚えた魔法を忘れていないかのチェックや、威力を計測したりしている。

 ほんとにテストみたいで嫌だ。

 せっかく勉強とかしなくても済む世界に来たのに……。


「だるー」


 さっきは体力や移動速度を見たい、と言われてたくさん走らされた。

 波花だって、そんなに走り回ったりはしていないでしょう?

 チェックはコウだけでよくない?


 樹里はお風呂に入って寝たい。

 プールでもいいなあ。

 大きな浮き輪を浮かべて、おしゃれなジュースを飲みながらのんびりしたい。


「あ、ヨーム様、すみません。今うまくできなかったんで、もう一回やってもいいですか?」


 コウはやる気があるようで、やりなおしを求めている。

 走るのも真面目にやっていたし……どうしちゃったのだろう。

 コウはそんな熱血キャラじゃないでしょ?


 樹里は呪水を持っていることを、結局コウには話さなかった。

 クリフさんが、波花と虎太郎君に呪水が混入していたことを謝罪していたときにコウもいたから、その犯人が樹里だとバレたら裏切られるかもしれないもの。

 渡す前に気づいた樹里はえらい。


 それに……あの二人に呪水は効くのだろうか。

 二人以外を操った方がいいかも? という考えにいたり、今も隠し持っている。


 使いどころを見極めなくちゃ、と考えている樹里の前で、コウがスクロールで覚えた炎系の魔法を出していく。

 炎が矢のように飛んでいき、的が一瞬で燃えたのはすごいが……。

 虎太郎君の動きや、波花の魔法と比べるとどうも見劣りしてしまう。

 勇者だったら、もっと派手な炎をぶっ放して欲しいものだ。


「なるほど……。いくつか使っていらっしゃらない魔法がありますが、それは取捨選択の結果、というところでいいでしょう。問題ありません」


 ヨーム様の言葉に、コウはホッとしている様子だ。

 体育の授業で先生に褒められて喜んでいるみたいでダサく見える。

 こっちの世界に来てからのコウはちょっと残念。

 SNSや雑誌で取り上げられ、キラキラしていたコウじゃなくなったみたい。

 これじゃファンも離れそう。

 見た目は今でもかっこいいのになあ。


 パスカル様はかっこいいけれど、現在は王様に注意されて大人しくしている。

 あと、あの嫌な感じのお嬢様と仲良くしろ、と言われているみたい。

 この場にもいないし、樹里のところにも来てくれなくなったので、あまり姿を見ない。

 樹里を大事にしないなんて、ほんとにありえない!

 でも……。ふふ、王様に叱られたパスカル様はおもしろかったなあ。



 ジュリとコウは、外遊から戻ってきた王様に呼び出された。

 その場にはパスカル様とヨーム様、宰相様とクリフさんの姿があった。

 クリフさんは相変わらずいたたた……と胃を押さえていた。


 王様にも樹里達が勇者と聖女じゃない、と叱られるかもしれない。

 樹里達はパスカル様に言われた通りにしただけ――。

 何か言われたら、そう言おうと思っていたのだが……。


『二人とも、よくラリマールに来てくれた。パスカルが迷惑をかけてしまったようですまないな』


 予想に反して、王様は樹里達に謝ってくれた。

 しかも、パスカル様に似た華やかさもある優しそうなイケおじでドキッとした。

 王様の愛人になるのもありかも、なんて思っちゃったくらい。


『勇者、聖女であるかどうかに関わらず、我が国のためにご尽力くださる方を振りまわしてしまうとは……』


 王様がパスカル様を見据える。

 それは樹里達のことを勇者じゃない、聖女じゃない、と言っているの? と気になったけれど……。


『……申し訳ございません。私の思慮が足りませんでした』


 ジュリのことを切ろうとしたパスカル様が叱られて気分がよかった。


『我々は国民が魔物の脅威に怯えることなく、安心して暮らせる国づくりをしなければなりません。守護獣様の結晶化を解くお手伝いをさせて頂きたいと思っています』


 ずっと黙っていたヨーム様が話しかけてきた。

 ……王様達は、虎太郎君と波花を支援したい、ってこと?

 思わず顔をしかめそうになったけれど、なんとか取り繕って続きを聞く。


『オクムラ様とイッシキ様は、この世界についての知識があるようですが、お二人はどうですか?』


 コウと顔を見合わせたけれど、一緒に首を横に振る。


『そうですか。では、オクムラ様とイッシキ様が、どうして知っているのか分かりますか?』

『あいつはオタクだから知ってるのかもないです』

『オタク?』

『俺達の世界では、異世界に行く――という物語がたくんさんあります。あいつは、そういうものに詳しいんですよ』

『豊富な知識を有しているのですね!? 素晴らしい! ぜひ、話を聞いてみたいです!」


 何よ……樹里達には用はないけど、二人とは話したい! ……って感じでイライラする。

 樹里はがんばってるのに、波花は何もしないで良いクジを引いていく。

 本当に昔からそう! ずるい!


 そのあとは、『これまで通りに城で過ごしていい』とか、『研究に協力して欲しいと』か色々言われたけど、あまり頭に入らなかった。


「おや、レックスが帰って来たようですね」


 ヨーム様の視線を追うと、こちらに近づいてくる黒衣赤髪のイケメン魔塔長がいた。

 たしか、虎太郎君と波花を追っていたと聞いた。

 二人を連れてくることができたのだろうか。


「申し訳ありません。お二人に逃げられちゃいました」

「いたたた……」

「あはは、面目ない」


 魔塔長の言葉に、ヨーム様は苦笑いを浮かべ、クリフさんはまた胃を押さえた。

 樹里はちょっと複雑。

 近くにいた方が、虎太郎君に取り入りやすいけど……。

 波花が樹里達よりちやほやされていたら許せないと思う。

 見たくないから、城にいて欲しくない。


「でも、勇者様に遊んで頂けました! やはりギフトの魔法は素晴らしいです。それを駆使できる能力にも驚愕しました。オクムラ様は戦闘に非常に慣れていらっしゃいますね。非常に貴重なデータを得られました! あ、次の行き先についての報告は、ひとまず陛下に済ませてきました」

「分かりました。では、僕もあとで陛下のところに行きましょう。それにしても……勇者様と遊んだ、なんて羨ましい! 詳しく……詳しく聞かせてください! 守護獣様のご様子も!」

「新たに風の守護獣、牙虎白帝様を解放し、お仲間に迎えていましたね。この目で動く守護獣様を三体も見られるなんて……一生忘れることのない記憶となりました」

「くぅ~~ずるいぞレックス! 僕も行きたかった……! いや、今からでも遅くない……やっぱり僕が向かう!」


 魔塔長とヨーム様は、樹里達には目もくれず、熱量高く語り始めた。

 ちょっと……この人たち、なんなの……。


「はは……。ホシノ様、カハラ様。休憩にしましょうか。飲み物などを用意しておりますから、お声をかけるまでゆっくりお休みください」


 興奮する二人に苦笑いのクリフさんが、休むように促してくれた。


「……ちっ」


 せっかく休めるのに、コウは不機嫌そうに舌打ちをした。

 あ、そっか。虎太郎君が褒められているから気に入らないのか。

 日本にいるときから目の敵にしていて、「身の程を分からせてやってる」なんて言っていたけれど……。

 樹里も波花なんかが調子に乗ってるのが気に入らないから、イライラする気持ちは分かる。

 でも、寄生するだけの波花と違って、虎太郎君は見た目もよくなったし強いし……。

 立場逆転されても仕方なくない? なんて思っちゃった。


 休憩場所に案内するため、メイドがやって来た。

 あ、この子は……!


 樹里はを増やそうと、ネイルを可愛くすることをメイドたちに進めた。

 この子も、昨日マニキュアを塗って、宝石のストーンとグリッター代わりに金粉をかけてあげた。

 笑顔で「ありがとうございます」と喜んでいたから、気に入ってくれたはず。

 樹里は守護獣を救うとか、国を救うとかより、おしゃれを流行らせて経済を助けてあげた方がいい気がする。


 コウと樹里を先導して、前を歩くいていたメイドの横に並び、爪を覗いてみる。

 すると――。


「え。樹里が可愛くしてあげたネイルはどうしたの?」


 ストーンもグリッターもない、元のワンカラーのネイルに戻っていたのだ。


「申し訳ありません。働いている間に、宝石は落ちてしまいました。それに、メイドとして働くには、相応しくないものなので……」


 無表情で淡々と言われて、心に距離を感じた。


「えっと……じゃあ、おやすみの日とかにしてあげるね?」

「いえ、爪で贅沢をするわけにはいきませんので」

「でも、昨日はあんなに喜んでくれたのに……」


 罪悪感を刺激するように、悲しそうにしょんぼりとしたのだが――。


「お断りするのが失礼かと思いまして、お礼を申し上げました。ですが、メイド長からもお料理に宝石を落としたりするなどの不始末を起こしてしまうかもしれませんので、今度お誘い頂いたときは辞退するようにと言われております。私だけではなく、他のメイドもそうです」

「そう……」


 何よ、ジュリの好意を無下にして!

 文句を言葉にはしないけれど、内心むかむかした。


「……はっ」

「コウ?」


 後ろにいるコウから、呆れたような笑い声が聞こえた。


「日本でも職業によってはネイルなんてできないんだから、考えれば分かるだろ」

「な、なによ……そんな言い方しなくてもいいじゃない」


 それからは三人とも無言で、ピリッとした空気の中で歩いた。


「こちらでございます」


 恩知らずなメイドが案内したのは、涼しくて綺麗な部屋だった。

 飲み物と甘いものを、おしゃれなカフェのように用意してくれている。

 白を基調にした部屋で、テーブルと椅子も白。

 トロピカルジュースがあって、バカンスに来たみたいな気分になり、機嫌がよくなった。


 メイドは去って行ったので、コウと二人きり。

 樹里はすぐに椅子に座り、トロピカルジュースを飲み始めた。

 美味しいし、見た目が華やか!

 日本だったら写真を撮ってSNSに投稿するのになあ。


「あれ……コウ?」


 コウがいない……と思ったら、席に着かず、窓から空を眺めていた。


「水分補給しないの? ジュース最高だし、ケーキも可愛くて美味しそうだよ」

「お前はのんきだな」


 コウに言われるなんて心外だ。


「ここで焦ってもしかたないでしょ? 残したらもったいないし」


 そう言うと、コウは前の席に座ってため息をついた。

 樹里は苺のタルトを食べ始める。


「お前もちょっとは何かを吸収しろよ。本当にただのお荷物になるぞ」


 美味しくて嬉しくなった樹里に、コウは水を差す。


「ひどい。っていうか、吸収って何?」

「あいつらは色々知ってるし、力もある。でも、あいつらが知っている知識が正しいのか分からないし、城での情報は得られないだろ? 何かあいつらと違うところで力をつけるしかないだろ、俺達は」


 そんなことを言われても、樹里は女の子だから危ないことはできないし、コウに頑張って貰わないと……。

 波花だって虎太郎君ががんばってくれてるんだし。


 やっぱり、虎太郎君が欲しいなあ。

 見栄えもよくなっていたし、樹里がプロデュースしたら、もっとかっこよくなる!


 移動したようだけれど、居場所は分かりそうな感じだし……。

 樹里も行こうかな?

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